第三十五話 秘伝を継ぐ者

 明智光成あけちみつなりはこの日、近くの運動公園でめずらしくリフティングの練習をしていた。光成はやたらと運動神経がいいので、練習しなくてもリフティングなどできていたはずであったが、それがどういうわけかこの日はサッカーボールを二つも使ってリフティングをしていたのである。

 おどろくべきことであるが、光成は練習するうちにボール二つなら十回程度できるようになっていた。後は集中力の問題のようにも思われる。その様子はまるでお手玉のようでもあって、私は驚きをかくさずにそれを見守っていたのだった。

「光成、お前スゲェな。どんな運動神経してんだよ。二つもボール使ってよくリフティングなんかできんな」

 私は母が勉強しろとうるさいので、光成のリフティングに付き合うといい捨てて、家を飛び出し、運動公園へ遊びに来ていたのである。

「ああ。はじめはぜんぜんできなかったけどさ、ボール二つだと、なんとなくなんだが、このまま練習すれば、いずれ何回でもできるようになる気がするな」

「マジでw? すごくね? けどよ、なんで急にリフティングなんかしようと思ったわけ? しかもボール二つも使ってw」

「ああ、確かにリフティングじゃなくてもいいんだけどな。ほら、前にサザレさんがたたかってるところを見ただろう。あの時のことを思い出したんだ」

 サザレさんが敗れてしまったニュースは全国放送されていたので、私も光成もその訃報ふほうを耳にしていた。私はサザレさんの大ファンだったから大変な衝撃しょうげきを受けていたのであるが、光成も同様だったのだ。それで私たちがサザレさんと出会った、ボイパ男とプラズマ男におそわれた、あの桜並木での出来事を思い出していたのである。

「あの時、いくつもプラズマが発射されて、同時にボイパ男が音を消して攻撃してきただろう? あの同時攻撃どうじこうげきおれは対処できなかったんだが、俺だけじゃない、あの女の隊員もそうだった。だけどさ、サザレさんは完璧かんぺきに対応できてたんだよ。なんでサザレさんにはできて、俺にはできなかったのか、あれ以降、考えていたんだ。俺はあの場面をよく見てたから覚えてる。サザレさんはあの状況じょうきょうを目で全部見ていた。サザレさんは俺の理解をえたスピードで、同時にいろんな状況を目で見て判断し、行動していたんだ。どうやったらそんないくつものことを同時にできるのか、たとえば今日なんかはボールをいくつも使ってリフティングをしてみて確かめてるんだ。だけどさ、だんだん慣れてくると、ボール二個では頭で考えなくてもできるようになってくるんだよ。体が覚えてくるっていうのかな。見たり考えたりしなくてもできるようになるんだ」

「ああ、なるほどね。そういうのはな、反復練習をり返すことによって小脳に記憶きおくされるんだよ。小脳ってのは物覚えは悪いんだが、一度覚えると大脳より一度にいろんなことを素早くできる。たとえば水泳だったり自転車だったり、はじめはいろんなことを意識しなきゃならなくて上手くできないんだが、反復練習するうちに体が覚えてきてできるようになるだろ? あれ、本当は体が覚えたんじゃなくて、小脳が覚えたんだ」

「小脳? そうなのか。なるほどなあ。だが、おれが目指しているのはそれじゃないな」

「ふぁ?」

「大脳とか小脳とかっていい方をすれば、あの時のサザレさんは小脳で動いてたんじゃない。冷静に状況じょうきょうを判断して行動していたんだ。あれは反復練習したものなんかじゃなかった。俺は見ていたからわかる」

「なるほどねえ。そういえば、サザレさんにはATP能力がないっていううわさがあっただろ? 光合成量がハンパないだけっていう。だったらさ、サザレさんはくっそ光合成して頭の回転まで速くなってたのかもしれねえなw。しらんけどw」

「ひょっとして、それってATP能力なんじゃないのか? 頭の回転を速くするっていう」

「そうか? 単に光合成がハンパないっていう話なんじゃねえのか?」

「いや、でもおれの場合で考えてみると、服をげば確かに光合成量が増えて速く動けるようになるんだが、別に頭の回転は速くなってないんだよ。速く動けても頭は追いつかない。光合成ってそういうもんだと思うんだよな。だからサザレさんには何か秘密があるんじゃないか、実はATP能力があるんじゃないかって、そう思ってるんだ。彩豪さいごう、お前あの時サザレさんのデータって取ってなかったのか?」

