第9話

「あ、そうそう。漫才キングス見た?」


歩夢がなんとなく話題を振ると、天外は即反応。鼻息を荒くして振り向いてきた。


「当たり前だろ! すごかったよな!」


お笑いの話題になると、天外の温度は一気に爆上がりする。

しかもそれが、新しく始まった賞レースのこととなれば――熱量はさらに倍。


「レベル高かったよね。リアタイで見れたの、わりとラッキーだったかも」


「は? 見てねえのって、お笑いに超冷めてる奴だけじゃん? 歩夢が見逃したらおかしいだろ」


(……うん、ごめん。リープ前のこの時代、まさにそれだった)


こめかみを人差し指でくいっと掻く。


「なんか……そんなに熱くなってるの、珍しくない?」


「そらそうよ。今は何もできてねえけどさ、いつかは俺もあの舞台に立つ! あんなの見せられたら、そう思うしかねえよ」


その言葉に、未来の映像がリンクする。




――スポットライトの中。

完璧な間合い、緻密な演技、舞台を縦横無尽に使った構成。

会場は爆笑の渦に包まれて、審査員も思わず唸ってた。


――そして、結果発表。

司会者が名前をコールし、歓声が響く中、トロフィーを掲げる榎本天外の姿。


それは、何度もDVDで見返してた映像だった。




「……だよね。で、天外はキングになる。

まあコントキング、なんだけど」


天外の方を見ずに、前だけを見たまま言った。


「またコントかよ、ブレねえな。それになんなんだよ、その歩夢の確信キリ的なやつ」


天外はほんの少しだけ首をかしげた。

けど、そのまま笑って続けた。


「……まあいいか! 俺がトップを目指すことに変わりないしな!」


(……僕だって、天外が一番だって、信じてる)


