第17話 舞踏会

 指揮者が指揮棒を振ると、楽器が一斉に奏でられた。

 楽団の音楽に合わせ、男女が一組になり、ダンスを始める。飾りたてた婦人たちがくるくるまわるたび、ひらひらしたドレスのすそが舞う。

 城の広間で、舞踏会が催されていた。

 シャツを着た長髪のラパは、暇そうに壁に寄りかかっている。気弱げなシエルもだ。カイはテーブルの上の肉やら果物やら、バクバク貪り食っている。

 周囲の身なりのいい貴族の男女が、三人を白い目で見、ひそひそ話した。

 

「はしたない」

「これだから庶民は」

「貴族にひざくらいつけ」

「ひざをつくのはあなたたちのほうじゃない?」

 

 ふてぶてしい声の主に、かれらは注目した。

 栗色の髪を後頭部でまとめあげ、簡素な薄桃のドレスを着た若い娘。閉じたおうぎを右手に持ち、肩に当てている。

 首からぶらさがる紺青のペンダント以外、宝石もつけていなければ、化粧っ気もない。にもかかわらず、妙な貫禄がある。

 貴族たちはひそひそ話した。

 

「エヴァ皇女」

「戦で暴れて女騎士デイムになったそうだ」

「庶民ごときにひざをつけとはどういう了見だ?」

「とんだ変わり者よ」


 エヴァはさも当然のように、

「その変わり者と庶民が命がけでオシラの平和を守ったから。文句ある?」

 

 壁ぎわのラパは好奇の目で、シエルはおびえたように、エヴァを見た。

 

「言うねえ」

「うー。大丈夫なんですか?」

 

 貴族たちはみなエヴァの避けて、どこかに行ってしまう。

 

「花なし皇女」



 悪口が聞こえても、動じない。右手の扇を真上につきあげた。

 

「花なし皇女でなにが悪い!」

 

 庶民のお供三人衆だけ、その場に残った。エヴァは扇でラパたちの腕をポンポン叩く。

 

「なーにつったってんのよ。踊ったら?」

「ふん。庶民は踊りなんざするほど暇じゃねえんだよ。あんたらボンボンと違って」

「ははーん。さては踊り方を知らないの?」

「そうなんですよ。習ったことがなくて……」

 

 シエルが困ったように言い、頭をかいた。ラパがこづく。

 

「正直たれんな!」

「ふふふ。じゃあ来て」

 

 エヴァは二人の腕を引っ張った。

 

「お、おい」

「うー」

「カイもいらっしゃい。ダンス教えてあげる!」

「ん?」

 

 口の中いっぱいに肉をつめこんだカイが、緩慢かんまんにふりかえった。


 


 ラパと向かいあったエヴァは、まず彼の左手に自分の右手を握らせた。ひじを肩の高さまであげさせる。つぎに筋肉質な右腕を、自分の肩甲骨けんこうこつに、わきの下からそえさせた。

 

「ホールドの仕方はこうよ」

「……っ、……っ」

 

 手と腕を組むと、ラパは口をパクパクさせた。目を泳がせ、なぜか赤くなったり青くなったりしている。体はガチガチだ。手や腕も熱い。

 

「大丈夫?」

「……っ」

 

 返答がないので、ステップを踏むため左足をうしろにさげた。握った右手を少し引っ張る。

 

「……!」

「ほら、動いて。右足を前に出すの」

 

 ラパは緊張しながらも素直に従い、右足を前に出した。

 音楽に合わせ、二人で踊る。

 

「はい、足を左。……次は前。……右。……1、2、3。1、2、3。……ステップが違うわ。あとレディの腰に当てる手はもっと優しく」

「くそう。覚えきれるかこんなの!」

「ねえ、体が熱いけど大丈夫? 風邪?」

「……っ、っるせえ!」



 曲が変わると、今度はカイと組み、エヴァは踊った。

 カイは音楽に合わせ、好き勝手動く。

 

「ちょっと、動きは婦人と合わせなきゃ」

「おれは踊りたいように踊りたいんだけど」

「だーめ。それは舞踏会のダンスじゃない」


 彼はつまらなさそうだ。

 

