第三十四話 サザレさんは雨にぬれず

 太門だもんに対する積もり積もったうらみを晴らした青柱せいちゅうであったが、実際にそれを済ませてみれば、思っていたよりもずいぶんあっさりと終わってしまったものだと思った。

 こんなものかと。達成感で満たされるとか、歓喜かんきで満ちあふれるとか、もっと、はるかに晴々とした気持ちになれるのではなかったのかと。それがどうであろう。こんなものなのか。もの足りない。拍子抜ひょうしぬけである。

 しかし、これにはどうにも納得のいくものではなかった。あのにっくき太門をブチのめすことができたのだ。自分はもっと喜ばなければならない。青柱はそう思うのだ。

「いやあああああ! お父さん! お父さん!」

「あなた! あなた!」

 太門の妻とむすめが悲鳴を上げていた。悲鳴を上げたのは何もこの二人だけではない。この惨劇さんげきに対してフードコート全体で悲鳴が上がっていたのだ。

「きゃあああああ!」

「マジか!」

「あいつ、やりやがったぞ!」

「見るな! みんな見るな!」

 家族連れの夫婦や子どもたち、それに、ちょうどフードコートに来ていた私の同級生であるホシケンたちもさわぎ立てていた。

「これってマジでヤバくね?」

「ヤバい! ヤバい!」

 後にホシケンの述懐じゅっかいするところによれば、この時ほどトラウマ級にこわい思いをしたことはなかったという。ホシケンたちは我を忘れ、一目散にフードコートからげ出したそうだ。

 しかし、こういったことも青柱せいちゅうの気に入るところではなかった。

 自分がこんなにも拍子抜ひょうしぬけさせられたにもかかわらず、何をさわいているのかと。コイツらは何もわかっていない。こんなにもあっさりと終わってしまったのだ。おどろくのは自分の方なのだと。

 おれはもっと喜ばなければならぬ。

 コイツらの理解なんかよりも、もっと、ずっと喜ばなければならないのだと!

 青柱せいちゅうは自分にいい聞かせるように、高らかに笑った!

「あぁっはははははあああ!」

 青柱が笑えばフードコートはこおりつき、より一層悲鳴が上がる。

「きゃぁぁあああああ!」

「ヤベえ、マジであいつヤベえ……」

「みんなげろ! あのネバーウェア、まともじゃねえ!」

 それもそうだろう。たった今、人を殺したばかりのネバーウェアが哄笑こうしょうし始めたのだから! しかも青柱せいちゅう全裸ぜんらなのだ!

 青柱は笑った!

 しかし、笑えば笑うほど気持ちが空回りするようになり、逆に満たされない気持ちで一杯いっぱいになっていった。だから余計に笑うしかない。

 おれはもっと喜ばねばならぬ! もっと喜悦きえつに満たされるべきなのだ!

「うぁっはははははあああああ!」

 必死に笑い飛ばそうとした青柱であったが、無駄むだであった。次第にたとえようもないむなしさがつのっていき、いたたまれない気持ちになっていく。


 なんでだ? どうして俺はこんなにも満たされていないんだ? 太門だもんを殺したってのに、俺は何も満たされないままだった! どれだけ笑ったところで、俺は不幸なままであった!

 なんでだ? ひょっとして俺は光合成人間だから、明るい未来なんてとっくの昔になくなっていたのか? 俺の人生なんかとっくに終わっちまっていたのか?

 空虚くうきょだ! 絶望だ! むなしい! 虚しすぎる!

 くっそお! くっそぉおおお! 何も面白くなんかねえ!

 おのれ! おのれぇえ!


 青柱せいちゅうは泣いた。人目を気にせず、買い物客でにぎわうフードコートでなみだを流していた。しかも全裸ぜんらで。それは文字通り赤裸々せきららに泣いているといえた。

 青柱は激昂げきこうして人を殺害し、高らかに笑って、そうかと思えば急に泣き出したのである。これを見ていた買い物客たちは、その異様なありさまに大変なパニックを起こし、フードコートは大混乱におちいった。ちょうどその時だった。拡声器を使った大きな声が場内にひびきわたったのは。

「そこにいるネバーウェアに告ぐ! 君たちは包囲されている! あきらめて、おとなしく投降しなさい!」

 けのフードコートに警察が現れたのだ。それも大変な人数である。

「お客様! ここから避難ひなんしてください!」

 モールのスタッフや警備員も集まって、やっとのこと避難の誘導ゆうどうが始まった。

「お客様! 冷静にお願いします!」

「危険ですから、し合わないでください!」

 警官隊は青柱を取り囲んで、盾班たてはんがすぐさま青柱におどりかかった! これを見た青柱は再び激昂げきこうする!

