第10話 救いの手
「……正義と、愛の、セーラー服……」
どこかで聞いたような口上を述べながらこちらを振り返ったその女子と、目が合う。
その瞬間、彼女の顔にかあっと血が昇った。まるで、赤面するマンガのキャラのように。
あれ、ゲームのエフェクトだったりするんだろうか。
「……びしょ……うじょ……ウオリァー……」
訳あって同じ部に所属してはいるが、友達と言えるほど仲がいいわけでもなかったりする。
ただ、テストの成績ではよく学年ベストテン入りを争っているので、去年の秋くらいから時々絡まれて勝負を挑まれるようになった。
今回のプレイテストのアルバイトも、中間テストの成績で負けた結果だ。
素人の自分が人気のゲームのテスターなんてと一度は辞退しようとしたが、罰ゲームということで押し切られた。
とはいえ、美少女を自称するような人だとは思わなかった。
いやまあ…………美少女か美少女じゃないかと言われると間違いなく美少女側、いや今の姿は学校でも上位であることは間違いないんだけどさぁ。
女性全般にトラウマのある俺でも、彼女が整った容姿であることぐらいは理解できる。
色白の肌とコントラストを描く黒髪は、かろうじて肩に届く程度。おかっぱ、いやボブヘアーというのだろうか……女子の髪型なんてほとんど知らないが……現実世界の寝癖まで再現されている。
普段は不揃いな前髪が両目を覆い隠す、いわゆる目隠れと呼ばれるようなスタイル。だが今日に限っては前髪が切りそろえられ、現実世界では1年で数回しか見たことのない濃褐色の瞳までもがはっきりと見えていた。
「危ない。ゴブリンが来るぞ!」
俺のほうに向きなおったまま動きを止めた彼女に警告を放つ。
離れた場所にいるアーチャーの指示に従い、3匹のゴブリンが少女に向けて走った。
そういえば、先ほど吹き飛ばされた1匹はいつの間にか消えている。
そして彼女は慌てることもなく、左手を頭上に差し上げる。
そういえば左利きだったな、この人。
「……大きくなぁれ。[打出のきょぢゅちゅ]」
あ、噛んだ。
まあ、部活ではたまに見かける光景ではあるが、戦闘中にそれはまずいんじゃ……。
「きょぢゅち、きょぢゅち、きょづち」
次の瞬間、彼女の左手が光を放ち、頭の部分が一抱えもある大きなハンマーが出現する。
ちゃんと言えてなかったようだが、きょづちでいいのかそれ。
打出の名の通り、出現したそれは童話の挿絵にあるような打出の小槌を何倍にも拡大し、持ちやすいように柄を引き伸ばしたようなデザインだ。
同時に[
ああ、きょづちでよかったのか。でも、元ネタより言いにくくなってないか、それ?
それはともかく、ハンマー使いなのか、この人。
いや、さっきからイメージが。
「……どーん」
半ばギャグのような気の抜けた掛け声とともに、ハンマーが地面を打つ。
彼女の周りに衝撃波のようなもの、本来なら目に見えないはずのそれがアニメのようなエフェクトとともに広がり、間合いを詰めようとしていたゴブリンを3匹、まとめて吹き飛ばす。
空中高く吹き上げられたゴブリンはそのまま地面に落下、ダメージを表す999の数字とともに小さくバウンドすると、ドロップアイテムを残して消えた。
うわ、強いなこの人。
テストプレイのアルバイトといっても、バグを見つけるだけの俺とは違い、彼女のほうはプログラマー見習いでもある。
最初からレベルが高く設定されているのか、それとも社内テストから経験を積んできたのか。
その様子から見るに、最初の1匹もすでに倒されていたのだろう。
「……清流より
あれは、魔法?
というか詠唱付きなのか。このゲーム。
水をまとめて生み出したような半透明の槍が、少し離れていたゴブリンアーチャーを捕らえ、一撃でドロップアイテムへと変える。
何と言うか、知り合いが呪文詠唱なんかしてるところを見ると、こっちまで気恥ずかしくなってくる。
それはさておき、この人に助けられたのは紛れもない事実。
そうして敵が消えたところで、近づいてきた彼女に俺は声を掛ける。
「で……何やってんの、
「……セーラー服、一度着てみたかった」
まだ少し頬を赤らめたまま、彼女は答える。
確かにうちの高校は男女ともブレザーではあるが、そんなに憧れるようなものだろうか。
「……大丈夫?」
腰を落としたままの俺に、沖浦さんが左手を差し出してきた。
その手を取るかどうか迷っていると、ふいにくらっと視界が揺れた。
視界の端に見える自分のHPバーは、まだ三分の一くらい残っている。ステータス異常を示すアイコンもないはずだが。
「ありがとう、ごめ」
今度は、視界が大きくかすんだ。
そのまま、感謝も謝罪も最後まで伝えきれずに、俺の視界は暗転した。
◆
ビクッ! と、体が大きく震えるのを感じた。これはゲーム内のアバターではなく、現実世界の自分の体だ。
目を開ければ、自室のベッドの上だった。
熱中症対策でクーラーはつけていたのだが、それでも体が熱い。心臓が早鐘のように打っているのがはっきりと分かる。身に着けていたTシャツは、ぐっしょりと汗を吸い込んでいた。短パンと下着もだ。
今のは死に戻りではない。通称、ドクターストップだ。
プレイ中はサングラスとハチマキ、それに腕輪を組み合わせたようなゲームギアを身につけることになるが、それは仮想現実の世界を見せてくれるだけでなく、プレイヤーの心拍数や呼吸、体温などの状況を計測する機能を持つ。
バーチャルリアリティのゲーム内では、普通のゲームと違って自身がゲーム内の出来事を、戦闘なんかも含めて体験することになる。
中にはプレイヤー自身の苦手なことや嫌なこともあって、本体のほうに異常が生じれば自動的にログアウトされられる。それがこの、一般にドクターストップと呼ばれる機能だ。正式名称は別にあったはずだが、忘れてしまった。
今回は、ゴブリンたちとの戦闘が昔のトラウマを呼び起こしたのだろう。
重い体を起こし、着替えていると、枕元に置いたスマホから着信音が聞こえてきた。
この音は、沖浦さんからだ。バイトのため、彼女だけ着信音を変えている。
「だ、だいじょうぶっ!?」
スマホを操作すると、普段はあまり聞くことのない焦った声が聞こえた。
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