「もちろん取ってたに決まってんじゃねえかw。あのサザレさんに直接会えたんだぜ? 俺はそんなマヌケじゃねえw」

「それって、俺に送ってくれないか?」

「ああ、別にいいけど、生データだぜ? 生データを見たって何もわからねえと思うぞ? 今まで俺がお前に送ってたのは、アルゴリズムやシミュレーションのサンプルだったんだ。たとえばボイパで音を消すアルゴリズムとか、重力が強い中での軌道きどうのシミュレーションとか」

「そういうのはサザレさんの場合ないのか?」

「それがないんだよ。俺だってあのサザレさんの生データをゲットできたんだから、めっちゃ解析かいせきしてたんだがな。俺の能力はインターネットにある情報や計算式なんかを使ってるから、インターネットにないことはできないんだ。たとえばさ、音を消す場合はそういう技術的な原理だったりとか、音を加工する計算式だったりとか、重力の場合だったら重力を計算する式とか、そういうのがネットにいっぱい転がっているわけ。そういうのをAIで組み合わせて生成してるんだよ」


 このタイミングでのカミングアウトで申し訳ないのだが、私のATP能力、それはすなわち光合成AIという能力であった。

 つまり、光合成による生成AI能力なのである。だから、私はパソコンやスマートフォンがなくても生成AIを利用することができるのだ。

 私の能力はATPリンクくらいしか目立った能力を紹介しょうかいしてこなかったが、ATPリンクはWi−Fiをベースにした能力だから、こういった広く知られた技術仕様や原理はインターネットにいくらでもあり、AIを使ってそういった技術を応用していたのがATPリンクであって、本質的には光合成AIこそが私の能力だったのである。


「ワンチャン、サザレさんが実はATP能力を持っていたとして、仮にだよ? お前のいう通り大脳の処理速度を大幅おおはばに上げる能力だったとしたら、それってインターネットにないんだよ。だって、そうだろう? 人類はまだそんなことを発見してないんだから。そもそもなんだけど、そんなことがホントに実用化されていたとすればだぜ? それって、マジでくっそスゲェことじゃね? ノーベル賞取ってもおかしくねえぜ? 実際、人間の頭がめっちゃよくなるってことじゃんw。おれも欲しいんだけどw、その能力w」

「だが、俺は見ていたんだよ。あれは目で見て冷静に判断していた。臨機応変に。そうじゃなきゃ、他に説明のしようもないだろう。あれだけの戦闘せんとう能力だ。サザレさんがすごいことには間違まちがいないと思うんだが」

「確かに、サザレさんはくっそ強かったからなw。サザレさんの秘密は意外とお前のいう通りかもしれねえな。俺もその線でサザレさんのデータを解析かいせきしてみるわw」

たのんだよ。でもまあ、俺もいろいろ考えてみようと思うんだけど、それで相談なんだが」

「なんだ?」

「お前んちにあるサッカーボールも貸してくれないか? ボール二つだとさ、このまま体で覚えちまいそうなんだ」

「マジかよw。それはそれでスゲェことなんだけどな。ちょっとじゃあ一回家に帰るか。オカンがマジでくっそうるせえんだけどなw」

 こうして私と光成は一度私の家に帰ることにしたのだった。


 話はかわるが、ちょうどその頃、UOKうまるこwの長官室では、長官が若流賢人わかるけんとと内密の話をしているところだった。

 司法取引に応じた若流は、サンズマッスルと特定の関係者について調査をする任務を命じられていた。これは長官から直々の指示で、たとえUOKw内部であったとしても他のだれにも他言してはならぬという、極めて秘匿性ひとくせいの高い任務だった。

 調査の対象となる関係者の一人は、先日滑落かつらく事故で亡くなった宮内先生である。

 故人が調査対象になっているのは、UOKwが最重要監視かんし対象としている外国人がいて、この人物とサンズマッスルをつないだのが、宮内先生だということのようなのだ。

 監視対象となっている外国人については、名をメロンズというそうで、その名を若流自身から決して口にしてはならぬとのことだった。だが、この名を耳にすることがあれば、そしらぬ顔をして必ず報告するようにとのことである。さらに、この人物については絶対に深入りせぬようにとのことでもあった。

 それでこの三者、つまり、サンズマッスルの理事長と宮内先生、そして、そのメロンズという人物との間に、直近で何らかの接触せっしょくがなかったか、あるいは間接的でもかまわないから何かあったら調べて欲しいというのが、長官からの指示だったのである。

