第32話 争いの宝石

 轟音ごうおんは爆発音のようだった。

 桶を置いたエヴァたちが駆けつけると、教会のような建物が、土ぼこりを立てて崩れている。

 野次馬が集まっていた。

 

「……さまが死んだ」

「ケンの女がやったんだ」

 

 カンカンカンとけたたましく鐘が叩かれる。

 

「となりの部族が攻めてきたぞ!」

「こんなときに……」

 

 ロロはエヴァとノアの腕をつかむ。

 

「ニゲヨ」

「え?」

「ハヤク」


 爆音や足音、男たちの雄叫びが響くなか、ロロはふたりを引っ張り駆け出した。一緒の来ていた女の子たちもついてくる。

 目指すのは、近くにある黒い岩肌の丘。


「ロロ、どこに……」


 丘の裏側に回りこむと、岩肌に人二、三人くらいの大きさの、半透明の赤い石の板が埋めこまれていた。


「あ! これ……」


 ラパたちと神殿で見た。どこかとどこかが繋がっている板。

 名前は確か、ペリスローテだか、ピリスロットだか。

 エヴァとノアの腕をしっかり握り、ロロは半透明の鉱物の板に飛びこむ。

 

 


 板は真っ暗な、穴の道に繋がっていた。

 いくつもの道にわかれた、迷路のような場所。金属や宝石の原石が埋まる、鉱山のようでもあった。

 くり抜かれた壁の穴に蝋燭が置かれ、わずかなあかりになっている。光が壁面に反射している。壁に含まれた赤い鉱物が、チラチラ反射していた。お互いの顔はよほど近づかなければ見えない。

 ロロはわかれた道をすいすい迷いなく進む。エヴァたちは彼女を見失わないようついていく。

 もわっと熱気が漂う。マグマが近いのか。

 ノアは汗をぬぐった。

 

「暑いな」

「ロロ、どこに向かっているの?」

「モウチョット」


 やがて、多くの蝋燭の火に照らされた、広めの空間にたどり着いた。ゆらめく火に、壁面に含まれた赤い鉱物がチラチラ光っている。壁には大きな穴がいくつかあいていた。べつの道に繋がっているようだ。

 熱気が充満したその空間に、すでに白い服の女や子どもたちが座り込み、息を潜めていた。

 

「この人たち……」

「穴カクレル、女、子ドモ」


 有事の際に、女や子どもはこの洞穴のなかに身をひそめるということか。あの半透明の板を通って。

 

「穴クワシイ、女。ダカラ『穴』ヨバレル」

「え?……ああ、なんだ。そうだったの」

「?」

 

 少しホッとした。

 価値観ではなく、慣習だったのか。


「ロロはいつもここに……」


 問いかけようとすると、ロロの服が、もぞもぞと勝手に動きだす。


「ロ、ロロ……?」


 ロロは苦笑いして、すそをめくった。

 ロロの下半身は、腰から垂れたいくつかの白い花弁のようなものに覆われている。


「え? ええ?」

「花になったのか……?」

「ウィル、ナル。ココ来ル」


 ここに来るとウィルになる?

 よく見れば、うしろの子どもたちも、不審げにこっちを見上げてくる女たちも、みんな尻尾だのひげだの、羽だの葉っぱだの花だのを生やしていた。

 ここは、『聖域』とかいう場所ではないか。


「ナラナイネ、ウィル。エヴァ、ノノ。オシラ人ダカラ?」

「そ、そうね……」

 

 以前もそうだった。

 どうしてエヴァやノアの姿は変わらないのだろう。


 


 エヴァたちは身を寄せ合い、息を潜めた。

 時折聞こえる、鈍い轟音。金属を叩きつける音。人の悲鳴。

 息が詰まる。


「怖イ?」


 寄りかかるノノが訊いた。


「ちょっと」

「終ワルヨ、スグ。イツモソウ」


 彼女はあまり恐れてもいない。ほかの女も、子どもたちですらそうだ。退屈そうにしている者さえいる。

 慣れきっているのだろうか。


「ロロは子どものときからこうだったの?」

「ウン」

「怖くなかった?」

 

 ロロはあたりを見渡した。

 

「平気ダタ。姉サン、ココ隠レタ、一緒ニ」

「ロロにはお姉さんがいたの?」


 ロロは笑顔になる。

 

