大金星が襲ってきた(2)

「貴方が大頭目を討取った傭兵か、名前はワード殿、ドカンツ出身。……なるほど経歴は問題ないな。では、あらましは部下から聞いたがもう一度状況を説明してもらえるか」

「はい。私が配置されていた位置からすぐ近く、廃鉱の一角が崩れ中から賊が出てきました。それで……」


――手柄を上げ過ぎて悩む羽目になるなんて。


 内心で頭を抱えながらワードは自身の仕事に就いて説明をしていた。

 重厚な机越しに対面している巌の如き男はドルトンという長年領主を支えてきた騎士で、領主が率いる盗賊団討伐隊の騎士で傭兵の募集名義人をしていた幹部だ。

 幸運か不運か、手柄を上げ過ぎた傭兵を圧さない様に努めて温厚に質問したドルトン。対するワードは身分に合わぬ状況と対面する配下の騎士から視線をヒシヒシと感じつつも冷静だった。


――別に悪い事はしてないしっ!


 というより開き直っていた。ちょっとヤケだった。


 ワードは行った戦闘の説明をしながら、頭の片隅で今回の大手柄に対するメリットとデメリットを整理していた。

 大頭目を討取った懸賞額はかなり多い、流石に一生遊んで暮らせるとは言わないが金稼ぎを目的として普通の傭兵家業を続けるか一考の余地はある、これは紛れもなくメリットであった。しかし付随するデメリットは大きい、今時珍しく世間に名の売れた盗賊団の大頭目を討取ったなどと言う名声は目立ちすぎる。名声は注目を呼び、彼の手に余る仕事が舞い込む恐れがあり、それは最終的に死を呼び込む羽目になりかねない。

 ワードからすればデメリットごと報奨を受け取る気になれない。しかし領主側とて報奨金を提示している以上は戦果を挙げた傭兵に報酬を渡さねば不誠実な話になってしまう、それは彼も重々承知だった。


「相手は煙幕を使い逃走しようとしました、私の追撃が大頭目を、同チームの剣士ガルーが護衛を、を仕留めました」

「……なるほど、良く分かった」


 ワードはただでさえ大頭目を討取っている、ここで更にもう一人幹部を仕留めたとなると、名声という負債からの逃げ場が非常に作り辛くなる。その考えから手柄をクルトに分けたのだった。

 仮にこんな事にならなくともクルトは戦況に応じて適切なサポートを行っていた、飽くまで三人で戦っていたのに一人で多くを攫う訳には行かないというワード自身の戒めもある。せめてもの厄介払いと感謝、二重の意味を込めての成果の再分配だ。ガルーとクルトは両名とも戦闘後増援が来るまでの短時間で納得してくれた。

 鷹揚に頷くドルトンを他所に周囲を固める部下の一人は我慢ならぬと声を震わせる。


「大頭目は生け捕りにし情報を抜き取りしかるべき刑を与える予定でした」

「……盗賊の生死問わず討ち漏らしを防ぐ、私はその条件で仕事をお受けさせて頂きました」

「生け捕りが優先されるとも書いていたはずです」

「相手と私達の人数は同じでした、手心を加えればこちらも痛手を負うかそれだけでは済まなかったかもしれません」


 盗賊は捕まればほとんど死が確定している、必死になって反撃してくるのが当然だとワードは言い返す。死体は反撃してこない、だが生かして手や足を潰した程度では何をするか分からない、大人しく捕まるくらいならと余計に死に物狂いになる可能性の方がずっと高い。仕事を受ける条件に生け捕りが優先されると書いてあった以上、理想的な対応では無いだろうが間違った判断ではない。


「貴方たちは全くの無傷で余力は十分あったのではありませんか?生け捕りにさえすれば残党の芽を多く摘み、引いては無辜の民間人を守る事が出来た……!」

「……」


 責める様に騎士は言う。先ほどまで見た目は全く他の人間と変わらなかった騎士の瞳孔が猫の様に細まった。ワードは冷静な態度を崩さず沈黙する。騎士の言い分は一理あるが所詮雇われ兵士のワードにそこまでの責任はない。


――理想的な対応というなら、逃走経路を確定し信頼できるだけの戦力を置けなかった領主一派にも不備はあるのでは?


