第130話 帰還の方法
メルフィー城の屋上で夢斗とパルパは、城下町を睥睨していた。
白髪のお団子ツインテールが、風に靡いている。
「なーんかな。俺闘う以外やることないな」
「何をいう。お主はこの国の支柱となったのだ。ここ一ヶ月、幾度となく先陣を切ったのだろう?」
「いまじゃあんたも元帥だもんな。機巧世界侯爵さん」
「ふ。元帥では収まるつもりはない。未開の森羅世界に機巧世界の文明を持ち込んでいるからな。改革者として名を馳せつつもあるのだ!」
「相変わらずで安心したよ」
実際パルパの元帥としての働きは凄まじい者があった。
メルフィー王国に来たばかりの頃は、汚水と土埃と血の匂いの蔓延る街だったが、この一ヶ月で用水路に綺麗な水が流れ、子供達の活気が響くようになっていた。
パルパの提言もそうだが、先進的な知識を受け入れたネムレリア姫もまた傑物だったのだろう。
「力がなければ『選択』はできない。この国には力がなかった」
「そうかもな」
「お主と我が現れたことで、この国の力が爆発したのだ」
「戦争は肯定できねーけどな。そもそも俺の国は、学校生活とかじゃあ殴ったり殴られたりさえありえねーもん」
「猛将がよくいう」
「これでもさ。戦争、辞めてくんねーかなっては思ってるんだよ」
パルパネオスはどこか遠い目をする。
「かつての戦争ではミサイルや戦車、核。嘘の情報による民衆のコントロール。虚飾。分断統治が用いられた。産業革命の技術が戦争の様態を決定していた」
「あんたの世界もそうだったんだな。俺のとこも同じだ」
「迷宮探索者の力が、近代軍事力を超えるようになってからは、世界の戦争のあり方は『中世的な〈人間のぶつかり合い〉』となった。兵器による大量虐殺はなりを潜めるようになった」
夢斗は改めてパルパネオスが侯爵なのだと知る。
「良いことなのか悪いことなのか、わかんねーけどな」
「兵器による一方的な虐殺の時代が、探索者能力の殺し合いとなった。これは人がわかりあえる余地があることを意味する」
「どういうことだ?」
「爆弾のスイッチを押すことは良心は痛まない。引き金を引くのも簡単だ。しかし剣の感触は人に痛みを残す。痛みは戦争を避けさせるのだ」
パルパネオスがらしくない事を言ったので、夢斗は意外に思った。
「驚いた。あんたはもっと、好戦的でドライかと思っていた」
「馬鹿にするなよ? 我はお主を見て……。行動を共にして変わったのだ!」
「……優しくなったってことか?」
「ぬるいものではない。我は、完全になったのだ!」
侯爵であり元帥でもある少女は胸を張る。
「完全、か」
「我は統治能力があったが。このエルフの国で采配を振るってみてわかった。今の我は以前の我よりも、すばらしい」
「いつもの自画自賛で安心したよ」
「市民の強化、保護を両立できるようになった。お主からの学びのおかげだ」
「何かしたつもりはないんだがな」
お団子髪のツインテールが、屋上の風に吹かれて揺れていた。
ポンコツで横暴なのに、時々デレてくる。
このデレも彼女に言わせれば『筋を通しただけ』かもしれないが。
「俺も。あんたと会ったことで、甘さを捨てれているような気がする」
「その割にはダークエルフは無益には殺していないようだがな」
「〈ダイヤモンドマッスル〉になったからな。それに戦争の目的は勝利じゃない。【調停】だろ。相手の種族を殲滅したって。また別のどっかで争うだけだ」
「人類への皮肉だな」
「これでも勉強してる予備校生だからな。歴史をやってるよ皮肉りたくもなるさ。落としどころや停戦が、必ず必要なんだ」
「お主一人が殴って黙らせても、エルフとダークエルフは殺し合いをしている。所詮お主は大河の一滴。焼け石に水に過ぎない」
「それでもだ。〈圧倒〉をするっていうなら……。目の前の敵を吹き飛ばすだけじゃない。もっとでかいものを、『世界を圧倒したい』」
夢斗は自分で言ってみて恥ずかしげになる
パルパネオスは豪胆に笑った。
「ふふ。ふはははは!」
「悪いかよ! 現世にいるときは、これでも平凡を目指してたんだ。平凡なら平凡なりにやるけど。今は圧倒的成長をしたんだから……。理想を語ってもいいだろ!」
