2. Gluttonous Kleptomania

2-1

「は?」


 俺は驚き、黒縁メガネの女医を見上げた。


「一生治らないってどういうことだ?」


「そのままの意味よ」


 椅子の上で足を組み替えながら女医が答えた。


「いったんたがが外れた破壊衝動は二度とコントロールできない。仮に首輪が外れ退院しても、少しでも戦えば、すぐにまた元通りになる。次こそ敵も味方もない殺戮兵器になる」


「んなことねーだろ。さすがに敵と味方の区別くらいつく」


「裏山の木をなぎ倒し貪り食って、風車を破壊した人のセリフとは思えないけど?」


「いやまぁ、……あれは悪かった。あれは自分でもちょっとおかしいと思った」


「でしょう。だからもう――」


「いや待て。なら、なら俺はもう二度と戦えないのか?」


「そう。二度と戦わない、それ以外に戦闘狂の治療法はない」


「それは困る!」


「困るって言われても、あなた自分の立場わかってる?」


「立場って……」


 俺は再びベッド上に拘束されていた。


 あの夜から一週間が経っていた。目覚めてからは三日。大人しくしているから枷を外してやる、と言われた矢先にこれだった。


「しっかり治療を受けるって名目で軍法会議を留保されてるのよ」


 女医がまたしても足を組み替える。やっぱり白衣の下には何も着ていないような気がして、俺は顔を背ける。


「院長の許可無く帰れば死刑」


「許可って、院長あいつはどこ行ったんだよ? 手術してあとは縛って放置とかおかしいだろ!」


「院長はお忙しいの。それに、あなたのことは全部私に任されている……」


 そう言って女医は立ち上がると、窓のそばへと移動する。金色の瞳が見えなくなって、かわりに外から差し込む光がメガネのレンズに反射する。


 そういえば、俺はこいつの名前を忘れていた。


 ピンクのガラス瓶が吊り下げられた棒に手をかけながら女医が続ける。


「というわけで、二度と戦わないって約束できる?」


「うっ……」


 俺は答えに詰まった。


 戦う以前に、頭から水をかぶりたかった。二重になった枷は前よりきつく、寝返りも打てぬ俺は窓からの光に左半身だけ肌を焼かれていた。手術のときに交換されたはずのガウンやシーツは汗や垢でぐちゃぐちゃで、もはや血と泥に汚れたあの夜と大差なくなっていた。


 体だって動かしたかった。あの点滴とやらが幾度となく体に流し込まれ、飯すら食わせてもらえない。せっかく鍛えあげた筋肉が衰えていくのを一日中眺めているのは悲しすぎる。早くトレーニングがしたい。早く腹いっぱい飯が食いたい。


 たしかに、あの夜の俺は少し変だった。それは認めよう。だけど、これじゃまるで猛獣じゃないか。仮に病気だとしても、こんな扱いはさすがにおかしい。というか俺はもうとっくに元に戻っている。冷静だし、普段と同じだ。治ってる。


 だから、


 ふぅ、と息をついて数秒後、俺は女医を見据え口を開いた。


「なぁ、マジで誤解しないでくれよ。そりゃ軍の指示は守らなかったけど、俺は違う。俺はまともなんだ」


「どこがどうまともなの?」


「俺は誰かれ構わず戦いたいわけじゃねぇんだ。殺すのが楽しいとか、そういうんじゃない。強い奴とやり合うのが好きなだけで、略奪とか弱い者いじめみたいなのは嫌なんだ。つか、俺がおかしいなら軍の奴らみんなおかしくね? あいつらだっていっぱい殺してる!」


「でも、あなたみたいに私を蹴り上げて殺そうとはしない」


「だからそれも悪かったって!」


「本当?」


「本当だって。それに戦ったら元通りなら、軍法会議もなにも、もう軍には居られなくね? 戦えない剣士とか意味ないじゃん?」


「それはそうね」


「だろ? ならどっちみち戦いようないじゃん。軍人でもないのに戦ったら犯罪だ。そんなこと俺がするわけない」


「だけど、もしまた君のライバルとやらが現れたら?」


「そりゃ……」


 戦うに決まっている、と言いかけて、俺は言葉を飲み込んだ。


 罠だ。


 これがこいつらのやり方だ、そう思った。こうやってミスを誘って、俺を凶悪な反逆者に仕立てあげようとしているのだ。やっとその手口がつかめてきた俺は、ぐっと下唇を噛みしめる。腹に力を込めると、手術された傷がピリリと痛んだ。


 あの夜、院長に叫んだときと一緒だ。とりあえずは従って、大人しくしていれば、どこかで逃げるチャンスもあるだろう。枷さえ外れれば体を洗える。飯が食える。トレーニングだってできるんだ。


 もう引っかからねーぞ。


 俺は覚悟を決めて、高ぶる気持ちを抑え言った。


「そ、それでも戦わない」


 声が震えているのが自分でもわかる。だけど、続ける。


「……二度と戦わない。約束する」


「自分が病気だって認めるのね?」


「あぁ」


「病院のルールもきちんと守る?」


「あぁ」


「うふふ。ならよかった」


 女医は小さく笑うと、点滴の根本をいじってかがみ込み、俺の肘から針を引き抜いた。傷跡にシールを張って、前みたく水色のガウンの裾をめくりあげると、こう言った。


「なら、さっそく次のステップに移りましょう」


「は? 次のステップ?」


「そう。まずは午後からの集団療法ミーティングに参加して」

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