第21話 火とギロチンと狂信者

 翌日、エヴァはノアの馬車に乗せられ、ある場所へ連れていかれた。

 


 

 教会。カラフルだがシックなステンドグラスには、神の絵や十字架の絵が描かれている。聖火も灯され、メラメラ燃えていた。

 訪れた信者たちが、神への祈りを口ずさむ。子どもたちも声を合わせて祈る。室内中に声が反響した。

 

「神よ。お赦しください」


 黒いキャソックスに、ロザリオをつけた中肉中背の柔和な神父が、近くの子どもの髪をなでた。

 

「よい祈り方です。神もお喜びのことでしょう」


 子どもは暗い目をした。

 教会の扉がギィっと開いた。細身の若い男女がふたり入る。


 

 祈りの声で満ちる教会に、ノアとエヴァは足を踏み入れた。エヴァは馬番のパンツスタイルで、栗色の髪はポニーテールにしている。この格好が一番動きやすい。中指には、ノアからもらった真紅の指輪をはめていた。首にかけたいつものペンダントは、服の下に隠している。

 正面の大きな十字架に祈りを捧げる、黒いキャソックスの人物に、ノアが話しかける。

 

「クリス神父さま、例の件でお話があります」

 

 中肉中背のその人は振り向いた。おだやかな表情を浮かべている。


姫騎士デイム・エヴァですね。サー・ノアから聞いています」

「は、はい。よろしくお願いします」

「よろしく。ここは人の出入りが多く落ち着きませんから、2階の礼拝堂に行きましょう」


 優しそうな人だ。

 

(でもオーラがある。多分だけど、きっとえらい人なんだわ)

 

 エヴァは会釈した。ノアにこそっとささやかれる。

 

「この方はきみの仕事の鍵を握る方だ。失礼のないように」

「え、ええ」


 


 2階の礼拝堂まで、エヴァとノアはクリス神父に案内された。参拝客がちらほら訪れている。カラフルな縦長のステンドグラスがあった。灰色の横縞模様のようなものが描かれ、下部には黒く丸い点々がある。花だろうか?

 正面に、大きな十字架も置かれていた。わきでは聖火がメラメラ燃えている。

 十字架のとなりには銅像もあった。たくましい長髪の男が、尻もちをついた鬼のような怪物に、大剣を突きたてようとする像。

 その前では、子どもたちによって歌劇がなされていた。異形の怪物の被り物を被った子どもが、人を蹴ったり殴ったりする演技をしている。

 参拝客が神妙にその様子を見ながら、十字架を拝んだ。

 

「神よ。異教徒をお救いください」

 

 金属の大きな十字架を手にした子どもたちが、被り物を被る子供を取りかこんだ。退魔の祈りを歌にして口ずさんでいる。

 エヴァはノアやクリス神父とともに、その様子をながめた。

 

「かわいいですね」

「わたしの子どもたちです」

「え? 子だくさんですね……」


 ノアが苦笑いした。

 

「クリス神父は身寄りのない子どもを引き取り、育てているんだよ」

「あ、ああ、そういうこと」

(いい人じゃん)

 

 クリス神父が十字架を拝んだ。エヴァもつられて拝む。

 ノアがこそっと、「きみは信仰に敬虔けいけんなタイプだったの?」

「そういうわけじゃないけど、ええっと、雰囲気よ」

(つい反射的に。前世があるから……)


 


 前世では、母に教会へ連れて行かれ、何度も十字架を拝まされたことがあった。無理やり頭を下げさせられるのがいやで、母の手が頭に触れる前に、先回りして頭を下げるようにした。

 笑みをはりつけた神父が気の毒そうに、母に言っていた。

 

「この子には悪魔がついています。だからあなたの夫は亡くなったのです」


 母はうろたえていた。

 

「どうすれば」

「お兄さんがいるでしょう。彼は守護天使に守られていますから、彼を大事にしてください」

「ええ?」

「それと、あなたの家の財産には悪のエネルギーがまとわりついている。当教会に預け浄化すれば、家の不幸はなくなるでしょう」

「ええ。ええ」

 

 母は慌てて神父に大金を差し出した。

 

