第24話 馬権と人権

「ドコ、カノ公?」

「ここにいると聞いたが」

 

 博物館、農家、競技場、市場などを聞いて回った。

 

「さあ、知らない」

「あっちじゃない?」

「そっちかな」

「こっちで見たよ」

 

 行く先々で、人々は違うことを言う。

 太陽がかあっと照って、ひたすら暑い。


 


 岩の谷間の坂道まで来た。両わきは、黒い壁のような崖にはさまれている。道のわきには、ときどき黒い石の柱が立っていた。頭上の岩の間のせまい空から、ギンギラの太陽が照りつける。

 長い下り坂を、汗だくでヘロヘロになりながら、エヴァたちはくだった。エイベルも汗をかき、首をさげ、舌を出しながらよろよろついてくる。

 

「なんなのよこの坂」

「長い……」

「うー……うー……」

「はあ、はあ。この先に神殿があるってほんと?」

 

 カノ人にカノ公はどこかたずねたら、谷間の先をくだった神殿にいると言われた。なので来たのだが。

 汗びっしょりのラパが、苦しげに講釈を垂れる。


「あ、ああ。大昔のカノは地域一帯が火山だったんだよ。地下のマグマが鉄砲水みたいに飛び出して、地上と地下の通路が作られた」

「ここもそうなの?」

「ああ。そういうところにゃ、カノ人の神がいつくと言われてる。だから神殿がある」

「へえ。面白いじゃない。石灰岩の洞窟のマグマバージョンね」


 暑さでぼんやりしながら適当なことを言うと、キョトンとされた。

 そのうち坂の下に、岩壁の突き当たりが見えた。人が入れるくらいの穴があいていて、奥にくり抜かれた空間がある。


 


 くり抜かれた高い天井の岩の空間は、床や壁の穴に置かれた何本もの蝋燭により照らされ、明るかった。

 壁や天井のあちこちに、ぼんやりと赤く発光する、1、2mくらいの六角形の板がはめこまれている。ツルツルした石のような、ガラスのような、氷のような、半透明の板だ。

 ものめずらしくてエヴァはキョロキョロした。


(あれはなに? はじめて見た)


 床には真紅の幅広な絨毯じゅうたんがひかれている。その両わきには、太い柱が直線状に並ぶ。最奥には、大木のような巨大な石像があった。やりをつきあげた雄々しい戦士の像。

 

(あれ? この像……)

 

 どこからか、もわっとした空気が流れた。

 

あっつ。熱くない?」

「火山のマグマが繋がってるからな」

「え? どこと?」

「あれだよ」


 ラパはあちこちにはめこまれている、六角形の半透明の赤い板を指差した。


「あれ? 石板じゃないの?」


 たしかに、もわっとした熱気は感じるが。

 

「見てろよ」


 ラパは壁の適当な板に、無造作に手を突っ込んだ。指がすっと板の中に入る。


「ええ?」

あっつ!」


 ラパはすぐに手をひっこめた。ふーっと息をふきかける指は、軽い火傷をしたように赤くなっている。エヴァはまじまじと板を観察した。


「なにこれ?」

「ぺリスローテっつう鉱物。地下のそこいらにあるぜ。通り抜けるとどっかのマグマに繋がってる」

 カイが思いついたように、


「ああ、これピリスロッドか。カノにもあるんだ」

「ええ? ベオークにもこれあるの?」

(名前はちょっとちがうみたいだけど)

「うん。通ると全然ちがう場所に行ける岩でしょ」


 カイは適当な壁の半透明の板に手を突っこんだ。天井の半透明の板から、手がにゅっと現れる。彼は面白がり、今度は頭を突っこんだ。天井の板から、はしゃいでいる逆さまのカイの頭が生える。


「わーい」


 エヴァは天井を見上げ、あっけに取られた。

 シエルが小さく、


「ぼくの故郷では『ピリスラット』と言われてます。そういえばオシラにはありませんよね」

「不思議な世界だわねえ」


 エイベルが汗をびっしょりかきながら、ヘロヘロとエヴァの肩に頭をのせた。息をあがらせている。


「ふう。暑い暑い」

「あら、かわいい」


 エヴァは彼の鼻先をなでてやった。エイベルは黒い目でちらっ、ちらっ、とラパを見る。

 

「つかれたときは乙女の肩で休むに限る。なあ、イヌ。思わんか? ん?」

 

 ラパはなぜかむっとした。エイベルの縦長の顔にがしっと両手をかけ、ひっぱって頭をのけようとする。


「むむ、やめんか」

「馬は外で待ってろや」

「はん。馬権うまけんを行使する」

「なんじゃそりゃ」

「よいか? 馬にも権利がある。生きる権利。考える権利。休息場所の選択の権利。馬権だ」

「わけわかんねえこと言ってんじゃねえ! とっととどけ!」

「なによラパ。妬いてるの?」

 

 エヴァは笑いながら言ってみた。もちろん冗談のつもりで。

 するとラパはなぜか、たちまち顔を赤らめた。

 

「ば、ばば、ばか言ってんじゃねえ!」


 それを見て、少し驚いた。


(え? あれ?)


