第22話 任務

 歌劇をしていた子どもたちは、今度は並んで讃美歌を歌った。甲高く、やわらかい声の合唱が響く。

 クリス神父が、大理石のテーブルに大きな地図を広げた。オシラ国の領地が描かれている。

 西に平原のオシラ領。その右隣に大きな領土が三つ。

 南に火山がそびえるカノ領。

 東に森のベオーク領。

 北に雪の山脈のイサ領。

 北東には荒野のダエグ国がある。ベオーク領とイサ領に接している。

 クリス神父が語る。

 

「統一戦争までに多くの国家を、西のわがオシラ国が統一しました。国の創始者はオシラ家。言うまでもありませんね」

「ええ」

(領地名もオシラ。国名もオシラ。首都もオシラ。オシラ家は自分の家名ゴリ押し)

「ちなみに各領地を治める者は公と呼ばれます。公はその領地にゆかりがあり、かつオシラに従順で忠実な者から選ばれます」

「領地の税を徴収してもらうから、そういう人がいいですよね」

「ところで吸収した旧国家の中でも、土地が広大で国力も強大だった主要な三つの領土があります」

「南の火山のカノ領、東の森のベオーク領、北の雪山のイサ領ですね」

「そのとおり。ところでこの頃、この三つの地域に不審な動きがある」

「不審な動きとは?」

 

 ノアが合いの手をいれる。

 

「きみも見ただろう。国境付近にいたあのばけものを。あれは異教の魔術兵器の一種だ」


 エヴァは息をのんだ。

 確かに見た。国境やベオークの森にいた、人を石にする金髪の女たち。それらを動かす、地面に埋まった異形の生物。

 

「大昔は各国家の異教徒が武器として魔術兵器を使っていたのよね」

(でもその兵器があまりに凄惨だったから……)

 

 聞いた話では、人が生きたままドロドロに溶かされたり、巨人にペシャンコに踏みつぶされたり、氷漬けにされて人喰い雪だるまに食われたりしたとか。

 クリス神父がしぶい顔でうなずいた。

 

「そこで神は百年前、ひとりの英雄を地上に遣わせました。その者が異教徒の魔術兵器の使用を禁止する盟約を作ったのです」

「キング・ザカライアですね。あの銅像の」

 

 エヴァがちらりと、大きな十字架のとなりにある像を見た。異形の化け物を突き刺そうとしている、大柄な騎士の像。

 

「ちょうどいい。子どもたち、キング・ザカライアの歌を練習しなさい」

「はい、神父さま」

 

 子どもたちは従順に歌い出した。

 

「むかしプリンス・ザカライア。雄々しいオシラの戦士」

「銀のユニコーンにまたがって」

「神の聖剣ヨランダをふるい」

「金の邪教の邪王をひとつき」

(金の王……?)

 

 ベオーク領で、木々がしゃべっていた。

 

『かしこい金の王』

『……ベルカナの命令……』


「キングになったザカライア」

「銀のユニコーンでかけていく」

「聖剣ヨランダを太陽にかかげ」

「光を森に、きらめきを海に、かがやきを山に」

「ザカライア、キング・ザカライア、祖国守りしザカライア」

 

 歌が終わると、破顔したクリス神父がパチパチと拍手した。

 

「すばらしい。あの歌詞のとおりです。キング・ザカライアが異教の邪王を倒し、聖剣の輝きを放ったおかげで邪悪な魔術の力は封印された」


 ノアは苦笑いしている。うっとりするクリス神父と違い、伝説をあまり信じていないようだ。

 

「まあ伝説はともかく、ここ十五年間、各地で魔術兵器の目撃情報や怪奇事件が相次いでいる」


 十五年。

 その年月が、なぜだかひっかかる。

 

「十五年で異教徒が魔術の力を取り戻しはじめたということ?」

「そう考えるのが自然だろう。それに各地の異教徒がダエグと結びついているといううわさもある」

「ダエグですって? 一緒になってオシラに攻めいる気?」

「その可能性は高い。いまいましいことです。特にここ、カノ領」

 

 クリス神父が地図上の南の領地を、トントンと指で叩いた。

 

「わたしは昔からこの地方が嫌いでした」

「まあ確かに」

(カノといえば昔から中央政府の言うことをきかないことで有名だもの)

 

 エヴァは自分の中指の指輪を見下ろした。

 

「宝石や鉄鉱石なんかの資源は豊富なんですよね」

 


 カノ領のことは昔、宮廷の教師から習った。地理の授業のとき、ずいぶん憎々しげに言っていたから、よく覚えている。

 

「宝石などの資源を産出できる鉱山が多いくせに、オシラ国内で最も貧しい領地です」

「でもオシラ政府が発展のために支援しているんでよね」

「ええ。でも権力者がオシラの支援金を私利私欲のために使い、ちっともよくなりません。どころか常に紛争を起こしている。なまけものと乱暴者の国です」

 

 

「この地ではなにが起きているんですか?」

「口にするのもいまわしい」

 

 クリス神父は地図に唾でも吐きそうだった。


(そこまで?)

