第28話 人間爆弾

 剣を抜いたラパとカイが、放心するエヴァの前に出、襲ってきた男たちの剣を弾き返した。

 カイはボソリとつぶやく。


「間一髪。あんた姫騎士デイムだろ。騎士ならぼんやりしないで。おれも人のこと言えないけど」

「わたし、人を……」

 

 エヴァの背後から、屈強な男が剣を振りおろす。ヒヤリとする間もなく、ラパが躊躇ちゅうちょなく男の腹を突き刺す。

 生臭い赤い飛沫を浴びた。

 

「だから女はひっこんでろっつってんだ! この役立たず!」

 

 怒鳴られても、足が動かない。

 ラパは舌打ちし、今度は冷静に言った。

 

「わかったろ。こんな命を大事にしねえ乱暴な男の世界で、女にできることはねえ」

「……」

「カノはあんたと相性が悪りぃ。おとなしくオシラに帰れ」


 苦悩で胸が掻き乱される。

 

(男の世界ってこんな世界なの? 兄さまを出し抜けなんてできない。だってわたし、そんなに人を殺せない。この世界でわたしにできることって、なに……?)

 

 そこへパカパカと、くらと手綱をつけたエイベルが駆けてきた。背にはシエルがまたがっている。


「姫騎士を乗せてください!」

「早くせい」

 

 呆然と立ちすくむエヴァを、ラパとカイが抱え上げ、エイベルの背に乗せた。シエルが手綱を引き、走りだそうとする。

 襲われていた白い服の女が、エヴァの背を見つめながら目を閉じた。

 女の体が膨らみ、皮膚が白く発光する。轟音ごうおんとともに爆発した。

 

「な……!」

 

 ラパもカイもエイベルも、土ぼこりまじりの猛烈な爆風で吹っ飛ばされる。エヴァとシエルは地面に叩きつけられた。

 男たちが騒ぎながら逃げる。

 

「ケンの女だ!」

 

 ケンの女。

 うわさに聞いた怪異だ。

 一度の爆発を皮切りに、あちこちの民家や倉庫で立て続けに小規模な爆発が起こり、屋根や壁が粉砕した。

 壊れた建物の壁から、潜んでいた白い服の女たちが顔をのぞかせる。彼女たちは手を合わせると、次々と発光し、爆発していった。

 これは夢に違いない。出来の悪い悪夢だ。現実ならば、耐えられない。


「やめて。お願いよ」

 

 爆風のなか、ずうん、ずうんと地鳴りがした。

 槍を持った巨大な戦士の黒い石像が、人や建物をぐしゃり、ぐしゃりと踏み潰しながら、ゆっくりと近づいてきている。

 

「あれは、国境にいた……」

 

 国境の戦場で、オシラ軍を踏み潰していた黒い石像。そういえば、洞窟の神殿にも置かれていた。

 カンカン、カンカン、けたたましく鐘がならされる。

 

「ケンだ!」

「あれが?」

 

 石像はずんずんと、エヴァのほうに近づいてくる。

 頭が真っ白になり、動けない。


「バカ! 逃げろ!」


 ラパやカイたちがエヴァのほうへ行こうとするが、石像のつま先に蹴られ、血を吐きながら放り出された。

 石像は目の前で止まった。エヴァの頭上でゆっくりと、広げた巨大な黒い石の手をかざす。

 影に包まれた。

 殺される。

 ぼとりと、頭に小さな物が降ってきた。


「痛」

 

 それは地面に落ち、足元で転がった。

 真紅の円盤。

 石像の顔がエヴァを見下ろし、ボソリとなにか言う。

 

「……。……」

「……え?」

 

 石像は顔を上げ、背を向けた。人を踏み潰しながらまっすぐ歩いていく。

 エヴァは地面の円盤を拾った。

 炎のような色。ノアからもらった赤い指輪の色と似ていた。表面に、ひらがなの『く』のような文字が彫られている。大きさはちょうど、首にかけている紺青のペンダントに収まるくらい。


「もしかしてこれ……」

「姫騎士、早く逃げましょう」

 

 シエルがエヴァの二の腕を引っ張った。

 

「え、ええ。エイベルさんは大丈夫?」

「これしきのこと」

 

 倒れていたエイベルは、首をぶるぶるふるわせながら、すぐに起き上がった。鞍と手綱がずり落ちている。


「うー。直さないと」

 

 シエルはエイベルの鞍と手綱を付け直す。

 エヴァはうしろを振り向いた。


「ラパ。カイ。無事?」


 不意に、うしろから口を塞がれた。骨ばった、ビニールのような感触の指に。

 

「……!」

 

 叫ぼうとするが、口に布を入れられる。甘いにおいにとろんとした。

 

(睡眠、薬……?)

 

 まぶたが勝手に下がり、意識が薄れていく。建物のかげに、ずるずる引きずられるのを感じながら。


 

 

「出来ました!……あれ? 姫騎士?」

「エヴァ、どこだ?」

 

 シエルとエイベルが振り返ったとき、エヴァの姿はなかった。

 地面に伏せたラパとカイが、血を吐いて咳き込みながら起き上がる。

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