「おのれ! おのれ! おのれぇえ!」

 青柱せいちゅう絶叫ぜっきょうとともに重力をズドンと発動させると、盾班たてはんのメンバーはたちまち重力に押しつぶされてしまった!

「ぐほぉぅ!」

「な、なんだ? これは!」

「どうした! 何がおきているんだ!」

「わかりません!」

「ATP能力か? くそ! 仕方がない! ち方始め!」

 スライム班がやむを得ず発射するも、重力のせいでスライムが途中とちゅうゆかに落ちてしまい、青柱まで届かないのだった!


 けの二階でも警官たちが大勢展開していて、超撥水男ちょうはっすいおとこを確保しようとしていた。しかし、かれらがどれだけスライムを浴びせかけたところでヤツにはきかない。ヤツのはだ全体をおおう超撥水効果のせいで、スライムはビーズ玉のような球体となって、すべてはじかれてしまうのだ。

「アヒャヒャヒャヒャヒャァア!」

 盾班が複数名で波状攻撃はじょうこうげきをかけようにも、スライムで弱体化できないのでみなはね飛ばされてしまう!

「ダメだ! スライムがきかねえ!」

「コイツ、市民プールにいたヤツじゃねえのか?」

「負傷者発生! 至急救護求む!」

 二人のATP能力保持者の前に警官たちがなすすべがないように思われたその時だった!

青柱せいちゅう! そこまでだ!」

 この声を聞いた超撥水男ちょうはっすいおとこは、四方八方からスライムを浴びせられながらも、けの手すりから身を乗り出して、声のした一階を見下ろした。あのふんどし姿には見覚えがある。間違まちがいない。あれはUOKうまるこw最強のサザレさんその人であった!

「ヤッベえ! アイツを知ってるぞ! 無敵のUOKwじゃねえか! あんなヤツが出てきちまったらかなわねえ! 早くげねえと!」

 超撥水男はサザレさんを見るやいなやきびすを返し、盾班たてはんやスライム班をはね飛ばした!

「オラァ! ジャマだ! どけ! どけ!」

 超撥水男は次々と警官隊をき飛ばして逃げ出してしまった。


 フードコート一階では、サザレさんがゆっくりと青柱との距離きょりをつめていた。

「青柱! 貴様! よくもやってくれたな! 太門だもんはワシの同期だ! 若いころはな、アイツと夜な夜な飲み明かしたものだ! UOKwを立ち上げたころからの戦友だったのだ!」

 サザレさんは間合いを探るように、用心深いフットワークで青柱せいちゅうを中心に回り始めた。間合いをめるごとに重力が強くなっていく。

 青柱は自分の能力に絶対的な自信を持っていたが、サザレさん相手にどこまでやれるのかは別問題だった。サザレさんは別格なのである。実際に敵として相対することになった青柱は、その圧倒的あっとうてきなオーラに気圧され始めていた。

「くっそ、ヤベえ。おれの重力がきいてねえのか? 太門だもんは立ってるのがやっとの間合いまで入ってきてんのに、ステップなんかふんでやがる! ちっくしょう! これならどうだ!」

 青柱はさらにズシンと重力を強めた。しかし、サザレさんは一瞬いっしゅんヒザを曲げただけで、再び元の姿勢にもどった。

「ヤベえ……、きいてねえぞ。マジか。やっぱモールの中じゃ光合成が足りてねえのか?」

 サザレさんは青柱の能力を慎重しんちょうに見定めていたところだったが、これが限界と見ると、ふと、自然な流れで攻撃こうげきに転じた。

 それは水面をすべるような、それでいて電光石火のような素早さであった!

 青柱の左側からワンツーパンチで接近すると、強烈きょうれつなローキックを放って、モロに青柱の左脚ひだりあしを打ちいた!

「ぐぁあっ!」

 なんとうい重いローキックだろうか! 青柱せいちゅうがたまらず体勢をくずしたところで、サザレさんは一気にたたみかけようとしたが、このタイミングで青柱が重力を解除したため、バランスがくるってしまい、攻撃こうげきは宙をった!