 それから母は、なまけ者でひきこもりの兄をおだてあげ、世話を焼き、優遇した。こちらはなにかとなじられ、こき使われ、冷遇された。

 その後、母にがんが見つかった。進行しており、治療費もろくに払えないまま、あっけなく死んでしまった。


 

 

(宗教はキライ)

 

 クリス神父は感心したようにうなずいている。

 

「信仰では雰囲気を感じとることも大切なことです」

 

 エヴァはぎくりとした。

 ノアが、「聞こえていたんですか? 失礼しました」

「いえ。信仰のセンスがあるということです。神から多大に祝福されることでしょう」

「そうですか?」

(ちょっとうれしいかも。こっちの宗教は悪くないわ)


 照れた。改めて、そびえ立つ立派な十字架を見上げる。


(そういえばこの世界の宗教はキリスト教にそっくりなのよね)

「はじめに神が『光』と言い、この世界ができて、『エイベル』と『エヴァ』という人間を作ったのですよね」

「そのとおり。あの十字架も光を形にしたものです」

「わたしのエヴァも『エヴァ』にちなんだ名前です。エイベルという愛馬とも仲良しなんですよ」


 クリス神父がみるみる笑顔になった。しきりにうなずく。

 

「すばらしい。それは神の采配にちがいありません。生まれながらに祝福を受けているようだ」

「えへへ。だからこの世界に転生できたんですかね」

 

 神父の顔からすっと笑顔が消えた。

 

「めったなことを言ってはなりません。死した肉体の魂は神のもとへ帰るのです」

 

 深刻な口調で言われ、たじろいだ。あわてたノアに耳打される。

 

「転生は異教の考えだよ。教会の教義とそぐわない」

「あ、失礼しました」

 

 エヴァは頭をさげた。

 

(うかつだったわ。気をつけよう)

 

 クリス神父は神妙な面持ちのまま、立派な十字架と、そのとなりの銅像をながめた。

 歌劇をする子どもたち。金属の十字架を手にした子らが、異形の怪物の被り物を被った子を取り囲む。十字架でべしべし叩いている。

 叩かれている子は頭を手で覆い、痛みにうめきながら泣いていた。

 

「百年前の統一戦争でのことです。わが国の使徒たちは邪教を信じる各地の異教徒を啓蒙けいもうすべく戦いました」

「ええ。歴史の本で学びました」

(ぶっちゃけ侵略の口実よね。十字軍みたいな。ほんと、キリスト教とそっくり)

「邪教は恐れ多くも、異次元の果てから変身の力を持つ神の魂が、人間の女に転生すると言ったそうです」

(え……?)

「その女は邪教に伝わる円盤により、姿をいかようにも変え、異形の言葉で人々を惑わすと」

「へ、へえ……」

(それってわたしのことなんじゃ……。オードのなんとかとかいう……)

「そんな女を見つけたら、わたしは神のために対処せねばなりません」

「ど、どうやって?」

「それはもちろん……」

 

 べしべしと、容赦なく十字架で叩かれる子。うずくまり、本気で痛がり、泣いている。

 取り囲み、見下ろして十字架で殴りつける子どもたち。笑っていた。

 

「神をまどわす邪悪が」

「四肢を引き抜け」

「目をくりぬけ」

「鼻を落とし耳をそげ」

「火刑だ火刑だ」

「きひひ」


 十字架の前で、聖火が燃えている。カラフルなステンドグラスの横縞模様をよく見れば、ギロチンの形をしていた。下部の黒い点々は、ムンクの叫びみたいに大口を開けた、歪んだ人の顔。目も口も真っ黒に塗りつぶされている。

 クリス神父はうっとりと、火とギロチンの絵を見つめている。

 エヴァはぞっとした。冷や汗をかいたノアが、エヴァの前に立つ。早口で言った。

 

「神父さま、それよりこの者に使徒の仕事について説明してやってください」

「そうでしたね」

 

 クリス神父の表情がゆるみ、元の優しい笑顔を顔にはりつけた。

 エヴァはノアの広い背中のうしろで、クリス神父から姿が見えないよう、できるだけ身を縮こませた。

 胃がきゅっとなる。蛇ににらまれたカエルのような気分だ。

 

(やっぱり宗教はキライ)

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