胸を張る天外の姿を見て、歩夢は小さく笑った。




そのまま二人で、住宅街を並んで歩き出す。


冬の空気がピリッと冷たい。

家の窓からもれる灯りが、細い道をふわっと照らしてた。


前方の家のカーテンの隙間が、わずかに揺れた。

そこから、ひょこっと美咲の顔がのぞく。


しばらくこっちを見てたかと思ったら、顔を引っ込めて、すぐに玄関がバンッと開いた。


「ちょっと! なにこれ! 空気冷たすぎでしょっ!」


笑顔で飛び出してきたのに、外の冷気に触れた瞬間、ビクッと肩をすくめる。


「……ひゃぁぁっ! さっむ!! むりむりむりむり!」


手をこすったり、足踏みしたり、息ふーってしても、指はぜんぜん温まらない。

あわててポケットに突っ込むけど、顔には冷たい風がぴしゃり。


「ううー……ふたりとも、あけましておめでとうね」


「おめでとう。美咲ちゃん、寒いときすげえ元気になるんだな」


「あけおめ、元気系女子」


「ふはは。それいいな」


「なにその系って! 意味わかんないし!」


美咲は唇を尖らせながら、ポケットをごそごそ。


「ほら、これ使って。二人とも、ハイ!」


ニコニコしながらカイロを差し出すが――歩夢と天外は、受け取らず、じーっとそれを見つめた。


「……え? なにその反応」


「いや、美咲ちゃんがこういう気配りできるタイプだとは……」


天外がわざとらしく腕を組む。


「意外とマメ系?」


軽く茶化すと、美咲の顔がぽっと赤くなる。


「な、何よ二人とも! こう見えても、ちゃんとできるんだからねっ!」


プクッと頬をふくらませた美咲を見て、思わず二人して吹き出した。




参拝客は思ったより多くて、懐中電灯の光が石畳に並んでて、ちょっとだけ幻想的だった。


美咲が足を止めて、境内を見上げた。


「なんかエモいよね、ちっちゃい神社って」


歩夢は肩をすくめて言う。


「エモいっていう? ふつうに移動がめんどいから近場に来てんだけど……」


「へー、そうなんだ。……で、ここって何担当の神様?」


美咲が首をかしげると、天外は「担当ってなんだよ」と笑って返す。


「でも、芸能担当の神様とかあるなら、俺でもちょっとは気になるかな」


美咲は、少しだけ目を細めて天外の方を見る。


「あー、わかるー! 昔の芸人さんも、神様っぽいの大切にしてるイメージあるもんね」


その話題には、歩夢も黙ってられなかった。


「舞台に立つ前、神社行ったりする芸人さんは――まあ多いよ。これマメね」


天外が目を見開く。


「マジで!? そういや、そんなんテレビでも見たことある気もするな!」


そう言いながら、手を組んで大袈裟に拝むポーズを見せる。


「てことは。このくらいやっとけば、ウケる確率爆上がりってことじゃね?」


「ププッ。榎本天外ほどの人がさ、確率でお笑いやらないだろ……」


くすくす笑いながら、三人は鳥居をくぐった。


ひんやりした空気に包まれた参道は、思ったより人がまばらで、

足元から静かな年始の空気がしみ込んでくる。


そのまま並んで、お賽銭箱の前へ。


手を合わせる音が、境内に静かに響いた。


歩夢が二度目の礼をすると、天外と美咲も、ちょっと慌てたように動いた。


天外は誰よりも早く顔を上げて、声を張る。


「高校最後の一年! 今年は飛躍だ!」


(あ、来たなこれ……)


その横で、美咲が声をかぶせる。


「……私は応援するよ!」


言葉のタイミングまで揃ったかのように、立て続けに声が上がる。


歩夢は手を合わせたまま、思わず固まった。


(ほらね……これめんどいやつだよ)


ちらっと横を見ると、天外がニヤニヤしてた。


「歩夢、お前は?」


いきなり振ってくる。


「いや、普通、声出して言わなくない?」


「いいから。こういうときは言うもんだ」


じれったそうに迫られて、歩夢はため息。


「……まぁ、なんとか頑張るよ」


ぼそっと言った瞬間、美咲の目が、わずかに揺れた。


ちょっと口を開きかけたけど、結局何も言わず――

静かな圧みたいな視線だけ、まっすぐ向けてきた。


(……いや、その目やめてくれって)


次の瞬間――美咲は、もう一度強く言い直す。


「私は応援するっ!!」


声が境内に響く。


天外が「お、おう……」と微妙な相づちを返す横で、

歩夢はゆっくりと手を下ろした。


(……美咲、そんなにお笑いに熱あったっけ?)




この小さな神社でも、元旦は組合の女性部のおばちゃんたちが飲み物を配ってて、境内はわりと賑わってた。


歩夢たちは、長テーブルに並べられた甘酒を手に取って、ほっとひと息つく。


「ところでなんだが……」


三人が甘酒をすすって落ち着いたころ、天外がポケットをごそごそしはじめた。


その手から出てきたのは、折りたたまれたチラシ。


「なあ、歩夢。これに漫才で出ようぜ」


天外はそう言って、チラシをバッと広げて突き出してきた。


『隠し芸大会 出場者募集!』


「……は? いや、だからさ……」


「まあ慌てなさんなって。ちょっと優勝の賞品のところ見てみろよ! ほれっ!」


天外は勢いのまま、チラシを歩夢に手渡す。


『優勝者には沼津ラクシオン演芸場&アニマル王国&海の幸食べ放題ツアーにご招待!』


(全部のせかよ……にしても、ラクシオン演芸場って、結局リープ前も行けてなかったんだよな)


理由はいろいろあるけど――

自称マニアとして、そこに一度も足を運んでないって事実は、内心ずっとひっかかってた。


「ラクシオンって聞くと、正直そそられちゃうよね」


「だよな? 俺も演芸場見に行きたい。だからな、とりあえず今回だけみたいなノリで出てみるか!」


「やってみるなら……ミサ応援するら……」


美咲はそう言いながら、噛んだことに自分でウケたのか、くすっと笑った。


「……ん? 美咲?」


歩夢がなんとなく違和感を覚えると、美咲はふにゃっとした笑い顔で、

「なーにぃ?」と妙に間延びした声を出してきた。


そのとき――


女性部のおばちゃんが、めっちゃ慌てた様子で駆け寄ってくる。


「さっき手違いでね、甘酒のところにお酒混ぜたのが紛れちゃってたの!