 それから、これは極めて機微きびな任務だから、一見関係がありそうな事に見えても、この三者の事以外には首をまぬようにとのことでもあった。これは若流わかるの身に危険がおよおそれのある任務でもあり、そのことについてはくれぐれも注意してほしいとのことだった。

 こういった経緯けいいで、若流は最初の報告をするために長官室を訪れていたのである。


「おいそがしいところお時間いただきましてありがとうございます。早速で恐れ入りますが、先日、サンズマッスルの理事長の口から、メロンズという名前を聞きましたのでご報告申し上げたいと存じます」

「な、なんだって? こんなに早くか? でかしたぞ!」

「いえいえ、ありがとうございます」

「さすがだな。くわしく聞かせてくれ」

「ええ。つい先日のことです。シニアプレイヤーの一人が、数日間音信不通になったことがありまして……」

「ちょっと待て。シニアプレイヤー? だれだね?」

「スザクという女です」

「スザク……。なるほど。その女のことについては、君は放っておきなさい。いいな? くれぐれも関係のないことには首をまないでくれ。それで?」

「はい。それで理事長とシニアプレイヤーの太満ふとみつ、それとCTOの比留守ひるすが、事務所でスザクのことを調べていたのです」

「調べる? 何をだ? スザクという女の素性か? まさか、君はそれを聞いたのではあるまいな」

「いいえ、三人が調べていたのはスザクが今どこにいるかということです」

「なるほど。ちょっと確認だが、その会話は君をふくめて四人でしていたということで間違まちがっていないか?」

「いえ、理事長と太満、それに比留守の三人です」

「君は?」

「私はロッカーにかくれていました」

「比留守にはバレなかったのか?」

「ええ、私も相当危なかったのですが、技術班に検査してもらったおかげでなんとかバレずに済みました」


 若流わかるが司法取引に応じ、あらためてサンズマッスルをスパイするにあたって、まず第一に比留守の存在が大きな障壁しょうへきになっていた。若流は光合成ウイルスに感染していたため、比留守の支配下にあったのである。そのため、どこかに身をひそめていたとしても、かくれていることがバレてしまうおそれがあったのだ。

 しかし光合成ウイルスについては、UOKうまるこwの技術班による若流わかるを検体とした精密検査によって、ある程度のことがわかってきていた。その結果、このウイルスは光合成に依存いぞんしていることが判明しており、暗闇くらやみの中では活性化できないことがき止められていたのである。

 そのため若流は、真っ暗闇のロッカーに入ることによって、光を浴びずに光合成をおさえ、比留守ひるすから発見されずに済む見込みこみがあったのだ。


「それでですね、その時に、話の途中とちゅう太満ふとみつが立ち上がって、何かものを取りに来たんです」

「ほう」

「そうしたら、あのバカがロッカーを間違まちがって、よりによって私がかくれてるロッカーを開けようとしたんです」

「なんだって! 絶体絶命じゃないか! 大丈夫だいじょうぶだったのか!」

「ええ。私もあせりましたが、ロッカーを開けられないように内側から引っ張っていました。そしたらヤツは『あれ?』なんてふざけた声を出してガタガタとロッカーを開けようとするじゃないですか」

「君、それは相当マズいんじゃないのか?」

「そうなんですよ。ところがですね、理事長が『何をやってるのかね? そこは若流わかるくんのロッカーじゃないのか』といったんです。そうしたら太満ふとみつ野郎やろうは、『あれ? 間違まちがってました』なんてとぼけたことをいってとなりのロッカーを開け始めたんです」

