第三十三話 鋼鉄の優しさ
ショッピングモールの二階を走り
フードコートは買い物客で大変なにぎわいだった。赤ん
幸せという、青柱にとって非現実的な景色がそこにはあった。
ヤツらは青柱に気がつくと、それまでの幸せそうな
「きぃゃあああああ!」
青柱は自分が姿を現すだけでこのような悲鳴を上げられたのは初めてのことだった。それもそうだろう。家族連れの買い物客でにぎわうショッピングモールに、青柱は
青柱は
「アヒャヒャヒャヒャヒャァア!」
後ろから
なあ? 俺はネバーウェアになっちまったのか?
社会復帰なんかできねえのかよ?
俺には二度とフードコートでメシを食うこともできねえってのかあ?
なあ? あんな楽しそうなところに、俺はもう行けねえっつうのかよ?
「うぉぉおおおおおおお!」
「
太門はすぐさま妻に近寄って抱きかかえた。
「ケガはないか!」
「ビックリした! なに? 何が起きたの?」
妻は大丈夫のようだった。
「わからん! わからんが、ふせろ!」
太門は娘と孫の方に顔を向け、姿勢を低くするよう指示した。しかし、娘は太門よりも後ろの方を見ている。
「きゃあああああ!」
そこにいたのは完全に
「あれは、ま、まさか……」
それは完全にネバーウェア化した
「せ、青柱! お前なのか! 何をやっているんだ貴様!」
着地した姿勢の青柱が、身を起こしながらこの声に反応した。
「ああ? その声は……?
「何をやっているのか分かっているのか! こんなことはやめろ!」
「ああ? テメェに指図される筋合いなんかねえ! ここで会ったが百年目だ! ちょうどいいぜ! この場でテメェをぶっ殺してやる!」
太門は冷静に考えた。自分一人で青柱を制圧できるのかと。ヤツが使う重力のATP能力は相当やっかいだった。この前はヤツの能力の前に自分だけでなくサクラもなすすべがなかったが、あの時は光合成仮面が
だが、やるしかあるまい!
「ああ? 光合成仮面のマネってかよ? そんなん当たっか! ナメんじゃねえぞ!」
そういうと
「ぐふぅ!」
太門にも急激に体へ重力がのしかかり、
「青柱ぅう……」
太門は全身の力をふりしぼって立ち上がろうとした!
「お父さん! やめて!」
背後から
「今日は休みなんだから、お父さんが戦わなくたっていいじゃない! だから、やめてよ! お父さん!」
これを聞いた青柱が反応する。
「なんだって? おい! 太門さんよう! 今『お父さん』って呼ばれたのか? あぁっははははは! コイツは
今の
「お父さん! やめてよ! みんなが見てる前だよ! 仕事じゃないんだから! お願い!
太門は
「青柱ぅぅぅ……」
立ち上がろうとする太門の背後から娘の声がする!
「やめてよ! お父さん!」
太門は
「きゃあああああ!」
この悲鳴は娘のものであったか、あるいは他の者の声であったかはわからない。しかし、太門は青柱の重力をものともせず立ち上がったのだ!
「くそ! 光合成が足りてねえのか! これでどうだ!」
「青柱ぅう!」
しかし、上半身
「くっそお……、立ち上がりやがったか! けどよ、立ったくれえで勝った気になんなよ! マジでムカつくヤツだなあ!
「いい加減にしろ! 青柱!」
「うるせぇ!
「おら! おら! おら! かかってこいよ! ああ? 太門さんよう!」
「くそ! 重力があるだけじゃない! パワーもヤツの方が上だ!」
「ガードを固めてヤツのスタミナ切れを待つしかないか?」
しがみつかれた青柱の方では、激しく動いて振り払おうとするも、強めた重力と、それによって重くなった太門にしがみつかれているせいで、余計に体力が
「ぐぬぬぬぬぅ……、離せ……、離せよ!」
青柱が全身に血管を
「はあ、はあ、はあ……」
光合成人間の息が切れるということは、光合成が間に合わなくなって、エネルギーが
それでも
「青柱うぅぅ!」
太門は
勝った!
その時だ!
「ぐぅぅぅううううう!」
青柱はとたんに重力を弱め、腕に
「ぐふぅ!」
次の
何が起きたのか理解できず、しばらく
これはそうだ。
赤ちゃんだ。
そんなまさか。
それはまるで、水風船に命を満たして産み落とされたかのように、少しでも傷つければたちまち
太門は思い出した。
自分はこれを守らなければならないのだと。
年老いた自分の命に代えてでも、この新しい命を守らなければならないのだと。
太門が命を抱くその手に、そっとやさしく手をそえる者がいた。
それは妻だった。
「あなた。おかえりなさい」
そして、その
「お父さん、お誕生日おめでとう」
そうだ。昨日は誕生日だったのだ。今となってみれば自分の誕生日など何もうれしくもない。それよりも生まれたばかりの命の方が、ずっとずっと大切なのだ。
「
そう声をかけてきたのは若かりしサザレだった。サザレは太門と同期だったのだ。東京で訓練に明け暮れ、飲み明かした、あの
「
そういったのはサクラだった。
サクラ、すまんが後のことは
「太門さん、何を弱気なことをいってるんですか。らしくないですよ」
ゴウ。お前もいたのか。お前のような
ゴウの後ろにもう一人男がいた。光合成スーツを身にまとい、一心不乱に訓練へ
いや、誰がこの後ろ姿を忘れよう! 忘れるはずもない!
お前もいたのか!
お前は何をやっているのだ!
訓練に励んでいるか!
お前は
身体的にも、精神的にも!
精神というものは、はじめは弱い者ほど、より強くなれるのだ!
お前には才能がある! 向上心がある!
お前を決して見捨てやしない!
お前に期待してるんだ!
この
そうだ!
思い出したぞ! 俺はやられてしまったのだ! だが青柱にこれ以上人を殺させてはならん! なんとしてもここで止めなければ! だから俺は青柱に殺されるわけにはいかないのだ!
ここで死ぬわけにはいかん!
青柱! 青柱!
お前の力や才能は、正義のために使うべきものなんだ!
なんと! 太門は青柱に殺されるその間際まで、ここまで落ちた青柱を見捨てていなかったのだ!
しかし、太門の鋼鉄のような強い意志もむなしく、その目は光を見失いつつあった。妻や
太門には何も見えない。
太門は死んでしまったのだ。
太門左衛門。
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