 

 ノアが、「うわさではケンという巨人のばけものが、人を殺している」

「巨人といえば、国境で……」

 

 見た。黒い巨大な戦士の石像が、ずうん、ずうんと地鳴りを起こしながら、オシラ兵をぺしゃんこに踏み潰していた。

 

「それと爆発事件も起こっている」

「自爆テロ?」

「なんだ、知っていたのか」

「あ、勘で言ってみただけよ」

(前世ではよくそういうニュースがあったから)

「その爆発というのがひどくてな。なんの罪もない婦人が、突然爆発するんだそうだ」

「ええ? ひどい」


 ノアはうなずく。

 

「巨人の事件も爆発の事件も十五年前から少しずつ発生していたのが、最近は頻発している。おそらく両者は関係しているはずだ」

(まただわ。十五年前)


 エヴァは十五年前というのがどうにもひっかかっていた。なにか大事なことと繋がっているような気がするのだ。

 クリス神父が続ける。

 

「カノ公に問い合わせても胡乱うろんな答えしか返ってきません。そこで探りをいれましたが、カノは男と女の世界がきっちりわかれ、つかみづらい」

(あー。オシラで一番男尊女卑がひどいんだっけ)


 男は男の世界で。女は女の世界で。というのがカノ領の流儀らしい。

 

「婦人の世界でなにが起こっているのかわからない」

「……なるほど。そこで女に探らせたいわけね」

「そうだ。しかも言葉が必要だ」

「言葉?」

「きみは言語の勉強にはげみ、先日もかなりベオーク語をききとれていたようじゃないか」

「えへへ。それほどでも」

(人外のベオーク語だけど)

「動向を探るのは、すぐにカノ語を身につけられそうな素養のある婦人でなければなりません」

「なにせカノ領でのオシラ語の普及率は三割程度だからね」

「ええ? そんなに低いの?」

「婦人に至っては一割にも満たないと考えられている」


 おどろいた。

 

「同じ国なのに」

「オシラ語とカノ語は全く違うからな」

「それはそうだけど」


 エヴァも昔、カノ語をマスターしてやろうと息巻いていた時期があった。しかし、どうにも難解だった。オシラ語とは文法が真逆。文字も発音も独特。しかもカノ語は、書き言葉と話し言葉とでは、文法や使う単語もちがうときた。

 現地に住んでみなければ習得できないとあきらめ、遠ざかった。


(カノ領に行けるなんていい機会だわ。今度こそ克服してやろうじゃない)


 挑戦への闘志に満ちあふれた。

 

「言葉を覚えて女の人たちから話を聞き出せばいいのね。わたしにピッタリの仕事だわ」

 

 ノアはほほえんだ。

 

「ぼくもそう思うよ。これからクリス神父がきみを臨時の使徒というていでカノに送る」

「使徒といえばこの世界の外交官みたいなものよね」

「この世界?」

「あ、いいえ。気にしないで。それよりどうしてクリス神父が?」

「神父さまは使徒の長なんだよ」

「へえ。そうだったんですね」

 

 クリス神父がうなずいた。

 

「外交は布教活動と関わる大事な仕事ですから」

「わたしは女ですが、神父さまはわたしが使徒になることは気にされないのですか?」

「婦人の使徒はいませんでしたが、あなたは並外れた語学力や戦場でひとり戦う胆力と度胸があるようだ。ならば神も認めるでしょう」

 

 ノアを見上げると、彼はニヤッとした。

 

(先生、だいぶ話を盛ったわね。まさか変身の話はしてないわよね)

 

 変身の力をクリス神父に知られたら、絶対にめんどうごとが起こるにちがいない。

 クリス神父は命じた。

 

「それでは姫騎士デイム・エヴァ。今からカノ領へ行き、事件の真相を探りなさい」


 エヴァは心躍った。

 言葉を覚えてあちこち行くこと。夢がひとつ叶う。

 ノアが機会をくれた。

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