第16話 姫騎士

 赤い絨毯じゅうたんの両脇に、ずらりと兵士が立ち並ぶ。

 絨毯じゅうたんの先の玉座には、銀髪、銀眼の皇帝が座る。そばに側近が立ち、文書を読みあげた。

 

「ジョン・ドゥ伍長ごちょう、敵を十人倒した功績により、銀を与え、軍曹ぐんそうに昇格する」

 

 列のなかに、正装したロンや、白いシャツのラパとシエルもいる。

 高い天井の、大理石の広間に、エヴァとカイが駆けこんだ。

 文書を読みあげる皇帝の側近が、眉をひそめた。

 

「静かに」

「すみません」

 

 謝りつつ、少しモヤモヤしながら、エヴァはラパとシエルがいる列に並んだ。カイもだ。

 

(なによ。人をのけ者にしておいて)

 

 みあげると、となりのラパの髪が以前より伸びている。たずねた。

 

「髪伸ばした?」

「けっ。耳隠しだよ」

 

 みぞおちをぐさりと、ロングソードでつらぬかれた気分になった。

 彼の片耳は、人を鉱物に変えるばけものにより石化した。その耳は、エヴァの提案で斬り落とした。

 一生耳を失った彼は、どんな気持ちなのだろう。

 自分のせいだ。

 心がしずんでいく。しずみきる前に、思い直す。

 

(やだ。今世では変わろうって決めたのに。ポジティブに行くの。レッツ・ポジティブシキング!)

 

 エヴァはわざと明るく笑い、両手を合わせた。

 

「とってもすてき。似合ってる。色気があってカッコいい」

「ゲホォッ!!」

 

 ラパの大きな咳が、広間中にひびきわたった。

 エヴァも、カイも、シエルも、ほかのみんなも、きょとんとして首を動かし、ラパに注目する。

 

「あ……」

 

 皇帝もぽかんとして、

「大丈夫? 具合悪いなら休んでもいいよ」

「いや、なんでも……」

 

 コホコホと、わざとらしい小さな咳をする。

 皇帝の前に立つ側近は、けげんそうにしながらも、ふたたび名前を呼びはじめた。

 エヴァがラパの背をさすった。

 

「どうしたの? 大丈夫?」

 

 火のような熱さが、シャツの下から伝わる。

 

「わ、すごい熱! 風邪?」

「やめねえか!」

 

 ラパは犬のように背中を振り、エヴァの手をはらった。顔を赤くして、どぎまぎしている。カイはひゅぅっと口笛をふく。シエルは「ほえぇ」と、あきれなのか感嘆なのか、まぬけな声を小さくだした。

 

「あんた今日はなんか、気持ち悪ぃぞ」

 

 エヴァは自分に呪文をかける。

 

(明るく明るく)


 にっこりしながら、

「だってわたし、皇太子を助けたという功績をあげたのよ。お父さまがほめてくださるに違いないわ」

「どうだか」

「?」

 

 皇帝の前の側近が、次々兵士の名を読み上げる。呼ばれた者が、次々エヴァの前を通りすぎ、表彰された。

 

(わたしの名前、まだかしら)


 待っても待っても呼ばれない。

 はなれたところにいるロンが、こちらを見て、いじわるくニヤッとした。

 エヴァは不気味に思う。

 

「ロン皇太子こうたいし

 

 臣下に名を呼ばれ、ロンは玉座の前に片ひざをついた。

 

「皇太子はダエグ軍を叩きのめし、辺境の戦を終わらせた。ここにその雄々おおしき栄誉をたたえる」

 

 べつの臣下が宣言した。

 

「以上で表彰式はおわりとする」

「え……?」

 

 耳をうたがった。

 

(なんで? わたしのことは?)

 

 髪の長いラパはいじわるく、

「自覚しろ。あんたは肩書きもないぽっとでの女。そのくせでしゃばるし、ちんちくりんな能力も使う」

 

 エヴァは首のペンダントをぎゅっと握った。

 

「……能力のこと、みんなに言ったの?」

(口どめしたのに)


 ラパは肩をすくめた。

 

「言ってねえよ。ただそんなやつ、相手にできるもんかってこと」

 

 カイも、

「まあ、ゲテモノだよね。前例もないし。おおやけにしちゃダメなやつ。正直珍獣ちんじゅう

 

 心が粉々に砕かれた気分だ。

 シエルが気弱げに、

「ちょっと、言い過ぎじゃ……」

「こいつのためだよ。事実はわからせてやらねえと。でなきゃ、一生勘違い女のままだぜ」

「そのとおり。それともシエルはおれらの言ったこと、否定できるの?」

「うー……」

 

 彼は口をつぐんだ。

 エヴァは悔しさに、体がさけてしまいそうだった。

 

「なんでよ」

(それに戦が終ったのは、先生の作戦のおかげじゃない)

 

 まわりの男たちが、じろじろとエヴァを見ている。

 

皇女こうじょは自分に酔っている」

「いい気味」

 

 小さく、そんな声が聞こえた。

 

(いつわたしが自分に酔ったの?)