 この重力のオン・オフは、光成とたたかった時もそうだったが、サザレさん相手でも有効なようである。

 しかし、青柱にとっては、それよりも自身の重力がまったくきいていないことに大変な衝撃しょうげきを受けた。無敵だと思っていた重力のATP能力を前に、サザレさんはそんなものないかのように、軽々と見事な攻撃をしかけてくるのだ。

 青柱は訓練して筋力だけでなく光合成パワーも強化していた。この重力の中、青柱が自由に行動できるようになったのは、人並み外れに強化した光合成パワーのたまものなのである。先ほど太門だもんは立ち上がるのがやっとというありさまだったが、サザレさんが重力などないかのように攻撃を放てるのは、つまり、太門だもんや青柱よりも、はるかにサザレさんの光合成パワーの方が高いからなのだ。


 サザレさんの容貌ようぼうはまるでいにしえの芸術作品のようである。

 かたまであるボサボサのかみに、ふんどしをしめたその肉体は、やけに日焼けしているだけでなく、葉緑体が多いのか、みがき上げた青銅のようであった。サザレさんは、このブロンズ像のような肉体で青柱せいちゅうの何倍もの光合成をしているのだ。

 突出とっしゅつした光合成パワーをほこるサザレさんであったが、実はATP能力はないのではといううわさがある。実際にサザレさんのATP能力を見た者はなく、ただ、ひたすらに光合成量がハンパないだけなのだと。

 つまり、サザレさんはATP能力の有り無しなど関係がないほどシンプルに強いのだ。その単純で圧倒的あっとうてきな強さを前にして、青柱は恐怖きょうふを覚えた。もはや重力のオン・オフでなんとかしのぐしか成すすべがなく、それだっていつまで通用するか分からない。なるべく早くこの場から逃走とうそうするしかない、そう考え始めていたのだった。


 青柱は逃走経路を探してあたりを見渡みわたし、最後にけの天井てんじょうを見上げた。そこにあったのは地元のゆるキャラをデザインしたステンドグラスである。地域の名産であるイチゴをモチーフとした妖精ようせいのキャラクターで、こうやってフードコートから見上げてみれば、太陽の光でまふしいほどかがやき、天井からだれにでも笑顔と幸せをりまいているかのように見えるのだった!

「くっそお! 人をバカにしたような顔しやがって! ふざけてんじゃねえぞ!」

 ステンドグラスから差しむ日の光が、け二階部分を照らしている! 青柱せいちゅうはそこを目指して跳躍ちょうやくした!

「待て! 青柱! のがすか!」

 青柱を追ってサザレさんもジャンプした! しかし、先に二階へ着地した青柱が重力を発動させたため、空中からゆかたたきつけられるように落下させられてしまう! サザレさんはそれでも冷静に、まるでねこのように身をひるがえして、見事な着地を決めるのだった!

 吹き抜け二階で日の光を浴びた青柱は、天井てんじょうにある赤いイチゴの妖精ようせいを見上げた! そして、それをめがけて全力で跳躍したかと思うと、ステンドグラスをき破り、はるか、燦然さんぜんと日の照った屋上へと飛び出していったのだ!

 赤い妖精のステンドグラスは、粉々にくだけ散って、吹き抜けのフードコートへ落下していった! 幸い買い物客は避難ひなんしてだれもいなかったが、そこに残っていたのは、先ほどゆかへ落とされたサザレさんであった! そこへ無数のガラス片が、容赦ようしゃなく雨あられのように降りそそぐ!


 誰がいったか、サザレさんにはATP能力などないという。

 ただ単に光合成量が異様に多いだけないのだと。確かにサザレさんの光合成は人並み外れた超人的ちょうじんてきなものであった。しかし、それだけではこの戦闘能力せんとうのうりょくについて、実は説明がつかないのである。

 光合成人間というものは、光合成量が多ければ多いほどより素早くパワフルに動くことができる。服を着ているよりも全裸ぜんらの方が強いのは、そういった理屈りくつなのだ。しかし、人間の脳の処理速度というものは、実はそれほど速くなく、光合成によってどれだけ身体能力を上げようとも、視覚情報を処理したり、次の行動を考えたりするには、脳の限界をえてはできないのだ。サザレさんは他の光合成人間よりもはるかに多くの光合成を行っていたため、実際に人間の脳の処理速度よりも速く動くことができた。しかし、り返すが、脳の限界を超えて判断し、行動することなどできないのである。

