第45話 ダイビング

水底みなそこは、わが住処すみかなり。【アクアブリーズ】」

 カズハが水行魔法を自分と俺に掛ける。

 これは、水中での呼吸を可能とする魔法だ。


「……持続時間だけど、全身が水から出て10分で切れる。それまでに戻れば大丈夫。水から出なければ、ログアウトするまで続く。ただし、水中ではログアウトはできないので、実質水中にいる間はずっと。それと、掛けたわたしが死に戻りしたら、ゲンの魔法も切れる」

「こわいなそれ」

 つまりは必死でカズハを守らないといけないのか。問題はないが。

 

 波打ち際まで歩いて行ったカズハは、水着の上から羽織はおっていたTシャツを脱ぎ捨てる。

 砂浜に落ちたシャツは光の粒子へと分解され、カズハの腰のあたりに一瞬現れたガイドフォンに吸い込まれる。

 俺も、同じようにTシャツを脱いでガイドフォンのアイテムボックスにしまう。

 これ着てたら、泳ぎにくそうだからな……。


「……それじゃあ、出発ー」

「お、おう」

「……目標はここより東南東、推定距離900メートル」

「ちょっと待て、方向はともかく距離はどこから出てきた?」

「……隕石が落ちた時の、光と音の到達時間の差から」

 この人、時々妙なスペックの高さを発揮するな。たまにポンコツにもなるけど。


 波打ち際から少し歩き、沖へ向けて泳ぎ出す。

 運動は得意じゃないという話は彼女から何度も聞いた気がするが、普通に泳げている。もしかしたらこれも何かのスキルの恩恵だろうか。

 カズハが案内役とはいえ……あんまりビキニだけの姿で先に行かないでほしい。


 水面下に潜ったカズハを、バタ足で必死に追いかける。

 小学校低学年のころ、少しスイミングスクールに通っていたので最低限の泳ぎ方は知っている。下手をすれば、水泳の授業についていけなくなるからな。


――アクションスキル【水泳】が習得可能となった!――

――アクションスキル【潜水】が習得可能となった!――


 やっぱり、スキルだったか。

 ボイントに余裕はあるので、【水泳】と【潜水】は習得しておいた。このスキルは今後もまた使うことになりそうだ。


――アクションスキル【水泳】が1レベルとなった!――

――アクションスキル【潜水】が1レベルとなった!――


「……ゲン」

「んうぅっ⁉」

「……さっきから黙ってるけど、水中で話できるの忘れてた?」

「忘れてたわけじゃないが、水の中で口開けるのって抵抗あるな」

「……まあ、すぐ慣れるよ」

 現実世界の方で、うっかり口を開けないように気を付けないと。


 海の中の景色も、陸上の森と変わらずリアルだ。

 波打ち際、白い砂に映る少し緑の混じる色から、沖へと泳ぎ出せば深い青へと世界の色が変わる。

 白い砂だけが広がる砂漠にも似た光景に、海藻の森やサンゴの山が混じり始める。その周りでは、色とりどりの魚たちが泳ぐ姿が見えた。


 自宅から電車で行ける深緑の海とはずいぶん違う。


――ユニークミッション【48の夏イベント:海水浴】をクリアした!――

――ユニークミッション【48の夏イベント:ダイビング】をクリアした!――


「ダイビング?」

 ひとことで言われても、スキンダイビングとスキューバダイビングは違うが……この世界観でスキューバはないか。魔法の補助がそれに該当するのかも。


「……わたし、子供のころからアレルギー性鼻炎なんだけど、それじゃあダイビングできないって聞いた」

「完全にできないわけじゃないらしいけど……耳抜きって知ってる?」

「……教えて」

「急に気圧が変化したとき、例えば動きの速いエレベーターに乗ったときや、車や電車でトンネルに入ったときなどに耳が詰まった感じがしたり、耳鳴りみたいな音がしたりしないか?」

「……あるある」

「あれは鼓膜の中と外で気圧に差ができるせいなんだ。で、ダイビングなんかで海に潜った場合、気圧の差はさらに大きくなる。痛みやめまいが生じたり、最悪鼓膜が破れることもある」

「……それが、耳抜きで何とかなるの?」

「ああ、耳管じかんという鼻と耳をつなぐ管があって、そこを開くことによって気圧差が解消できる。でも、鼻の病気の人はそれがうまくできなくなるらしい」

「……ずいぶん詳しいけど、ダイビングの資格を取るつもりなの?」

「まだ絞り切れていないけど、水族館職員も将来の希望のひとつだからな。たとえなれなくても、資格は取っておきたい」

 それを聞いて、カズハはしばらく黙り込む。


「……こんなふうに、このゲームなら、現実世界では事情があってできないようなことも、体験できる。ゲンと一緒に、ダイビングをしたり」

 ……え?


「だ、ダイビング以外にも、色々できそうだな」

「……ケガや病気でスポーツができない人でも、こっちだと自由に走り回れるし、アレルギーのある食べ物も食べられる」

「水を差すようで悪いが、アレルギー関係は慎重になったほうがいいんじゃないか。プラセボ効果の逆みたいなものもあるみたいだし」

「……プラセボって、薬効のない小麦粉なんかでも薬と信じれば効果が出るってやつだよね」

「ああ。でも、アレルギーのある食品を無害と信じ込むのも難しそうだし、逆に毒と信じてしまえば本当に毒になる例もある」

「……じゃあ、ゲンの女性アレルギーは?」

 ……え?


「いやあれ、女性からアレルゲンが出てるわけじゃないし、心因性のもんだからこっちの世界でも変わらんと思う」

「……で、でも」

「あ、ウミヘビ」

「……え、どこどこ?」

 悪いけど、その話はこれぐらいで……。


「あの、白黒の縞模様のやつ、エラブウミヘビと言うんだが、牙に猛毒があるので、うかつに触らないように」

「……ウミヘビって、初めて見た。水族館でも見た覚えない」

「もともと沖縄とかの生き物だからなあ。温暖化のせいで本州でも見られるようになったみたいだか」


「あっちにクマノミがいるぞ」

「……なんか、思ってたのと違う」

「映画に出てくるのは、カクレクマノミという別種だ。単にクマノミといえばこの種になる」


「……チンアナゴとか、いないかなあ」

「あれは南の海の生き物で、本州では伊豆半島辺りにしかいないと聞いたことがあるけど、この世界はどのあたりをイメージしてるんだろう」

 なんとなく西日本の太平洋岸あたりのイメージだが、ウミヘビとか迷ってきているからな。


「……ゲンと一緒に水族館とか行ったら楽しそう」

「そ、そうか?」

 それってデー……いや、誰もふたりだけとは言ってないな。


「……青い海、きれいな魚たち、ふたりの男女……何も起きないはずがなく……」

 またそんなネットミームを……。

「サメとかに襲われるのが落ちじゃないか」


 とはいえ、今の時点でもうこれ、デートとかそういうのを通り越して新婚旅行とかに近いんじゃないか。


 ときどき妙に近くなるカズハから距離を取りつつ目をそらしたとき、砂浜に海藻やサンゴ、岩が混じる地形のなかで、奇妙に映るものがあった。

「カズハ、あれ……」

 ある一帯だけ、不自然に他の色が見えない。白一色の、巨大な円。

 近付いてみれば、直径20メートルほどのすり鉢というか、かなり浅めの蟻地獄のような地形がそこにあった。

「……クレーター?」

「これがたぶん、昨日の隕石の落下でできたものなんだろう」


 さて、またボス戦の予感がするが……水中戦か?

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