第43話 はじめての釣り
翌日、いつものようにログインし、海辺の浜辺のテントの中で目を開ける。
テントの中はいつになく暗い。
横になったまま腰のホルダーからガイドフォンを取り出し、ライトを点灯する。
「さて今日は何を、っ!?」
そこで初めて気付いた。
ガイドフォンの光に照らされて、すぐ
いや、眠っているのではなく、ログアウト中なんだろうけど……珍しいな。いつもは俺より先にログインしてるのに。
掛け布団とかそういうものはなく、テントの下に敷かれた布の上に横たわっているだけだ。服装も昨日のTシャツのまま。下にビキニをまだ着ているはずだが、それは見えない。
よく見ると、口元とか胸のあたりがわずかに動いていて、呼吸を表現しているのだろうと思われた。
いやよく見てる場合じゃない。
慌ててテントから飛び出す。
ログアウト中に、PKとか窃盗なんかの犯罪に合う可能性もあると聞いている。だからテントとか宿屋とかが存在するのだろう。
しかし、大丈夫か、これ。なんか別の犯罪発生しない?
下手に触ったらアラームとか鳴りそうな気もする。もちろん触らないが。
さて、ゲーム内の様子だが、テント内が暗いと思ったら、外はまだ夜だった。
それでも、東の空は白くなり始めており、夜明けが近いことがうかがえる。
カズハが起きる、いやログインする前に朝食でも作っておこう。
敵に遭遇する事を考えて、魔道士の装備に変更する。
ガイドフォンをライトをつけたまま、良さそうな釣り場を求め海辺を一人歩く。
砂浜を少し歩くと、岩場が海に伸びているところを見つけた。
「ここならば……いや、待てよ」
何か嫌な予感がする。
魔道書のアプリを開き、使えそうな魔法を探す。
攻撃と防御、その他使えそうな呪文をいくつか暗記したつもりだったが、覚え違いがあったようでこの前はうまく発動できなかった。
ひとまず防御魔法を掛けておきたいが、金行の鎧作る魔法は、下手したら海に沈みそうな気がするな。
木行の魔道書を開き、詠唱文を読み上げる。
「花びらよ、我が盾となれ。【フラワーシールド】」
即席の盾を作り出す、木行の魔法。
今は暗くてよく見えないが、小さな花びらが俺の周りで舞っているはず。
そうして保険を掛けておいて、足元を照らしながら岩場を沖の方へと進む。
ここならある程度の深さはあるはず。そう思い水の中をのぞき込んだ瞬間。
ガイドフォンの光を反射しながら、銀の矢のような細長い何かが、海中から撃ち出された。
命中の瞬間、魔法で生み出された花びらがそこに割って入り、矢はそのまま岩の上に落ちる。
やっぱりいたか。この手のモンスター。
その長さは、1メートル近くあるだろうか。ただその体は、片手で握れるほど細く、口の先は矢、というか工具の
いや、これモンスターじゃなくてただの魚なんじゃないか。
岩場の上で暴れまわるそれを、慎重に足で押さえてからつかみ上げる。
――[ダツ]を採集した!――
ただの魚だった。
夜に海面近く泳いでいて、明かりで照らすと飛んでぶつかってくる。現実世界で死者を出したことすらあるらしい。
さらに、ぶつかってくるダツを捕まえながら、盾の魔法が切れる前に砂浜へと退散する。
もう少し明るくなるまで釣りは難しそうだ。
一旦テントまで戻るが、カズハはまだログインしていなかった。
少しずつ明るくなる浜辺を、貝殻などを拾いながら歩く。
貝殻とか、何に使うんだろう。もしかしたら、単なる換金アイテムなのかもしれない。
そして、太陽が水平線から顔を出した。
明るくなったらダツもこっちに飛んでこないだろうし、本格的に釣りを始めることにする。
アイテムボックスから[子どもの釣りざお]を取り出した。
リールの付いていない1メートルほどの簡単な竿だ。糸を巻くリールがないので、糸も竿と同じ長さしかない。
針は、金属製の釣り針に、羽毛のような飾りがついたもの。いわゆるフライとか、サビキ釣りの仕掛けに近い。餌を付ける必要はないらしい。
仕掛けを海中に落とすと、ゆっくりと透明度の高い水の底へと沈んでゆく。