 

 そう叫びたいのを、ぐっとこらえた。

 あざ笑うかのような、くすくす笑いも聞こえる。

 

(今世では変わろうと思ったのに。思ったのに。やっぱりわたし、こっちの世界でも……)

 

 無性にむなしい。深い深い谷底たにぞこにいて、明るい地上に出るには、途方もなく高いがけを、道具もなくひとりでのぼらなければならない気がした。

 

(人から認められるのって、こんなにもむずかしいことなんだ)

 

 ぎいっと、扉が開いた。ひとりの騎士きしが広間に入る。みんなの視線が集まった。

 長身の、黒髪の騎士きしが、マントをはためかせ、かつかつとまっすぐ玉座の前まで歩んだ。

 皇帝は不満げにしている。

 

「ちょっとー。今日は遅刻が多くない?」

「陛下、ごきげんうるわしゅう。ノア・スチュアートにございます」

 

 騎士はノアだった。玉座の前でひざまずく。

 

「聞いたよ。きみはロンががんばっているあいだ、ベオーク領の女とよろしくやっていたそうだね」

 

 いならぶ者たちが、ひそひそ話した。

 ロンは片方の口角をつりあげ、ノアをながめている。

 腹の奥をむかむかさせながら、エヴァは彼をにらんだ。


(あのトンチキ。よくもそんなうそを)

 

 皇帝は大笑する。

 

「まあべつにかまわないけど。きみは仕事をしてくれるから」

「陛下に重大なご報告があります」

「なんだい? その女と結婚でもするなら、ベオークに転属させてあげるよ」

「この戦の、一番の功労者のことでございます」

 

 周囲がまたしても、ざわざわする。ロンが片眉をあげた。

 皇帝が、「自分だと言いたいの?」

「いいえ」

 

 ロンが口をはさむ。

 

「父上、もう時間がすぎております。次は祝賀しゅくがの舞踏会の予定です」

 

 ノアはなにも聞こえないかのように続けた。

 

「その者は、押し寄せる敵兵の波にも恐れず、勇敢ゆうかんに挑もうとしました。その身を犠牲ぎせいにするつもりで」

「へえ」

「さらにロン殿下を救い、国に大いなる危機が訪れていることを知らせました」

「それはだれ?」

「エヴァ・オシラ伍長ごちょう。陛下のご息女です」

 

 エヴァはびっくりし、口元をおおった。ラパもカイもシエルも、おどろいて顔をみあわせる。ロンは舌打ちした。

 ノアが、

「多大な功労にめんじるのと、今後の期待もかけて、ほうびをやってはいかがですか?」

「今後の期待?」

褒賞ほうしょうをあたえれば、彼女はもっと陛下のために役立つことでしょう。人から認められるのを切に望んでいる者ですから」

 

 皇帝はひげをなでた。

 

「ふうん。そうなんだ。エヴァはいる?」

「はい、ここに」

 

 エヴァが玉座の前に出て、ノアの横にひざまずく。

 

「まあがんばってくれたみたいじゃないの。でも、きみへのほうびは特に用意してないんだよねえ。聞いてなかったから」

「いえ。わたくしはそのお言葉だけで十分でございます」

 

 ノアが提案した。

 

「陛下、せっかくならエヴァ姫に称号しょうごうを与えてはいかがです?」

 

 エヴァはおどろいて彼を見た。

 

(先生……!)

 

 神々しくさえ見える。

 皇帝は首をひねった。

 

「称号? ドレスや宝石じゃないよ。そんなのでいいの?」

 

 エヴァは頭をさげる。

 

「わたくしは称号がほしいです。ドレスや宝石以上に、身に余る光栄でございます」

(称号は自分の実績じっせきを人から認められたあかし。こんなにうれしいことはないわ)

 

 ロンがさえぎろうとした。

 

「女が称号を得た例など存在しません。考えなおしてください」

 

 ノアは反論する。

 

「存在しなかったわけではありません。少ないが例はありました」

 

 エヴァは皇帝の足元にはいよった。食いいるように父をみあげる。

 

「父さま、わたしもっと、もっともっと努力します。オシラのためにいつでも死んで構いません。だから……」

 

 皇帝は考えこんだ。

 

「そうねえ。じゃ、女騎士デイムでどう?」

 

 周囲がおおっと声をあげた。

 

「サー・ノアと同じ位ではないか」


 エヴァはピラミッドを思いうかべる。

 

女騎士デイム。男でいう騎士ナイトにあたる称号だわ)

 

 一番下が騎士ナイト。その上に男爵バロン子爵ヴァイカウント伯爵アール公爵デュークといった具合に、位があがっていく。

 ノアは少し不満そうにした。

 

女騎士デイムでは位が低いのでは? もう少し上の位に……」

「いいえ。デイムで十分にございます。慎んで受けとります」

 

 エヴァは深々と頭を下げた。皇帝はにっこりする。

 

「じゃ、決まり」


 


 みなが見守るなか、まっすぐ立ったノアの前に、エヴァはひざまずいた。上体をあげ、腕をぶらさげ、首を下に少しかたむける。

 ノアは腰の剣を抜き、刀身とうしんで軽くエヴァの肩を叩いた。

 

「エヴァ・オシラに、姫騎士デイムの称号をさずける」

 

 エヴァはノアをみあげた。彼はほほえみ、グリーンの目を細め、エヴァを見つめている。

 よかったな。

 そう言われているような気がして、ほほえみ返した。じんわりあたたかさがしみわたる。

 たったひとり、すべてを肯定してくれる人がいる。たったひとり、理解してくれる人がいる。

 それだけで、どんなことがあっても、自分は大丈夫だと思える。



 

 ロンは遠くから、ひざをつくエヴァをにらんでいた。

 身のほどをわきまえさえ、自分に従順になるよう、調教してやろうとしたのに。

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