「世界を圧倒、か。くくく……」
「あんたも。お花畑って笑うか?」
「いや。死体の山よりはお花畑の方がマシだ。我だって殺しに慣れてるといっても、心は失いたくない。しかし……くっく」
「そこまでおかしいか?」
「死線と混沌と見た上で『戦争を止める』といえるならば……。馬鹿か大物か、大馬鹿かだな」
「言っておくが、俺は帰る手段が見つかったらとんずらするからな。優先順位は間違えない」
「その『元の世界に帰る件』だが。ネムレリアはお主を利用しすぎた。我が聞き出しておいたよ」
パルパはメモの書き込まれた地図を夢斗に渡した。
「これは……?」
「メルフィー国とボゾオン帝国の境界。ここでキーストーンをかざすと、科学世界へ至る迷宮〈新緑の深淵〉迷宮に繋がる」
「あんたは、どうするんだ?」
「機巧世界へ至る迷宮は別のポイントにある。お主と一緒には帰らない」
「俺のために地図を……」
「一ヶ月。お主は国に貢献した。当然の報酬だ。ネムレリアはお主を気に入っているからしぶっていたが。我としては姫だろうと筋は通して貰いたい。嘘つきも嫌いだからな」
「そうか……」
嘘が嫌いなのは相変わらずのようだ。
「お主は十分仕事をした。自分の世界へ帰るがいい」
夢斗は地図を見てしばし考えた。
真菜のところに、ロココのところに帰りたい。
パルパネオスは放っておいても大丈夫そうだが……。
なのに夢斗の心の奥底では、もどかしい重いがある。
(じいちゃん。文治郎。あんたもこんな気持ちだったのか? 冥種族への探査に向かって。板挟みになって……)
「帰る前に、区切りをつけてからだ」
この戦争の背後にいる冥種族を破壊してからの方が区切りがいい。
パルパは不敵に笑う。
「さすがは世界を圧倒する男だ」
「あ、あれは……。違うんだよ。あんたのことも心配だったから……」
「生憎だが我はこの世界でのレベル《適応値》上げも済ませている。もうレベル50だからな。それに年下に心配されるほど落ちぶれてはいない」
年下? どういうことだ?
「……パルパって。俺より年上?」
胸はぱつんぱつんだったが、身長は150センチもない。どう見積もっても同年代にしか見えない。
「我は23歳だ」
「年上だったのぉ……」
夢斗はちょっと興奮した。
23歳なのに見た目はロリなのか……。
「では我は行く。会議があるのでな」
「あんたのことは忘れない。次にあったときは万全のあんたと再戦してみたいからな」
「我もだ。気づいたら元帥になっていたが良い旅だった。お主とはもっと思い出を作りたかったよ」
会話が食い違っている気がする。
パルパは何故か赤面した。
「……今のは、好きという意味ではないからな!」
「わかってるよ」
墓穴を掘ったな。
「勘違いするなよ?! 貴様などあのとき殺しておいても問題はなかったんだからな!」
「すぐに殺そうとしてくるのやめろよな!」
口は悪いが、気兼ねしないやりとりが心地よかった。
なんだがいい雰囲気になってしまう。
夕日がパルパの白い髪を照らしていた。
「やはり我は。あらたな命をと……」
「パルパ……」
城の屋上でパルパとみつめあっていると、扉の音。
振り向くと、ネムレリアがいた。
「姫様。ひとりで大丈夫なのか?」
「ムト。話がある。来てくれ」
夢斗は危機を感じた。
パルパネオスに目を向ける。
「姫様の命なら仕方あるまい。男をみせてくるがいい!」
パルパは助けてくれないようだ。
「姫様の頼みなら……」
夢斗は手を引かれるまま、ネムレリアについていった。
残されたパルパは、城の柱の影で胸を押さえる。
「ぬぅぅ。なんだ。この感情は……。何人殺しても胸など痛まぬというのに。我は、どうなってしまったのだ?!」
パルパはしゃがみこみ、膝を抱えてうずくまる。
「夢斗とネムレリアはどこに? 少しだけ。後をつけるだけだ」
パルパは夢斗とネムレリアの背中を追う。
ふたりはネムレリアの寝室に吸い込まれ、やがてがちゃりと扉が閉じた。
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