第9話 ゴブリン

 森の中から聞こえてきた声。

 誰か他のプレイヤーが、と一瞬考えたが、ここがゲーム内世界であることを考えるとそうとも限らない。人型、もしくは人語を操るモンスターの可能性もある。


 複数、それもおそらく3人以上。声の主は俺の来た道をこちらに向かってきているようで、安全地帯に戻ろうとすれば鉢合わせしそうだ。

 声の主たちは、徐々に近づいてくる。だが、話の内容はよくわからない。もしかしたら、別の言語なのかもしれない。


 川原を見回せば、少し離れたところに人の背丈よりも高い草むら……ヨシ原と言ったほうがいいだろうか……がある。

 そこなら、身を隠すこともできそうだ。 


 忘れ物を残さないようにと思ったが、魚を捕った時に川原の石が濡れてしまっている。

 ゲーム内なのにリアルだな。

 いや、もしかして石打ち漁の音でも聞き付けられたか。

 しかし、これはもうどうしょうもない。


 とった魚を食糧庫に放り込み、足場の悪い川原をヨシ原に向かい走った。何とか声の主たちが姿を見せる前に隠れることに成功する。


 1分足らずで、森の獣道から濃い緑色の肌の人型生物が5体、姿を現した。


 体格は、動物園で見たチンパンジーくらい。

 二本足で立った状態で、165センチの俺より頭ひとつぐらい小さい。

 ボロ布のようになった服を身にまとい、びた剣をたずさえている。

 耳はとがっていて、その顔つきは……モンスターとはいえあまり他者の容姿をとやかく言える立場じゃないが……人と似た作りになっているものの、醜怪さというか不気味さを感じさせるデザインとなっていた。


「もしかして、あれがゴブリン……なのか?」

 小声で口に出すと、鑑定スキルの効果だろうか、離れたところにいる小鬼たちの頭上に【ゴブリン】と書かれた小さなウィンドウが浮かんだ。

 【ゴブリン】が4体、【ゴブリンアーチャー】と表示された、弓を装備した個体が1体。


 やっぱり、敵だろうな。ライトノベルなんかだと、ゴブリンを味方にしたり、自分がゴブリンに転生する作品だってあるが。

 ゴブリンが少なくとも5体。

 さすがに駆け出しのキャラが敵う相手ではない。

 ここでのこのこ出ていったら死に戻り確実だ。

 このまま、奴らがどこかに行くまでやり過ごすか。


 ヨシ原の少し奥に隠れようと、ゆっくり後退する。


 ザザッ!


 やっぱり、この密集したヨシの中で音も立てずに動くなんて、素人にできるはずもない。


 ゴブリンたちも騒いでいる。さすがに気付かれたか。

 とにかく、音が出るのも構わず、ヨシ原の少し奥へと潜り込み、しゃがんで息を潜める。


 しばらくして、草をかき分ける音があたりで響き始めた。


 まずいな、これ。

 背よりも高いヨシの間で周りが全く見えないが、敵が近づいている。


 こちらが動いた時の痕跡も残っているし、見つかるのは時間の問題だ。果たしてどんな目に合うやら。


 腰のフォルダからガイドフォンを取り出し、マップのアイコンをクリック。

 マップの機能は、これまで目視した範囲だけが自動で地図化されるというもの。

 今いる川原の様子が、画面上に映し出される。


 リアルだと航空写真を撮影した時の画像が出て、現在の状況と一致しないこともあるけど、ゲーム内であれば今現在の状況が表示されるはず。


 もちろん、マップなので相手の位置まではわからない。今必要なのは、最短距離でこのヨシ原を抜けるルートだ。


 近くのヨシを引き寄せ、何本かまとめて結ぶ。

 それから、その近くのヨシをナイフで斜めに切る。

 草刈りをする時には、切り口を地面と平行に切らないといけない。

 そうしないと、残された切り株が槍のようになってしまう。

 以前、うっかり踏んづけて、スニーカーを貫通して足に刺さったことがあった。


 そんな思い出を振り返りながら、即席の罠を仕掛ける。

 それを何度か繰り返しつつ、ゴブリンたちのいる方法と反対に逃げた。


「ギャアッ!?」

 背後から悲鳴のような声が聞こえた。

 即席の罠に引っかかってくれたらしい。

 しかし、そんなものはただの足止め。

 殺傷力が足りない以上、そのうち追いつかれる。


 敵は5体もいる。まともに戦って勝ち目がない以上、何とかして安全なところまで逃げるしかない。


 だが言い換えれば、敵は5体しかいないのだ。

 包囲網にも隙は生じるはず。


 ヨシ原が明るくなり外が近づいてきた。


 外の様子をうかがえば、1体のゴブリンが見えた。


 こっちもダメか。

 逃げ回っていれば、何とか向こうが諦めてくれないだろうか。


 そんなことを考えてると、何やら焦げ臭い匂いが漂ってきた。

 

 ヨシ原に火をかけられた!?

 そこまでするか。

 最近のラノベなんかだと、ゴブリンは雑魚キャラではなく、知能も高く、集団で人を襲うモンスターとされているが、ゲームとは言え自分が犠牲者になるとは。


 戦闘中はログアウトして逃げることはできない。

 戦いに勝つか、負けるか。もしくはゲーム内で逃げ切るか。方法は3つ。


 こうなったら戦うしか……。


 ゴブリンがよそ見をした隙をつき、ヨシ原を飛び出した。近くにいたゴブリンに石を投げ付け、そのまま逃走に移ろうとした時、右足に激痛が走り、そのまま転倒する。

「ぐぅっ!」


 見れば、右足の太ももに矢が突き刺さっていた。

 抜こうとするが、やじりに返しでもついているのか、うまく抜けない。

 抜くのをあきらめ、できるだけ足に近いところで矢を折る。


「つっ!?」

 普通の攻撃なら痛みは一瞬のはずだが、踏み出した足に再度痛みが巻き起こる。

 矢を完全に抜かなかったせいで、スリップダメージが発生したようだ。

 これでは、走って逃げることも難しい。

 普通に走ってもゴブリンのほうが速そうではあるが。


 そのうち、そこにいなかったゴブリンたちが集まってきて、すっかり包囲されてしまった。

 もはやこれまで。


 5体全てに勝つのは当然無理と感じつつも、せめて1体位は。そう決心して足の痛みに耐えつつ立ち上がる。


 1体のゴブリンが近づき、棍棒を振り上げる。

 覚悟を決めた瞬間だった。


 一陣の風が吹き、眼前のゴブリンが真横に吹き飛ぶ。


「……ごめん。遅くなった」


 少女の声が聞こえた。


 いつの間にか、俺とゴブリンたちの間に、人影が立ちはだかっていた。

 まるで、アニメでみたヒーローのように。

 セーラー服姿の女子が。

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