第2話

高校生として、ひさびさに学校に向かってる。


家から学校までは、歩いて十数分くらい。

でも、なんか妙に長く感じる。


……というか、この学校はスマホの持ち込みが禁止。

当然、通学中にお気に入りの音楽で気分上げることもできない。


(このルール、地味に罰ゲームクラス)


後ろから足音が近づいてきた――と思った瞬間、制服越しに背中をバシバシッと連打された。


「前を歩いてるのが見えたから、急いで追いかけてきたよ! はぁ、はぁ……」


振り向くと、汗をぬぐいながら笑っていたのは――

東雲しののめ美咲みさき。歩夢の幼馴染。


(叩く勢い、えぐ。スキンシップっていうか、もはや攻撃じゃん?)




美咲とは、中学のときけっこう親しかった。

高校受験のあいだは、週に何回かいっしょに勉強してたくらい。

年の離れた美咲の姉がいて、その家で教えてもらう流れだった。


高校に入ってからは、だんだん距離が空いていった。

まあ、よくあるやつ。

ちょっとだけ寂しい気もしたけど、まあそんなもんかってなった。


(そもそも、ああいう押し強めの女子はちょっと苦手なんだよな)


どっちかっていうと、今くらいの距離感のほうが落ち着く。

それに、美咲はあれくらい自由にしてる方が似合ってる――気がする。




高校生になった美咲は、ちょっと明るめのロブヘアで、見た目もどこか垢抜けてた。

男子のあいだでもわりと話題で、その評判は歩夢の耳にもちゃんと届いてた。


「幼馴染なんだろ? ちょっと紹介してくれよ」


そんなふうに頼まれることもあった。

別に断る理由もないし、ふつうに取り次いだ。


紹介すると、美咲はいちおう話には乗る。

その場では笑顔でしゃべって、イイ感じに見える――のに、なぜかあとでふって終わる。


で、毎回そのあと。


「なんで……紹介とかしてくるのよ!」って、なぜか怒られる。


……意味わからん。


(えっ!? ノリノリで話受けたの、美咲だよね?)




「ちょ、痛いってば! なんでそんなにバシバシくる!」


リープ前の高校時代、美咲に言い返すなんてことはなかった。

言ったところで、どうなるってわけでもなかったし。


卒業してからは、顔を合わせることもまったくなくて――だから、気づけなかった。


会わないあいだ、バイトとかネット活動とか、それなりにいろんな人と関わってきた。

たぶん、そのおかげで。

こうして美咲に、ちょっとはっきり言えた自分がいた。


(……え、いま、ふつうに美咲に言った!?)


「あはは。なんか会うの久しぶりだし、おまけ的な?

てか、あゆちゃん。バシバシ、なんて大袈裟に言わないのー」


美咲は楽しそうに笑って言う。


歩夢は鼻のあたりを軽くかいて、視線をはずす。

いつも通りのノリのはずなのに、今日はなんか引っかかる。


(前なら特になんとも思わなかったのに。

……あれ? さっき言えたから?)




「へぇ、なんか意外!」


美咲は笑顔のまま、ちょっとだけ言葉を選ぶ感じで、こっちを見てきた。


「あのね、あゆちゃん……その、もしよかったら、年が明けたら一緒に初詣に行かない?」


「うわ……」


心の声、口に出てたっぽい。


視線を外して、なんとか口だけ動かす。


「……じゃ、じゃあまあ、年明けたら連絡するってことで。うん、それで」


歩夢は、誰かに誘われたときに予定を後回しにしがちなタイプだった。


今回も同じ。とりあえずそれっぽく返しておく、いつものムーブ。


けど、ふと横を見たら、美咲がじーっとこっちを見てた。


(……うわ、なんか来てる)


眉ひそめて、口とがらせて、めちゃくちゃ不機嫌そう。


『言いたいことあるけど我慢してます』の視線に、妙な圧を感じる。


(……圧! ……えぐ!)


気まずさから逃げるように、前を向いて歩くスピードを上げた。


冷たい風が、頬にささる。


これで距離取れた――と思ったら、


後ろから足音が迫ってきた。


「ちょっと、あゆちゃん! 置いてかないでよー!」


勢いそのままに、美咲がまた横に来る。


「てかさ、連絡するって言っても、どうせそのときになったら――

めんどい、とか絶対言うじゃん!」


……って言われた瞬間、足が止まってた。


顔を上げられないまま、口だけで返す。


「めんどいとか、ないって……ただ電話するだけなんだしさ……」


(……まあ、その可能性はわりとあるけど)




頭の中で、その場面を想像してみる。

スマホ片手に、美咲へ電話をかけようとする歩夢。


……でも、すぐに気づく。


その絵、どう考えても成立してない。


この時代、スマホ持つ派と持たない派が半々くらい。

でも――歩夢も美咲も、しっかり後者。


(え、それって……)


――これ、ふつうに厄介なやつ。


「うーん、考えとく。……あー、やっぱめんどい!」


言ってすぐ、美咲に背を向けた。

そのまま足を速めて、さっさと前に出る。


「なにそれ!」


苛立ち混じりの声が背中に飛んできたけど、振り返る気にはなれなかった。


(考えとくって言ったじゃん、ちゃんと)




「あ、ちょっと待って……あゆちゃーん!」


叫ぶような声が、通学路に響いた。


「ホームルーム終わったら教室行くからね! 絶対待ってて、絶対だよ! 約束だからねー!」


後ろで声を張る美咲の気配。

でも歩夢は、振り返らずに前を向いたまま歩いた。


(……通学路なの、わかってるよね!?)


しばらくして、美咲の方から

「え、ちょ、やば……そんな大声だった?」

とか言ってるのが、ちゃんと聞こえた。


焦ったような足音と、かすれた「きゃっ」が重なって、

歩夢は思わず振り返りそうになる――けど、ちょいガマン。


(あ、転んだな……美咲)


心の中でつぶやきながら。

――すぐにチラ見。


美咲は顔を真っ赤にしたまま、バッグを肩に掛け直して、前髪を直してた。


(……ああいうとこ、一応女子かもな)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る