 これは太門だもんしか知らなかったことなのであるが、実は、サザレさんにはATP能力があった。その能力は、脳の処理速度を大幅おおはばに上げるというものだったのである。だからサザレさんは、超人的ちょうじんてきな光合成でパワーのみならずスピードも出していたにもかかわらず、状況じょうきょうを判断して行動することができたのだ。これは光合成ブレードや重力を強める能力と違い、はた目でわかるものではない。だから、サザレさんにはATP能力がないなどといううわさが立っていたのだ。

 こんなエピソードがある。ある晴れた日だった。サザレさんがちょっとした用事で事務所から出かけていった時のことである。サザレさんは晴れていたからかさを持たずに出かけていったのだが、それからしばらくしてからのことだった。あれだけ晴れていたのに雨が降り出したのだ。事務所にいた者たちは口をそろえ、サザレさんは雨男なのにちがいない、あんなに晴れていたのに雨に降られるなんてよっぽどだ、などとうわさしていたところ、ちょうどサザレさんが帰って来るではないか。ずぶぬれになったサザレさんの姿をみなが期待していたのであるが、もどってきたサザレさんは、出かけていった時とかわらず、何事もなかったかのように、一滴いってきもぬれず事務所へ帰ってきた。これを見ただれかが、よせばいいのに、あれ? 雨降ってませんでしたか? と聞いたところ、サザレさんは、ああ、途中とちゅうで降られたんだが、なんとかぬれずにすんだよ、と答えたのだった。これはどういうことだろう。

 なんと、サザレさんは、降ってくる雨の一粒ひとつぶ一粒を、人ごみをぬうようによけて帰ってきたのである。つまり、脳の処理速度があまりにも速いため、雨の一滴一滴を目視して、それらを逐一ちくいちよけるなどという芸当ができたのである。


 青柱正磨せいちゅうせいまき破って粉々にくだけ散ったステンドグラスのガラス片は、突然とつぜん降り出した雨あられのようにフードコートへ降りそそいだ!

 直下にいたサザレさんは、まるで時間を止めたような冷静さでもって一欠片、一欠片を目視し、その一切をかわして、かすり傷一つ負わずにけの二階へ跳躍ちょうやくしてみせると、まだ落ちきっていなかった残りのガラス片がパラパラと落ちる中を、そのどれにも当たらずに、青柱が突き破った天窓をめがけて高くジャンプして行ったのだ!


 天窓の外はショッピングモールの屋上だった。

 雲の一つもない、目がくらむほどまぶしい青々とした大空。強烈きょうれつな日差しで熱せられたコンクリートは、裸足はだしで着地したサザレさんの足を焼くかのようであった。

 そこは屋上駐車場おくじょうちゅうしゃじょうで、避難ひなんした買い物客の大勢が殺到さっとうしていたところだった。ドーム型のステンドグラスは駐車場の中央付近にあって、先にこれをき破ってきていた青柱せいちゅうの登場によって、買い物客たちがクモの子を散らすようにその付近からはなれているところだった。

「青柱! がさんぞ!」

「追ってきやがったか! くっそぉおお!」

 先ほどのフードコートとはちがい、炎天下えんてんかの直射日光のもと、光合成全開の両者が対峙たいじした!

「うぉぉおおおおおおお!」

 青柱が雄叫おたけびを上げ、いかり、あきらめ、やけくそともとれる、絶望じみた吶喊とっかんを上げたその時だ!

 ドスゥン!

 青柱が最高最強の重力を一気に発動させた!

 予想以上の重力だった! 周辺の車がつぶれ始める! これにはさすがのサザレさんも思わず片ヒザをついた!

「こ、これは! 見事だぞ! 青柱せいちゅう! お前の能力はここまでのぼりつめていたのか! 太門だもんがお前を買っていた理由が今理解できたぞ! よくぞここまできたえたものだ! 見事だ青柱!」

 一瞬いっしゅん片ヒザをついたサザレさんであったが、この重力をものともせず立ち上がった!