 ワードの脳裏に言い返す言葉が浮かんでいたが、これ以上は平行線になるだけだ。空気が重くなる中ドルトンは興奮する部下に厳しく告げる。


「口が過ぎるぞ、シクラス。例え死を覚悟し戦いに参加した傭兵であろうとも生きる権利は変わらない。他者の権利を奪い、あまつさえそれを当然と思い上がった先人たちが一体どうなったか、今更語るまでもないな?我々はそうあってはならないのだ」


 興奮するドルトンの部下、上司に諫められてシクラスはハッと息を呑んだ。すると程なく彼の瞳孔も普段の姿に戻る。彼は一呼吸置くとワードに迷いなく頭を下げた。


「申し訳ありません、口が過ぎました」


 頭を下げた騎士にワードは自身も頑なになっていたと態度を改める。


「いえ、貴方の言葉も一理あります。騎士団の方には申し訳なく思っています」


 潔い謝罪を行うシクラスを見てワードは椅子から立ち上がり頭を下げる。シクラスは騎士らしく責任感が強い性分で、ワードも彼の自負心を認めるやシクラスから差し出された両手を自身の両手で包む。加害者の両手を被害者が両手で包むという行為は何百年も前から伝わる謝罪の儀式だ。この儀式はお互い禍根を水に流すという意志の確かめ合いとされている。


――でも、言われてみればやけにあっさり仕留められたな。……これを理由に報酬を落とせるかもしれない。ありがとう、シクラスさん!


 過分な名声を処理しかねていたワードは謝罪の儀式を終え席に座りなおすまでの間、ふと報酬を辞退できる可能性のある言い分を思いつき、その発想をもたらしてくれたシクラスに内心で感謝した。


「蒸し返す訳ではありませんが、私たちが無傷な件で思う事があるのです。ドルトン殿、勝手な推測ですがお話しても構わないでしょうか?」

「聞かせてもらおう」

「では。戦った後に感じたのですが、大頭目という割にはどうも手ごたえが無かったのです」

「……ほう」


 ドルトンさんはワードの感想に対し興味を抱いた様だ、続きをと視線で促される。


「大頭目のヒビキとは一体どういう男だったのか、手配書から読み取れた情報以上は分かりません。なので対峙した時の私の所感ですが、大頭目の剣術は凡庸より少し優れている程度で魔術やあるいはスキルがあったようにも思えませんでした。……使う前に死んだとしたらなおさら実戦慣れしていない」


 ヒビキがもっと強ければワード達を短時間で打ち倒すか、増援が来る前に逃げ切ってみせただろう。大頭目のお供であった魔術師は不意打ちとは言えクロスボウで射抜かれた。煙幕の中投げたナイフもワードの予想通り、盗賊団の大頭目を仕留めた一撃と鑑みればと表現できるほど素直に彼の頭に突き立った。加えて仲間のガルーも負傷を追う事なく大頭目の護衛を打ち負かした。

 ゆえにワードは一つの推論を立てる。


「思うに彼は盗賊なりの経理担当、あるいは担がれた道化ではないのかと」


 後者なら演じる舞台が悪かったな、とワードは思う。


「となれば、盗賊団の本当のまとめ役は恐らく逃げている、しばらくは大人しくしているでしょうがいずれ暴れ出すでしょう。そうなった時、また騎士団の皆様の出番になります、少なからず傭兵を募る事も有るでしょう。……私も隣人が盗賊の被害に遭った等とは例え噂話であろうとも聞きたくはありません。事件の早期収束を願い、偽の頭目に懸かる多大な報酬はその為に活用して頂きたく思います」

「――――なるほど、ワード殿の言い分ごもっとも、あい分かった。とは、いかなくてな」


 ワードの言い分を最後まで聞いたドルトンは少し面白そうに笑う。繰り広げられた彼の話は騎士団としてこれから告げるべき内容と似通うところがあったからだ。


「貴方も薄々察している通り我ら騎士団としても此度の戦い、些か以上に疑問の残る戦いであった。端的に述べるに快勝、とな。実際、廃鉱に詰めていると思われる戦力は想定よりかなり少なく、こちらからの攻め手はさして手こずる事もなく素直に通った。事前に逃げた賊がどこか別の場所で潜伏していると仮定して今情報収集に努めておる」

「……なるほど、ヒビキからはその情報が得られたのかも知れないのですね」


 結果的に騎士団の大事な情報源が一つ失われていたのだ。今回の討伐戦で盗賊団が壊滅しなかった以上、民間人の犠牲者も少なからず続くだろう、シクラスが憤る訳だとワードは納得した。一方で、すっかり冷静になったシクラスは納得するワードを見て申し訳なさを一段と募らせ表情が曇った、八つ当たりしてすいませんでしたと彼の顔に書いてある。