すぐに小さな影が針に近づき、逃げようともがく魚の動きが竿越しに伝わってきた。
竿を上げると、弱々しい抵抗とともに小さな魚が引き上げられる。
――[クサフグ]を採集した!――
――ミッション:はじめての釣り をクリアした!――
――[リール付き釣り竿]を手に入れた!――
クサフグかあ。
もしかしたらこのゲームだと無毒化の方法もあるかもしれないが……まあいいや、リリースする。
新しい釣り竿も手に入ったようだが、とりあえず今の竿を最後まで使おう。
――『カズハ』がログインした!――
おや、もう来たか。
ダツを刺身か塩焼きにしてもいいが、もう少しメインディッシュが欲しい。
――[クサフグ]を採集した!――
またか。まあこいつら、現実世界でもいわゆる『エサ取り』だからな。こっちでは、アイテムの耐久度が代わりに削られるようだ。
「……釣れますか?」
「うおっ!?」
「……あ、ごめん。びっくりした?」
「そりゃ誰もいないと思ってたところにいきなり後ろから声掛けられたらなあ」
動揺して思わず、お前は太公望かとツッコミを入れそうになった。太公望は釣りしてる方じゃないか。
「……ログインのメッセージ来なかった?」
「いや来たけど、こっち来るの早くない?」
「……走ってきた」
なんか違和感を感じるが、まあいいか。
「まだ魚少ないけど、朝ご飯にするか?」
「……ん……まだそんなにお腹空いてない。わたしも釣りしたい」
そういうカズハに別の竿を渡し、ふたりで並んで魚が来るのを待った。
――[クサフグ]を採集した!――
釣り場変えた方がいいのかなあ。
「……たいくつ」
「他のゲームだと、時間の関係ですぐに釣れるようになってるけど、現実はそんなに甘くないぞ」
「……うにゅー」
やれやれ。
「焼き魚作るから先に食べる?」
「……もう少しだけ、釣ってみる」
しかし、しばらくはたまにクサフグがかかるだけの状態となる。
最初はチラチラ横目で俺の方を見ていただけだったカズハは、やがて釣りに飽きたのかこちらを直視するようになる。
「いや、じっと見られてるとやりにくいんだが」
「……ゲンって、さあ」
なんかこのフレーズ、この前も聞いたな。嫌な予感がする。
「……女性恐怖症って言ってるけど、人間嫌いだよね」
「な、なんでそう思った?」
いきなり……でもないか。この前も妙なこと言ってたし。
「……ゲーム内で生き物の相手してる時、学校じゃあ見たことない顔してる」
「部室で昆虫標本とか作ってるときも、もしかしたらそんな顔してたかもしれないぞ」
「……う……それは直視できなかった」
「それに、人間嫌いって言ってもカズハとは普通に話せてるじゃないか」
「……もしかして人外扱いされてる?」
「なんでそうなる」
ため息をひとつ、そして話を続ける。
「昔は学校の中と家の往復。世界のすべてがそれだけだと思ってた。でもそうじゃないことが、学校の外に広い世界があるってわかって、少しだけ気分が楽になった」
「……わかる。わたしも似たようなものだった」
「きっかけは、父に連れて行ってもらった博物館の昆虫展だったかな。当時はイジメのことは両親にも隠していたけど、無気力な息子に、何か普通の男子が興味を持つようなことが見せたかったのかもしれない。実際、学校の外の世界を見ることができて、少しは楽しかった。そこから、恐竜展とか水族館にも行って、興味が生まれた」
「……いいお父さん、だったんだね」
「ありがとう。でも失礼ながら、最初は人と関わりの少ない仕事がしたかっただけなのかもしれない。ただ研究職と言っても、部屋に引きこもって研究対象だけ見ていたり、人のいない野山に飛び出して生き物だけ追いかけてればいいわけじゃない。それは、しばらくしてわかった。いや実際博物館とかでバイトするまで、そんなこともわかってなかったんだがな」
さらに話を続けようとした時、カズハの持っていた釣り竿が大きくしなった。
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