 

 今度はシエルと踊る。

 

「体が固いわ。もっと肩をおろして」

 

 彼はさみしそうに目をふせた。

 

「ぼくにダンスなんか教えたってむだですよ」

「は?」

「ぼく、昔から物覚え悪くて……。どうせぼくなんて。うー」

「うーん。あなたはダンスの前に、自尊心を身につけたほうがよさそうね」

 


 

 何度か曲が変わったあと、お供三人衆は、おのおのエヴァがつれてきた若い娘たちと組まされた。

 

「この人たち、いくさで筋肉痛になったの。リハビリに付き合ってあげて」

「あらそう」

 

 かれらは苦い顔をしながら、娘たちと手や腕を組み、広間の中心へ行った。

 エヴァは手をふる。

 

「みんながんばってー」

 

 すると、数人の品のいい男たちに囲まれた。

 

姫騎士デイム・エヴァ。わたしと踊っていただけませんか?」

「え?」

「あなたとお話ししてみたかったのですよ」

「わたしもです。陛下から称号を得るなど、めったなことではありません」

「これからは婦人の時代ですな」

 

 男たちはニコニコしながら、そろってエヴァをほめたたえた。

 

「は、はあ」

 

 一方で、遠巻きにじろじろと、白い目で見てくる者もいる。

 

(世の中いろんな人がいるのね)

 

 ズカズカと、ワイングラスを持ったロンが、エヴァの前に来た。酔っているのか、顔が赤らんでいる。

 

「おい女、ダンスでも女相手に男役をするのか?」

 

 エヴァは警戒し、身構えた。にらみをきかせる。

 いつでも交戦できるように。

 彼はせせら笑った。

 

「こんなブサイク、女も相手にしないぞ」

「はあ」

「いつものズボンは穿かないのか? 戦でパンパンになった足がごまかせないからか?」

 

 ロンは近くのテーブルにワイングラス置くと、しゃがみ、エヴァの簡素なドレスのすそをぴろっとめくった。

 

「で、殿下」

 

 周囲の者たちが肝を冷やすなか、ロンはパシパシとあらわになったふくらはぎを叩いた。

 華やかな男女の踊りも、楽団の音楽も止んだ。場はしずまりかえった。

 ロンだけケラケラ笑う。

 

「おまえの足は相変わらず、まだいいな」

 

 ふくらはぎの下の、華奢きゃしゃな靴の先が、にやついた顔を思いきり蹴りとばした。

 

「ふごっ!」

「この変態!」

 

 ロンの鼻から血が流れだした。手でおさえる。

 

「きさま! 称号をいただいていい気になっているのか?」

「わたしがいついい気になったっていうの?」

(戦場であんな体験したんだもの。こんな人、もう怖くない)

 

 人が石にされたり。仲間の耳を切ったり。人ならざる金髪の男や、水牛に追いかけられたり。こんなトンチキ皇太子がなんだというのだ。

 

「女のくせに男にけんかを売るのか?」

「上等よ! 買いなさい!」

 

 ふたりは取っ組み合いをはじめた。殴り合い、胸ぐらや髪をひっぱる。

 男たちが割って入った。

 

「おやめを」

「落ち着いて。冷静に」

 

 ちょうど扉をくぐった正装のノアも、光景を見ると、いそいでとんできた。


「やめてください」

 

 ロンは貴族の男に、エヴァはノアに、はがいじめにされ、引き離された。お互いにらみあい、獣のようなうなり声を出し、威嚇いかくしあう。


 ダンスに疲れたお供三人も、貴族たちの肩越しにふたりを見物した。

 

「皇族はいつもああなのか?」

「どっちかといえば、野生動物?」

「皇族ってじつは野生動物なんでしょうか。うー……」


 

 ロンは唾を飛ばした。

 

「女のくせにずうずうしい!」

 

 エヴァは吐き捨てる。

 

「くっだらない」

「なんだと?」

「性別にしろ、外見にしろ、なんにしろ、くだらないのよ。全部」

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