「うるせえ! うるせえ! うるせえ! いまさら何いってんだ! おせえんだよ! いまさらおせえんだよ! ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!」

 青柱はさらに重力を強めようとする! この炎天下えんてんかだ! 重力を強めることはできるにはできた! しかし、これ以上は青柱の方でも立っていられないのだ! それでもふんどし姿のサザレさんは、全身の筋肉を盛り上げ、血管をき出させて、ドスン、ドスンと青柱の方へ歩み寄ってくる! 葉緑体の異様に多いブロンズ像のようなサザレさんと青柱とでは、その光合成量に比較ひかくできないほどの差があったのだ!

「青柱! 観念しろ!」

 青柱はたまらず両ヒザを地面についた!

「くっそぉぉおおお! 歯が立たねえ! まったく歯が立たねえ! これがおれの限界か! 俺はここまでなのか!」

 サザレさんが目の前まで来た時には、青柱せいちゅうは完全に四つんばいになっていた! そして、サザレさんはやおら体を左側へ向けるような動作をすると、右脚みぎあしを頭よりも高く上げ、そのまま青柱の脳天をめがけてかかとをり下ろした!

 青柱はこの瞬間しゅんかんをねらっていた! この瞬間に重力を解除して、バランスをくずしたサザレさんにカウンターを決めるつもりだったのだ!

「うぁぁあああああああ!」

 青柱が重力を解除する! しかし、サザレさんの方でもこれを予測していた! 同じてつはふまない! 雲一つない炎天下えんてんかで、サザレさんの光合成も最高潮に達し、そのATP能力でもって脳がありえないほど高速な情報処理を行い、冷静に全身のバランスを整え、正確に、かつ全体重をのせてかかとをり下ろした!

「うぁあああ! やられる!」

 我を忘れた青柱は、恐怖きょうふのあまり、無意識のうちに重力の能力を再発動させていた! しかし、なぜか重力が発動しない!


 その時不思議なことが起こった。


 サザレさんがり下ろしたかかとは、青柱せいちゅうの脳天に命中するかに見えたが、どういうわけかすべるようにそれて外れてしまったのである。

 青柱が素早く立ち上がったところへ、サザレさんは戸惑とまどいつつも、冷静にアッパーとフックからハイキックにつなげる。しかし、これも滑るような感触かんしょくがして青柱には当たらず空を切ったのだった。

「なんだ? これは? 何が起きてるんだ? 攻撃こうげきが当たらん……。いや、当てられないといった方が正しいか?」

 一体何が起きているのだろうか。青柱の体がサザレさんの攻撃に対して、まるで磁石のように反発しあっているようなのだ。

 磁石というものは、N極とS極というようにちがった極同士であればたがいに引き合うが、反対にN極同士やS極同士というように同じ極同士だと、お互いに反発する力が発生することも良く知られている。前者のような引き合う力のことを「引力」というが、反対に、後者のような反発する力を「斥力せきりょく」という。

 アイザック・ニュートンはリンゴが木から落ちる様子を見て、地球とリンゴが引き合う万有引力の法則を発見した。青柱の使う重力とは、つまりニュートンの発見した万有引力であって、いい方を少しかえてみれば、青柱のATP能力は「引力」を強める能力ともいえるのだ。これが、極限まで追いめられた恐怖心きょうふしんによって、どういうわけか反対の作用として発動したのである!

 つまり、「引力」を強めるのではなく、青柱せいちゅうの体からあらゆるものを反発する「斥力せきりょく」が発生していたのだ!


 サザレさんが次々とり出すコンビネーションはすべるように宙を切って、おそろしく精度の高いパンチやキックを出そうにも青柱には当たらなかった! しかし、青柱にはサザレさんの攻撃こうげきがまったく見えていない! 何が起きているのかもわからず、青柱は混乱と恐怖きょうふのまっただ中にいたままだった!

「うぁぁあああああああ!」

 見上げれば雲一つないまぶしいほどの晴天だ! 素肌すはだに当たる直射日光は焼けるようである! これほどの太陽光を浴びた光合成は、いかほどのものになるのであろうか!

 我を忘れた青柱はガードもせず闇雲やみくもにパンチを放った! どんなに油断した体勢でも攻撃の当たらない青柱は、カウンターを決めるために紙一重で攻撃をかわす必要もない! 低い姿勢からアッパーのようにき上げたその一撃は、サザレさんの左わき腹のあたりを打ちいた! この一撃いちげき肋骨ろっこつをへし折っただけでなく、肺や胃、心臓までをも打ち抜いていた! 即死そくしだった!