ピンクの紙コップ、見なかった? ……あっ、それ、それ! 本物のお酒入っちゃってるの!」


歩夢と天外が、そろって美咲の手元を見る。


ピンクの紙コップを持ったまま、またくすくす笑ってた。


「「美咲のコップー!?」」


元旦の凍った夜空に、ふたりの声が高く響き渡った。


(さっきから笑ってたの、それだったのかよ)




神社を出てしばらくして、歩夢は――なぜか美咲をおんぶしたまま歩いてた。

冷たい夜気が首筋に当たってくるのに、それすらなんか鈍い。


「ピンクの紙コップとかさ、ほんのり美咲ちゃんが飲むの誘ってねえか、フッ」


天外がポツリと笑いながら、横に並ぶ。


「それだよねー……まあ、事故だし仕方ない」


背中からは、小さな寝息が聞こえてくる。


「そういえば、応援応援って。美咲、そんなにお笑い好きだったんだね」


おんぶし直しながら、美咲のことをチラッと振り返る。


「ん? 応援ってそういう意味か? なんか一生懸命だったよな。……てか、おい、隠し芸大会、どうすんだっけ?」


「う、うん。まあ……どうかなあ、それはちょっと……」


なんとなく曖昧な調子で返すと――

背中の美咲が、ずっと聞いてたらしく、不貞腐れた声をもらした。


「応援……」


「……ん?」


足が止まる。


「全然わかってないんら。ミサは、ずっとあゆちゃんを……応援してるんら」


目を閉じたまま、コツンと頭を叩かれた。


「この前だって。天外くんなら任せられるし、応援したんらないか」


ぽか、ぽか、とまた叩かれる。


「ちょ、美咲……痛いって。叩く元気あるなら歩けよな、重いし」


そう言った瞬間、美咲の顔が真っ赤になる。


「うるさいし! 重くないし! バカ!」


語尾のあたりで、ちょっと裏返った声。

そのまま背中にぐいっと顔を押しつけてきて、しばらく動かなくなった。




3人で無言のまま、しばらく歩く。

その間も、歩夢の頭の中には美咲の言葉がずっと残ってた。


(……応援、ね)


ふと、言葉がこぼれる。


「……ありがとうな、美咲。でも僕なんかに、天外の相方が務まるわけないんだよ。ごめん」


まただ。

やりたいって言ったと思ったら、次の瞬間にはもう自分で否定してる。

毎回そんな感じで、煮えきらない態度ばっかだった。


――そして。


その一言で、美咲のなかの何かが、ぷつんと切れた。


歩夢の背中から、するりと降りる。

ふらつきながらも立ち上がって、ビシッと二人を指さす。


「もーう、わかった!!」


真っ赤な顔で、美咲が宣言する。


「じゃあ、ミサが天外くんの相方やるから!」


「「……!?」」

突然の爆弾発言に、歩夢と天外は固まる。


「お、おう……?」


さすがの天外も困惑した顔をしている。

歩夢は、心の中で静かに嘆いた。


(……また面倒くさいやつかよ)


何も言わずに、手を広げた美咲。

歩夢はさすがにぼやくしかない。


「……おんぶ、いる?」


「当たり前ら!」


それを見て、天外は少し疲れたように笑った。

歩夢は小さくため息をついて、美咲を背負い直す。


玄関の前に着くと、美咲はふらつきながら振り返り、軽く手を振る。


「またらよー!」


その勢いのままドアを開けようとして、ちょっとバランスを崩す。

肩がゴツン。


「いったぁ……」


小さくつぶやいたあと、今度こそ家の中へと消えていった。


残された寒空の下――。

歩夢と天外は、無言で顔を見合わせる。

数秒の沈黙のあと。


二人はどっと肩を落とし、バテた表情で小さく手を振り合った。


「……ツッコむ元気もないな」


「だね……」


苦笑混じりの声が、夜の冷たい空気に溶けていった。


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