第44話 カズハのアトリエ

「……な、なんか来た! ゲン、手伝って!」

「落ち着いて。竿をゆっくり真上に立てて。このくらいでは折れたりしないから」


 カズハの持つ釣り竿を右手で支え、少しずつ引き上げる。

 糸を巻くためのリールが付いていないタイプなので、腕の力と竿のしなりだけで釣り上げなければならない。

 だが、それほど大物でもなさそうなので、力任せで大丈夫だろう。右に左に走り回っていた魚は、やがて耐えきれなくなり、水面から飛び出した。


――[マサバ]を採集した!――


 サバか。40センチ弱くらいはあるな。これならふたりで食べられるだろう。


「わ、ちょ、これ、どうすれば」

 釣り上げられたものの、跳ね回るサバにカズハは動揺している。釣りなんて現実世界でもやったことはないんだろうな。特に女子とか、やったことがある方が少数派だろう。


「あとはやっとくから、カズハはたき火の用意を頼む」

「……わ、わかった」

 俺はサバを掴み、釣り針から外す。

 すでにまな板と包丁は購入済みだ。ガイドフォンから音声入力で取り出す。


 さて、こういうのはカズハにはあまり見せないほうがいいのかな。

 頭の後ろ、エラのあたりに包丁を突き立ててサバを締める。

 頭を落とし、内臓を抜いたら、その身を3枚におろし、さらに骨を取り除く。

 一応、釣りを趣味にしているので、魚をおろすぐらいはできるのだが、いつもより体が軽く、正確に動く気がした。料理人のスキルか何かでアシストされているのだろうか。

 魚を焼く網はまだないので、ウナギの蒲焼のように片身に2本ずつ串を打って、塩を振った。


 ダツの方も、同じように3枚におろし、串を打って塩を振る。


「……たき火、出来たよー」

「こっちも、焼く用意はできた」


 まずはサバを1切れずつ焼く。

 現在のジョブは魔道士だが、料理人のスキルの効果も残っているようで、調理時間を示すタイマーも表示された。


 しばらくして、切り身に焦げ目が付き、脂がしたたってあたりに香ばしい香りが漂い始めた。


――[サバの塩焼き]を作った――


「はい、先に食べてていいよ」

「……ありがと。でも、一緒に食べよ?」

「わかった。すぐに残りも作る」


――[サバの塩焼き]を作った――

――[ダツの塩焼き]を2個作った――


「それでは」

「「いただきます」」


 平たい皿もまだないので、たき火の横に串を立てて食べることになった。

 経験値稼ぎもいるが、生活の用意も必要だな。


「……おいしい」

 なんかそれしか言ってない気もするが。

「料理人のアシストもあるみたいだからな。いつもよりうまくできた」


 サバは脂が程よくのっていて、噛めば脂の旨味が口の中に広がる。

 旬は秋から冬のはずだが、ゲームでそこまで再現されないか。


 ダツは脂が少なく薄味だ。まずくはないが……サバと一緒に食べたのがまずかったかな。


 満腹度は満たされた。ゲームだから栄養のかたよりなんて気にする必要はないんだが、白いご飯は欲しい。

 

    ◆


「さて、悪い知らせがある」

 ふたりとも食べ終わったところで、俺は沈痛な面持ちで宣言する。

「今の料理で、支給品の塩が尽きた」

「……ええと、海の水を煮詰めて作れるんじゃないの?」

「海水に含まれる塩分は意外と少なくて、1リットル煮詰めて数十グラムしか取れないらしい」

「……そんなに?」

「それじゃあ効率が悪いから、最初は太陽光を利用して海水を濃縮するために塩田作って揚げ浜式製塩とかやるつもりだったけど、ふたりだけのためにそこまでする必要あるかと考え出したら、だんだんわけがわからなくなってきて……藻塩でも焼くか」

「……もー。そういう時はわたしを頼ってくれていいんだよ」

「何かいい方法でもあるのか?」

 ふふんと鼻息荒く笑うと、カズハは四阿あずまやの方に移動する。

 彼女がTシャツの下から腰のあたりを両手で探ると、ひと抱えもある黒い壺のようなものが四阿のテーブル上に出現した。


「……錬金釜れんきんがま〜」

「昔のロボみたいなダミ声やめろ」


――拠点施設【錬金釜】を開放した!――

――アプリ【錬金の書】が解放された!――


「……さっそく塩作ろう」

 それ錬金術じゃなくて錬塩術じゃない?