「それで? 大丈夫だいじょうぶだったのか?」

「ええ。大丈夫でした」

「そうか。聞いてるこっちがハラハラするな。それで、続けてくれ」

「はい。それでですね、どうもヤツらの話を聞いていると、比留守ひるすはスマートフォンの位置情報からだれがどこにいるのかき止められるようなんですね」

「ほう。優秀ゆうしゅうだな。やるじゃないか」

「それで連絡れんらくが取れなくなったスザクがどこにいるか調べてたようなんですが、スザクのヤツがずっとスマホの電源を切っていたようなのです」

「居場所を知られたくないということか。あやしいな」

「そうなんです。それで比留守はスザクがスマホの電源を入れ次第ヤツを見つけるといったのです……」

「ちょっと待て。比留守がそういったのを聞いたのか?」

「はい」

「おかしいな……。比留守はせきがひどくてしゃべれないと聞いているが」

「ああ、そういう意味ですか。確かにそうなんですが、太満ふとみつが通訳できるんです。正確にいうと、私は太満の通訳を聞いたというわけですね」

「ああ、なるほど。話をさえぎって悪かった。続けてくれ」

「ちょうどその時にですね。スザクが電源を入れたんですよ。スマホの電源を。すると、即座そくざ比留守ひるすが居場所をき止めてみせたのです」

「なんだって? やたら優秀ゆうしゅうだな! しかし、ということはだね、君……、ちょっと確認させてくれ。君はスマホを持っていなかったのか?」

「私がそんなヘマをするはずがないでしょう。そんなことをしていたら、今こうやって報告なんてできていませんよ。その時はスマホを別の場所に置いていたのです」

「なるほど。君もやるじゃないか。何度も話のこしを折ってすまんな。続けてくれ」

「比留守は場所をき止めたようでしたが、スザクがどこにいるのかは聞こえませんでした。どこか遠くにいるようで、どうも電話をするためにスマホの電源を入れたようなのです」

「どこに電話していたのかも比留守は突き止めたのか?」

「ええ。英会話教室に電話していたようでした。ただ、私はロッカーの中にいましたので、残念ながらどこの英会話教室なのかはわかりませんでしたが」

「英会話教室? なかなかあやしいね」

「ええ。すでに太満ふとみつはスザクに対して不信感を持っていたようで、以前から理事長にヤツは信用できないと進言していたようでしたが、理事長もこの件で確信を得たようです。ただ、いろいろ事情があるようで、それで理事長がこういったのです。『ヤツと契約けいやくしてるのはメロンズ対策だ。光合成法案の成立までは何も知らなかったことにしておこう』と」

「なんだって? 『メロンズ』と『光合成法案』というキーワードがセットで出てきたのか! でかしたぞ! それで君、録音はどうだ? できなかったのか? スマホは持っていなかったんだろう?」

「ええ、おっしゃる通り比留守ひるすがいましたからスマホは持っておりませんでした。ですが、私も比留守対策として無策であったわけではありません。このような物を用意していたのです……」

 そういって、若流わかるはスーツのポケットからICレコーダーを取り出して見せた。

「録音できたのか……。やるじゃないか! こいつはスゴいぞ!」

 若流は得意げに再生してみせたのだが、むやみに音が小さい。

「ああ、すみません。ロッカーにかくれていたものですから声が遠いんですよね……」

 若流はボリュームを大きくする。

「なんだねこれは? ノイズがひどいな」

「あ、今です。今『メロンズ』と『光合成法案』っていったところです」

「なんだって?」

「もう一度再生します」

「ふうむ。まるでホラー映画で出てくるこわい声みたいだな。ちょっと聞き取りにくい。たしかに『メロン』と『法案』というのはそう聞こえないこともないな。でもまあ、状況じょうきょうが状況だ、しかたあるまい。これは音声分析ぶんせきにかけるとして、君、でかしたぞ! こいつはひょっとすると、ひょっとするかもしれんぞ!」

 そこで机の上にある電話が鳴った。長官は電話機をチラッと見てこう続ける。

「報告は他にもあるか?」

「はい。先日、実は副長官に呼び出されまして……」

「なんだって?」

 長官は一瞬いっしゅん考えてから電話に出る。

「私だ。ああ、わかっている。すぐに行くと伝えてくれ」

 そういって長官は電話を切った。そして若流わかるにこういった。

「その話はこの場ですぐにでも聞きたいところだが、後で時間を調整する。なるべく早くするからくわしく聞かせてくれ。すまんが、次の約束があってな。今日はここまでとさせてくれ」

「いえ、こちらこそお時間いただきましてありがとうございました」

「では、これは預からせてもらうぞ」

 長官はICレコーダーをポケットに入れると立ち上がった。 若流わかるも長官の後について立ち上がったのだが、ドアの前で長官が立ち止まってこういった。

「いいか。この件は身内でも他言は禁物だぞ。それとり返すが、一見関係がありそうなことに見えても直接関係のないことには首をっ込まないことだ。いいな? これは君のためでもある。絶対にだぞ」

「承知いたしました」

 そういって若流は長官室を出たのであるが、ちょうどその時、となりにある副長官室のドアが少し開いていて、そこからこちらをのぞいている女の顔が見えたのだ。女は若流の姿を見るとすぐにドアを閉める。あの女は……、忘れるはずがない。あれは先日会った副長官の秘書だった。(続く)

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