 本当に、そういうこと? 


(ひょっとして今までのこの人のコレもソレもアレもドレも、つまり全部そういうこと?)

 

 合点がいった。そこでわざとニヤニヤして、どぎまぎしているラパを見すえる。さっきのお返しだ。

 カイもニヤニヤしている。

 

「よく言われてるよねえ。カノ領の男は一度思うと熱く激しいって。領民性?」

「へえ。それは楽しみな気質ね」


 しかめっつらのラパは、つま先でカイのすねをけとばそうとした。ヒョイっとよけられる。

 エヴァはおかしくて、クスクス笑いがとまらない。

 シエルが話題を変える。

 

「うー、ところでカノ公はどこですか?」


 あたりを見渡すが、それらしき人物はいない。


「いないわ。もー。たらいまわしにされてるじゃない」

 

 ラパが他人事のように、「ま、あんたが女だからだろ」

 

 エヴァはカチンとくる。


(なんなのコイツ。わたしのこと好きなの? 嫌いなの? 好きならもっといい顔しなさいよ!)


 暑さや疲労もあって、むしゃくしゃしてきた。空気をいっぱい吸い、腹の底から叫んでやる。

 

「カノ公さま! どこですか?! ここにいると聞きました!」


 空間全体を揺らすような大声に、カイとシエルは耳をふさぐ。エイベルも耳をパタっと頭に密着させた。ラパだけ度肝を抜かれたようで、あわてだした。

 

「やめろ。ここには……」

「うるせえぞ」

 

 柱のすみずみから、ひょっこり人の頭がのぞいた。片腕や片足がない者もいる。どろっと皮膚がただれている者も。

 

「ひっ」

 

 シエルが恐れ、エヴァたちのうしろに隠れた。エヴァもたじろぐ。

 

「なにあの人たち?」


 ラパは嫌悪感丸出しで人々を見ながら、めんどうくさげに言う。

 

「浮浪者だよ。鉱山で働けない連中や、戦えない連中、部族でいどころを失い追い出された連中さ」

「え? ひどくない?」

「なにが?」

「だって体が悪いなら、ここにいても暮らしていけないんじゃ……」

「役立たずなんだから当たり前だろ」


 エヴァは悲しくなってくる。

 

(馬権じゃないけど人権とか……ないわよね)

 

 最奥の大きな戦士の石像の足元から、怒ったような男たちの声が聞こえる。かすかに泣いている子どもの声も。

 

「ん?」

「こら。うろちょろすんな」

 

 声が気になって、エヴァは絨毯じゅうたんを進み、像の脚の裏側をのぞきこんだ。

 暗いかげに、男たちに囲まれ、うずくまっている子どもがいた。頭巾を被り顔を隠している。


「え……?」

「うっ。うっ」

 

 うめく子どもを男たちが蹴る。

 

「ばけものが」

「ちょっと、子ども相手になにしてるのよ」

 

 止めなければと思い、子どもを抱きしめてかばった。いぶかしげににらまれる。負けじとにらみかえした。

 エイベルもエヴァのそばに来て、漆黒の瞳で男たちをにらみつける。

 ラパが止めようとした。

 

「やめとけ」

 

 エヴァは動かない。泣いている子どもを抱きしめたままでいると、横から石を投げられた。

 

「痛」

 

 首をまわせば、石を投げたのは小汚い子どもだった。たたたと、奥のほうにいる人相の悪い男たちのほうに駆けていく。男たちは集まり、ニヤつきながらヒソヒソ話していた。

 

(全然聞き取れないわ。読み書きは勉強したけどリスニングは難しい)

「ねえラパ。あの人たちなんて言ってるの?」

 

 ラパは頭をカリカリかいた。


「『女のくせに目立つような格好をしてるからだ。いい気味だ』、だとさ」

「……」

 

 エイベルが腹立たしげに床に落ちた石をひずめでけった。

 シエルとカイがエヴァのそばに来る。

 

「逃げましょう姫騎士。カノは火と水の地ですよ」

「火と水?」

「男は強くて激情化。女は極度におとなしい。だから火と水。男に目をつけられたら徹底的に攻撃されるよ」


 納得がいかない。モヤモヤするばかりだ。

 エヴァは決心した。

 

「……エイベルさんにみんな。思いっきり走る準備をしてくれない?」

「?」

 

 目をつむった。頭のなかで、覚えたカノ語の辞書をパラパラひく。ある言葉が見つかった。この連中にふさわしい言葉だ。

 目をあけて、カノ語で大声で叫んだ。

 

「卑怯者!」

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