「ウン。大好キ姉サン。毎日遊ンダ。結婚デ隣村行タ」

「へえ。名前は?」

「ララ」

 

 想像した。きっと顔はロロに似ているのだろう。

 ロロと遊ぶ、ロロにそっくりな少女ララ。

 ドォンと、鈍い音が大きくなる。

 さすがにそれにはみんな体を縮めた。

 

「カノはいつもこうなのね」

 

 ロロはうなずく。

 

(話には聞いてたけど……)

 

 ノアが口火を切った。


「百年前、南部の小国すべてを統一戦争でオシラが取りこみ、カノ領としてひとつにしたじゃないか。同じ国、同じ領地になったのだから、争う意味はとっくにないのでは?」

「?」

 

 ノアの小難しい言葉は、ロロにはうまく理解されていない。

 エヴァは身ぶり手ぶりも交えながら、ゆっくりと、なるべくロロに伝わるよう、簡単なオシラ語で話す。

 

「小さい国の争いは百年前のこと。今のカノは全部、オシラ国。だから争わなくていい」

 

 ロロは首をふる。

 

「仲悪イ部族モ同ジ国。昔チガウ国」


 ノアは首を傾げている。よく意味がわかっていないようだ。

 エヴァには、思い当たることがあった。

 

「同じ国の中に対立する部族を無理やり住まわせたから、カノ領府やカノ領が安定しなくて内紛が絶えないってことじゃない?」

 

 ロロはこくこくうなずいた。

 ノアも感心したようにうなずく。

 

「なるほど。きみは理解が早いな」

「要はアフリカや中東みたいなものでしょう」

「?」

「カノ男、激シイ。怖イ」

 

 ロロは両手の人差し指を交互に上に上に重ね、とんとん叩く仕草をした。

 

「相手ヨリ上ニ上ニ。カノ男、ソンナ生キ物」

「あー。なんだか兄さまみたい」


 相手を貶め叩きのめして、相手より優位に優位に。上へ上へ。

 猿山のサルのように。


「父もそうだ」


 ノアは悲哀を帯びた声音で言い、暗い視線を落とした。

 エヴァはそわつく。ノアは父親となにがあったのだろう。

 ロロは言葉を続ける。

 

「ケンカ毎日。ダカラナイ畑。デキナイ、商売」

(ケンカばかりで農地がない。商売もできない。発展しないわけだわ)

「オカネ、ケンカの、クレル、イッパイ、オシラ」

「オシラがケンカのお金をいっぱいくれる? そんなはずないわ。むしろ逆に、オシラはカノ領を豊かにしようと支援してきたのよ。争うためのお金なんか……」

 

 ロロはそのあたりに転がっている黒い石を拾った。

 石は濁った赤色の鉱物を含み、蝋燭の火を反射してきらめいている。

 

「売ル、コキノダイヤ。オシラヘ。金モ鉄モ」

 

 エヴァはとっさに、手をそでで隠した。この手の指に、赤い指輪がはまっている。

 話が見えてきた。いたたまれない。

 ノアも悲しそうに、ちらっとエヴァの手のほうを見る。

 この指輪をくれたのは彼。

 

「オシラ、買ウ、ダイヤ。キレイ言テ。武器、ソノオ金」

 

 そういえば、舞踏会でハンナも赤い髪飾りをつけていた。

 オシラ領民は、コキノダイヤが大好きだ。

 

(オシラがカノ領の金属やダイヤを買うから、儲けたお金で部族が武器を持ってしまうんだ……)


 外ではまた爆発音が轟く。女や子どもたちは、ますます身を寄せあう。

 途方にくれた。

 

 ウゥ……。ウウ……。

 

 エヴァは顔をあげる。

 ある壁の穴の奥から、苦しそうなうめき声が、聞こえたような気がした。

 しくしくとした泣き声も。

 

「あれはなに?」

「アレハ……」

 

 ロロは口をつぐむ。

 

(爆発に巻き込まれてケガをした人、とか?)

 

 いてもたってもいられなかった。

 

「助けに行かないと」


 立ち上がり、闇のような穴の奥に進む。


「待ッテ」

「エヴァ、どこへ?」


 ロロとノアも、あとを追う。

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