――分かり易い人だなぁ。


 ワードは真面目な騎士にむしろ好感を抱く。


「ワード殿が悪いという訳ではない、そもそも貴方は仕事を成しただけの事。まさか未来を読む目を持てなどと、昔の伝承染みた話を求める訳にも行くまいよ」


 ドルトンは机の上の冷めた紅茶に目を付けて飲み干した。


「貴方の推測は大方騎士団の参謀と意見が一致している、今回は影武者を掴まされたのではないかとな。つまりこの戦いは終わっていない、程なく次が来る。……そこですまないが報酬が変更になった」


 領主率いる騎士団の重役はグッと頭を下げた。心底申し訳なさそうなドルトンに頭を下げられて、身分としてはまるで釣り合いの取れていないワードは焦る。


「っいやいや、頭を下げないでください!」

「事情はどうあれ、これは明らかに契約違反だ。頭の一つは下げさせてくれ」

「真面目にお仕事してくださってホント感謝してます、頭上げてくださいお願いしますからっ」


――まず前提として盗賊が悪い筈だろう?


 ワードはそう思いあたふたと慌ててドルトンを宥める。彼に宥められ頭を上げたドルトンはそうかそうかと調子よく笑う。茶目っ気のある人だなぁとワードが苦笑する間、ドルトンは控えた部下に指示する。


「ラン、それを」

「はい」


 ランと呼ばれた騎士は丸筒の蓋を開け、慎重に机の上に一つの古い紙を机に広げた。ワードがパッと文面を確認した、年代を感じさせる形式で書かれた証明書はどうやら土地の権利書であるようだった。


――なるほど、金銭の代わりに騎士団で管理している土地を譲って貰えると。


 彼は報酬の落し処としては納得できそうだと頷く。


「こちらの権利書なのですが……あの」

「ええ」


 ランは日頃は落ち着いた性格の女性でドルトンから頼りにされる魚人マーマンの血が混じった文官だ。彼女はこれからワードに伝えねばならない内容に気まずさを覚えて言葉が突っかかってしまった。ランの様子を見て彼は首を傾げる。


「どうかしましたか?」

「いえ、ごめんなさい」


 話の続きを促すワードを見て彼女は意を決して説明する事にした。


「こちらの権利書にはハゴン街の南東に位置するリノ村の外れにある屋敷とその土地の所有権について書かれています」

「……ハゴン街は勿論わかりますが、リノ村は聞きませんね。どのくらいの距離なんでしょう」


 ハゴン街はよっぽど辺鄙な土地に居ない限り何度も耳にする発展した街だ、ワードも仕事で何度も立ち寄った事がある。一方でリノ村という場所は彼の記憶になかった。


「……そうですね、通常馬車で三日程でしょうか、山の麓にあります」

「なるほど」


 ヒカリ暦があと一年で三百年になる昨今、度重なる技術進歩によって街道の整備がなされ人通りの多い大きな町はそれぞれが魔術汽車で結ばれている。そんな社会情勢の中わざわざ普通馬車で例えて話すという事は結構な田舎であるという証左だ。ワードは事情を察すると特に気にしてませんよと示すために笑顔で告げる。


「静かに過ごせそうでいいですね」

「はい、あの、騒がしさはないと思います」


 ランの申し訳なさそうな、気まずそうな雰囲気を見てワードは疑念を深める。古臭い権利書に示された土地にある屋敷、もしかせずともかなり傷んだ屋敷なのかもしれないとすぐに彼は思い付いた。


「傭兵家業で屋敷を持てるなら大したものだと思いますよ、大丈夫です。私は余り趣味が無いですから、ええ」

「そ、そうですか」


 リフォームできるくらいの貯蓄はあるとワードは暗に示して見せるがランの曇った雰囲気は晴れなかった。


「ああ、あと、その、そういう問題もあるんですけど」

「えっ、まだあるの?いや、あるんですか?」


 まだ問題あるのかとワードは慄き、勘弁してくれと内心で叫ぶ。


「……いるんです」

「あ、ああ、ネズミですか虫ですか、平気ですよ別に」


――この反応は多分そんな程度じゃないんだろうなー。


 ワードが身構えると同時、衝撃の言葉が彼を打った。


霊幽ゴーストが居るんです……!」

「……わぁお」

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