 き飛ばされ、動かなくなったサザレさんに青柱はおそいかかる!

「うぉぉおおおおおおお!」

 そして、何度も何度もサザレさんをり飛ばした! これでもか! これでもかと!

「この野郎やろう! この野郎! おらあ! この野郎!」


 なんということだ! あの無敵だったサザレさんが敗れてしまったのだ!


 買い物客たちはすでに避難ひなんしていて、屋上駐車場おくじょうちゅうしゃじょうにはだれもいなくなっていた。

「はあ、はあ、はあ、はあ……」

 我を忘れて無駄むだにエネルギーを消費したのか、青柱せいちゅうは息を切らし、ダラダラとあせを流していた。

「ヤベえ……、なんだこの疲労感ひろうかん。なんかヘンなことが起こったが、この疲労感はそのせいか? エネルギーの消耗しょうもうがハンパねぇ。けどよお……、マジか? まさか、サザレさんに勝っちまうとは……、すごくねえか? なあ? マジですごくねえか? ぜんぜんサザレさんの攻撃こうげきが当たんなかった! なんだったんだあれは? おれの能力がなんか覚醒かくせいしちまったのか? マジで、俺は無敵じゃねえか! サザレさんに勝っちまうなんてよう! うぁっははは……」

 青柱は笑いだそうとして片ヒザをついた。

「あぶねえ……、気を失いそうだ。けどよう、ヤベえ、ちょいとつかれた。正直休みてえ……」

 ちょうどそこへ警察たちが屋上に上がって来た。

「おい! あそこだ! いたぞ!」

「おい、ちょっと待て? だれもいないぞ? サザレさんが対応してるんじゃなかったのか?」

「あそこにたおれてんのがサザレさんなんじゃねえのか?」

「ウソだろ……」

「サザレさんがやられちまったのか?」

「ま、マジで?」

増援ぞうえんだ……。UOKwウアックウの増援を要請ようせいしろ!」

 何名かが遠巻きに屋上駐車場おくじょうちゅうしゃじょうへ進入してくるのを見て、青柱せいちゅうは重力を発動させた!

 ドスゥン!

 疲れていたとはいえ、一般人いっぱんじんをひざまずかせるには十分だった。

「はあ、はあ、はあ、はあ……。テメェらみてえな虫けらが、このおれつかまえられるとでも思ってんのかあ? 身のほど知らずもはなはだしい! 身分をわきまえろ! 死にてえんだったら話は別だがな! どうした! やんのか! 俺は皆殺みなごろしにしたってかまわねえんだぞ! おら! どうしたよ! やんのか! 来ねえのかよ!」

「くっそお! ダメだ! 近づけねえ!」

「これ以上は危険だ! UOKwウアックウ増援ぞうえんが来るまで待て!」

「はあ、はあ、はあ……、増援なんか要請ようせいしてんのか……。この消耗しょうもうした状態じゃさすがにヤベえか? いや、てゆうか、マジでもう休みてえ」

 そう考えた青柱せいちゅうは、警官隊とは反対方向へ走り出し、そのまま屋上から飛び降りると、ショッピングモールから逃走とうそうしてしまったのだった。


 こうしてショッピングモールで起きたネバーウェアによる大事件は幕を閉じた。この事件はニュースで全国的に報道され、二名のUOKうまるこw隊員が殉職じゅんしょくしたことも伝えられた。特にサザレさんが敗れてしまったことは、SNSでも大変な話題になったことはいうまでもない。とはいえ、ショッピングモールがあれだけ買い物客でにぎわっていたことを考えてみれば、他に犠牲者ぎせいしゃが出なかったことは不幸中の幸いといえようか。

 当局からの公式発表では、被害者ひがいしゃは以上の二名のみであった。しかし、青柱正磨せいちゅうせいまがショッピングモールへ入る前に、黒マントの男たちを殺害していたことを覚えているだろうか。これは一体どういうわけなのかわからないのであるが、かれらの死亡を伝える情報は、搬入搬出口はんにゅうはんしゅつぐちにいた作業員が目撃もくげきしていたにもかかわらず、一切発表されることがなかったのである。(続く)

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