第131話 ネムレリアの思惑
夢斗はネムレリアに手を引かれて歩く。
寝室のドアに手をかけた。
「待っ! 寝室は駄目だ」
「構わぬ。貴殿は救国の英雄だ」
「誰かが見ているかも……」
「誰かが見ていても問題は無い。もとより妾は王宮側より、軍と懇意だ。そして軍の将軍らもこうなることを知っている。妾の想いを知らないのは貴殿だけだ」
ゴルゴルムやらエルフの兵士がたまに冷やかしてくるのは、そういうことだったのか。
「まだ少年の面影があるが、特異点としての力は本物だ。貴殿は妾の祝福を受ける資格があるのだよ」
ネムレリアは寝室のドアを閉め、鍵をかけた。
ロココと同じ顔だが、深い陰影を宿した眼には強い意志が宿っている。
堕落した生活を続けるロココとは、オーラが違う。
ネムレリアのカリスマと美貌が、夢斗の視線を釘付けにした。
(駄目だ。姫様だけあって断れない……)
「楽にするがいい。少し散らかっているがな」
ネムレリアの寝室を見渡す。
化粧台ではアロマが焚かれている。
棚にはお酒の瓶や葉巻。窓際には赤い薔薇が生けてあった。
「意外だな。アロマにお酒か」
「妾だって人間だ。嗜みくらいある。さて。堕落をしようか」
堕落と聞いて夢斗はロココとの日々を思い出す。
顔をパクったのはロココの方だが、何故か堕落が好きなところは似ていた。
「貴殿も堕落するといい。まあ嗜みというヤツだな」
どきりとする。
真菜とロココのことを思い出して心を落ち着けるようとするも、心臓は早鐘を打っている。
(ロココの場合は、あいつは本当に堕落しているだけだ。ポテチを食ってソシャゲをやって、予備校生で金がないのは俺の方なのに金をたかってくる。俺はロココのすさまじい堕落を知っているが、姫様のいう堕落は……)
きっと耽美な堕落だ。
(真菜のふとももを思い出すのは……。くっ。ダメだ。エロい気分になるのは悪手! ここはダメ人間モードのロココを想像してしのぐしかない!)
【ダメ人間モード】のロココを思い出し、ネムレリアの誘惑をはねのけようとする。
腹を出しよだれを垂らしながら、床にポテチを散らかして寝そべっていたり。
予備校から帰ってきたら、三食エナジードリンクでネットゲームをしていてさらに夢斗の口座から課金されていたり……。
(こう考えるとロココは、人としてダメな領域に入っているな)
ロココを思い出していると劣情は収まるが、ネムレリアの魅力は変わらない。
「ぼさっとするな。こっちにこい」
手を引かれベッドにぼふんと倒れ込んでしまう。
至近距離で眼が合ってしまった。
いつもの夢斗ならここで我慢できなくなってしまうが、脳裏には堕落したロココ(腹出しパジャマ)がいる。
堕落ロココのイメージのおかげで、ネムレリアの魅力に抗うことができていた。
「ふふっ……」
「堕落っていうが。何をする気だ?」
「お花とおいしいものに囲まれて、朝までいちゃいちゃするんだ」
枕元には、パンや干し肉など食材が揃えてある。
窓際には赤い薔薇の花がたくさん生けてあった。
「朝まで、いちゃいちゃ……!」
「お花も敷こうか」
ネムレリアがベッドから手を伸ばし薔薇を千切る。
ふたりの間に、赤い薔薇の花束が置かれる。
「ちょっと触れると痛いが。血を流しながら抱き合うのも。乙なものだろう?」
「ネムレリア。俺は君のことを知らない。本当にこんな形で……」
「今日、知ればいいだけだ。妾も今日、貴殿のことを知りたい」
ここで彼女を抱くことは、真菜への裏切りになるだろう。
だが姫に求められた。
求められたなら全力で応えるしかない。
脳裏には真菜やロココの姿と一緒に、何故かパルパネオスの姿が浮かんだ。
(ここまで、だな。姫を悲しませることはしたくない)
夢斗は意を決した。
(なあなあになってやめるはナシだ。こうなれば突っ込むしか……ない!)
口づけを交わそうと肩を引き寄せる。
ネムレリアが眼を瞑る。
一度唇が触れればもう戻れないだろう。
引き返せなくなる前に、ネムレリアのことを知りたかった。
「ひとつだけ。君の子供の頃の話を聞きたい」
「おもしろい男だ。妾に種を植え付けるだけでもよかったものの。心まで知りたいとはな」
「欲張りなんだ」
「私の父は宰相カルパスに殺された」
「え?! 宰相って、こないだの?!」
姫のいう子供の頃の話はあまりにハードだった。
「拷問で吐かせてやったんだ。あの宰相はずっと妾を傀儡の姫として扱おうとしていた。だから貴殿が妾を解放してくれたようなものだ」
「俺は、何も……」
「確かに軍を積極的に再編したのは妾だ。だがきっかけは貴殿だった」
現在ネムレリアは宰相の半数の粛正を完了したという。
腐敗していた王国が、大量粛清によって復活を果たそうとしている。
「貴殿のおかげなんだ。復讐も。国家の復活も。妾が生きることができたのも。夢斗よ……」
ネムレリアが夢斗の背中に手をかける。
「妾を守っておくれ。ずっと側にいておくれ」
姫様に求められるなど、無碍には断れない。
けれど元の世界に帰りたいのも本当のことだ。
(本当に帰りたいだけか?)
じいちゃん。文治郎のしていた〈冥種族探査団〉のこともある。
文治郎は『探査船なんてのは大昔に頓挫した、さびれた商店街のようなもの』といっていた。
だが文治郎のしていたことは十二の異世界と、十三番目の世界〈冥世界〉の【調停】だ。
ネムレリアとくっついてしまえば森羅世界だけに留まることとなってしまう。
(この世界にずっといることはできない。待っている人も。やりたいこともある。けれど)
それでも夢斗は断れなかった。
【据え膳を食べる能力、上限値解放しました】
【欲望を開放する勇気、上限値解放しました】
いらない上限値も解放してきたようだ。
この世界に来てから暴走しっぱなしだ。
(欲望には、抗えない……!)
ネムレリアの魅力に完全敗北してしまったのだ。
ネムレリアはベッドシーツを握りしめ、夢斗を待っていた。
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