「そもそも錬金術って、本来は鉛とかの卑金属から黄金を生成する方法だったはずだが」

「……こがねの錬金術師?」

「だからそれが本来の姿だって」

「……でも、ゲームだともっといろんなものが作れる、よ」

「実際は、錬金術という名の料理だったり日曜大工だったり化学実験だったりするからなあ」

 錬金の書を取り出し、解放済みのレシピを流し読みする。


「ええと、しお、塩、っと」


錬金術[塩]

・[海水] ×10ビン (2リットル)


「これだけ?」

「……他に何かいる?」

「確かに、これだけだな。バケツかおけって売ってる?」

「……まいどあり〜」


 海からバケツで海水をんで来て、錬金釜に注ぐ。フタを閉じると、その上に時計型のアイコンが表示された。

 塩完成まで、残り3分。カップ麺か。


 そういえばこれ、料理人が料理する時に表示されるアイコンに似てるな。


「あれ? そういえば、職業としての錬金術士ってのはないのか?」

「……あるよ。でも、錬金術自体はジョブなしでも錬金釜さえあれば誰でも使える。街には工房みたいなのがあって、お金と材料を用意すれば錬金釜を使わせてもらえる」

 まあそれは……言うまい。


「じゃあ、錬金術士は?」

「……高レベルのアイテムを錬金するのに必要」

「つまり、塩とか、日用品みたいなものを作ることは誰でもできるんだな」

「……ぶっちゃけると、低レベルのプレイヤーが成長のためのリソースを錬金術師のためにかないでいいようにするための救済処置、みたいなもの」


――[塩]を1ビン作った!――


 そんなことを話しているうちに塩が完成する。

 錬金釜から取り出された塩は、簡単な飾りが施された透明なガラスのビンに入っていた。


――ミッション【はじめての錬金術】をクリアした――


「このビンって再利用できる?」

「……塩を使い切ったら自動的に消滅する」

「何その謎技術」


――[魔力の水]を1ビン手に入れた!――

――[聖水]を1ビン手に入れた!――

――新しいレシピが解放された!――


「それじゃあ、新しいレシピとやらを……」

 魔力の水とか聖水も気になるが、錬金術で色々作ってみたい。


錬金術[醤油]

・[塩] ×1ビン

・[大豆] ×

・[??] ×


「「醤油!」」

 俺達は思わず異口同音に叫んでいた。


「この??クエスチョンマークは、未入手の素材ということか」

「……ん。あと、は素材数が足りないところ」

「まあ普通に考えたら小麦だろうな」

「……醤油、作る?」

「ああ、一旦森の拠点に戻って大豆を栽培して、小麦を探す」

「……ええっ、まだまだ海でやりたい事あるし、昨日の流れ星だって早く回収しないとなくなっちゃうかも」

「なくなりはしないんじゃないか? 他のプレイヤーもいなさそうだし」

「……………………」

「……………………」

 カズハは無言で握りしめた左手を振り上げ、俺も対抗するように右手でこぶしを作る。


 牽制するかのように軽く突き出された俺の拳に対し、カズハは勢いよく掌底を打ってきて、俺の拳を握りしめて止める。

 石が紙に勝てないという小学生の疑問に対する答えのような構図であるが……触れる必要あった?


 それはともかく、結局はカズハの勝ちである。

「……じゃ、昨日の隕石、探しに行こ?」

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