第四章 炎の迷宮

第30話 ロロ

 黒い岩山内部の、くり抜かれた灼熱しゃくねつの空間。入り口を塞ぐ板が外から設けられ、内側からは出られない。

 閉じこめられた、やせ細った少女たち。高温の空気や岩の熱さに苦しみ、うずくまるか倒れ伏している。

 

「……水……水……」

「出して……」

 

 足が動かず歩けない少女は、じっとり汗をかきながらずるずる身を這わせ、板のほうへ手を伸ばす。


「ロロ……」


 指先が板に触れる寸前、力尽きた。



 黒い禿山はげやまを、冷酷に眺めている男たちがいる。

 

「役に立たない『穴』は早めに処分するに限るな」

「ところでオシラのロン皇太子への貢ぎ物はどうする?」

「ああ。コキノダイヤを多めに採掘しよう。となりの部族から人を攫うぞ」

「そういえば聞いたか? オシラの変な皇女がカノに来てるとか……」


 


 金持ちそうな男に落札されたエヴァとノアは、集落に連れて行かれた。

 その村には、今にも崩れそうな石造りの四角い家々が並んでいる。

 男の住まいらしき一番大きな家に、ふたりとも放りこまれた。

 

「なぜぼくまで」

「先生のお顔がきれいだからよ」

 

 見渡せば、広い家だ。

 赤い絨毯じゅうたんが敷かれ、背の低いテーブルのまわりには、取り囲むようにクッションが置かれていた。あぐらをかいた悪人面あくにんづらの男たちが、くつろいで茶を飲んでいる。じろじろと舐めるような視線を向けられた。

 壁際では、男の子たちが掃除をしたり食事を運んだり、あわただしく働いている。

 そのほか、白い服の女3人、目に入った。

 中年の女が2人、若い女が1人。若い女は視線を落とし、しゃがんで床の拭き掃除している。

 中年の女二人は、若い女を甲高い耳障りな声で叱り、しきりにつねっていた。

 

「ええっと、お嫁さんとお姑さん?」


 男がカノ語で説明する。

 

「聞け……、家、……妻たち」

「ああ」

 ノアがコソコソと「なんて?」

「お嫁さんとお嫁さんとお嫁さんってことみたい」

「つまりすでに3人も妻がいるということか?」

「もう。どれだけ女たらしなんだか。……まあともかく、ドウモ。コンニチハ」

 

 声を張り、彼女たちに向かって片言のカノ語のあいさつを口走った。会釈もする。

 三人の女はいぶかしそうにエヴァを見るだけで、反応しない。


(伝わってないのかしら。あんなに勉強したのに)


 落ちこんだ。やはりカノ語は難しい。

 ふと、ドアの隙間からクリクリした黒い瞳が、じっとこちらをのぞいているのに気づく。白い服の小さな少女たち。

 

「あ! かわいい。女の子もいるのね」

 

 ほほえみかけると、彼女たちはあわてて引っこんだ。

 エヴァのオシラ語の感嘆に、不意に若い女が顔をあげた。

 なにかを認識したような表情。

 彼女と目が合う前に、男に乱暴な手つきで引っ張られた。

 

「来い」

「わ」

 

 家の奥に引きずられる。


 


 寝室のような部屋まで連れてこられ、ベッドに放り出された。

 男はニタニタとこちらを見下ろしてきて、服を脱ぎ始める。

 

(え? 早速すぎない?)


 同じようにベッドに倒されたノアが、こちらを見ながら焦ったように口をパクパクさせている。

 

(エヴァ、どうしよう)


 思考を巡らせた。

 

(しかたないわ。こうなったら一か八か……)


 こうするしかない。

 のたうちまわり、服の上から足の付け根やお尻をしきりにこすった。

 目をぎゅっとつむる。カノに来るまでに、頭に叩き込んだ辞書を思い出す。


「か、カユイ。カユイ」


 カノ語でわめいた。

 男とノアはキョトンとしている。

 

「ウツサレタ! カユイ!」

 

 ぽかんとしたノアにも、目で合図した。

 

(ほら、先生も)

 

 ノアはよくわかっていないようだったが、できるだけかん高い声で、「『カユイ』、『カユイ』」

 と、エヴァの真似をした。

 男は顔を引きつらせる。すぐに服を着、足早で部屋を立ち去った。

 エヴァとノアはベッドの上で寝そべり、ほっとする。

 

「よかった」

「助かったな」

 

 ふと気づく。息がかかるほど顔が近い。お互いの顔が、お互いの瞳の中に映るほど。

 頬が熱くなる。

 ノアも気まずいのか、目を泳がせていた。


「い、いい演技だったわ」


 起きあがり、話題を作ってごまかす。


「あ、ああ。ところで『カユイ』はオシラ語に訳すとどういう意味だ?」

「かゆいって意味よ」

「ぶっ」

 

 みぞおちを殴られたかような奇声をあげ、彼は両手をついた。

 

「どうしたの?」

「ぼくにもプライドというものが……」

「この際捨てなさいよ。ほら、カユイカユイ〜」

「もうやめなさい!」


 ノアをおちょくっていたら、ぎぃっとドアが少し開けられる気配がした。

 振り向けば、先ほどの白い服の若い妻と、興味津々な子供たちが、こちらをのぞきみている。

 

「……ダイジョブ?」


 つぶやかれたのは、片言のオシラ語。

 おやと思う。

 

(オシラ語……? この人わかるの?)

 

 おずおずと、彼女は小さなびんを差し出してきた。


「カユイ、薬」


 ふたを開け、中の軟膏なんこうを指で取ろうとする。

 不思議に思いつつ、エヴァはオシラ語で話してみた。

 

「あ、あー。大丈夫よ。自分で塗るから」

 

 笑顔で取り繕う。

 若い妻は心配そうにしながら、びんを渡してくれた。めずらしそうにチラチラこちらを見てくる子供たちをうながし、去ろうとする。

 

「待って。わたしエヴァ。あなたの名前は?」

 

 呼び止めた言葉には、キョトンとしていた。

 ノアが首を傾げる。

 

「そこまでわかるわけではないのか」

 

 ならばと、エヴァは自分で自分を指差した。


「エヴァ。わたし」


 あえてゆっくりとしたオシラ語で言ってみる。

 ノアも指差しておいた。

 

「ええっと、ノノ」

「ええ?」

 

 適当なうそに彼は面食らっているが、構わず、今度は若い妻を指差す。

 

「な・ま・え? あなた」

 

 彼女は合点がいったように、にっこり笑ってうなずいた。

 

「ロロ! ワタシ。ヨロシク」

 

 そう言って、今度こそ子どもたちと去る。

 ノアとうしろ姿を見送った。

 彼女の足取りは軽やかだ。うれしいそうなのが伝わる。


(ロロ。いい子そうね)

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