第8話
――そして、大晦日。
さっきまでコンビニ行ってただけなのに、
部屋に戻ったら――見慣れないテレビが、堂々と鎮座してた。
「……は? いつの間に?」
思わず目を見開いて、半歩あとずさる。
「これで良いのか、ちょっと迷ったけどな……」
雅は腕を組みながらテレビを見てる。
「ま、朝のコーヒーよりは価値あがったじゃねえか」
「いや、話の流れ見えなすぎじゃない?
なんでコーヒーがテレビに進化してんの!?」
――有馬記念のレース前。
ポケットのコーヒーってメモを見た瞬間、雅はぽつりと言った。
「マンハッタンカフェとアメリカンボス……わりと面白くねえか?」
そして、まさかの万馬券的中。
雅の説明した、投票の決め手があのメモだったって話はここまで。
つまり、このテレビは……まさかのお返し対応。
「つうか、お前の部屋、必要最低限のものしかねえんだな……」
雅は呆れ顔で部屋を見回す。
「机の上も、テレビ番組の本だけだし……泥棒でも入ったのか?」
「それ、僕も思った……って、余計なお世話だよ」
歩夢は、その情報誌を手に取る。
未来じゃ定番になってたお笑い番組の特番。
今夜、同じように放送される。
ネットがまだ一般的じゃない空気感。
――笑いの取り方も、もしかしたら違ったのか?
配信やってた頃の考察癖が、ちょっとだけ顔を出す。
(……真面目か!)
軽ツッコミを自分に入れながら、期待で指先がわずかに震えてた。
「ったく、しょうがねぇな。せいぜい活用しろよ」
雅はぶつぶつ言いながら、部屋を出ようとする。
「……父さん?」
どうしてか、つい呼び止めてた。
「ん?」
雅は足を止めて、振り返る。
「ありがと」
一瞬だけ、驚いたように目を見開いた雅だったけど、すぐに鼻を鳴らした。
「……まあ、年末だしな」
ぼやきながら、一階へと降りていった。
――毎年、大晦日の夜は紅白って決まってた。
如月家じゃ、それが年越しそばと並ぶくらいの定番イベント。
(天ぷらにいいエビを使おうが、司会がタモさんだろうが、ただ定番てだけなんだけど……)
「お、今年のトップバッター、あややか」
雅がビールをプシュッと開けて、テレビに目をやる。
「あ、あの歌、覚えたのよ。一緒に歌っちゃお」
結衣もソファに腰を落ち着けて、リモコンを取った。
――ふつうなら、歩夢もその流れに乗ってた。
なにも考えずに、毎年と同じく。
けど今年は、気まずくて視線が落ちる。
2人の空気を壊さないかって、それだけが気がかりだった。
「……僕、部屋でテレビ見てくるね」
「ん? なにを?」
「『ワロタらあかんで二十四時』」
そう言って、ちょっと意を決して立ち上がる。
「……え?」
結衣が驚いた顔で、こっちを見てくる。
「ちょっと待て、歩夢。お笑い番組なんて観るのかよ?」
「……紅白じゃなくて?」
(いやいや、観るよ。むしろ今の僕はそれしか勝たんわけで……)
雅はビールをひと口飲んで、じっと歩夢を見た。
「……マジかよ、歩夢?」
「うん。あ、でも……」
リビングの入口で一度足を止めた。
「ノザル出たら呼んで、とうさん」
「お、おう……キヨシはいいのかよ?」
「師匠の方じゃないよね? 今年は別にいいかも」
「……え、ノザルって……猿?」
結衣がちょっと真顔で、雅に視線を向ける。
雅は缶ビールをテーブルに置いて、少しだけ考えてからため息。
「芸人のグループな、結衣ちゃん」
「あー! 河口湖で見たじゃん。あの猿かわいかったよね。うんうん!」
歩夢は苦笑しながら、部屋に戻った。
――たぶん、それノザルじゃなくて、ほんとの猿。
ポツンと置かれたテレビの前に座って、リモコンを手に取る。
電源を入れたタイミングで、ちょうど『ワロタらあかんで二十四時』が始まった。
「もう一年たつのか……あれ、今こっち過去だから……ま、いいや」
スタジオに並ぶ芸人たち。
未来でいつも見てたのと、ちょっと雰囲気が違う。
(……みんな、めちゃくちゃ若い)
未来じゃベテラン感で重みもあったのに、この時代じゃまだギリ若手扱い。
声のトーンもリアクションも、ぎこちない。
立ち回りもまだ固まってない感じだった。
(キレは逆にエグいけどな……)
そのあと、未来ではお約束の流れにもなってたキャラが出てきた――
それなのに、スタジオの反応はまさかの薄味。
「なんだこれ……」
「なんかイチオシとか言ってたやつ?
……こんなん、流行るんすか?」
(――いや伸びるって! こいつ、未来じゃ再生数バケモン並みにもってるから!)
声に出しかけて、なんとなく黙った。
「……うーん」
驚きと違和感がごっちゃになって、胸のあたりがざわつく。
「……そっか、まだ売れてないんだもんな」
未来なら、あの瞬間SNSが火を吹いてた。
でも、今は――ただ淡々と薄味進行。
「実況がないだけで、こんなにも違うのか。熱狂とかどうやって……一人だけで楽しむのか」
ぼそっと呟いて、歩夢は画面から視線を外す。
(まあ、完全にぼっちだった、僕が言うことじゃないけど……)
――パソコンを、早くなんとかしないと。
「部屋で食べようとして、高級なおつまみ持っていっちゃうヤツがいるんですよ〜」
――雅がぼやく。
コマーシャルのたびにリビングへ来る歩夢を見ている。
「ナァーニィ! ヤッチマッタナー!」
自分のことなのに、なぜか歩夢はノリノリ。
「いいじゃない、沢山買ってあるんだから。だって、みやちゃんも連休中、ずうっと家にいるんだもんね?」
「そ、それは当たり前だよー、結衣ちゃん。なんで確認しちゃうのかな。ハハ……」
ふたりのやりとりを横目に、歩夢は皿を手に、解凍中の蟹の爪にそっと手を伸ばす。
――その瞬間、結衣の顔がピタッと止まった。
「歩夢。蟹は違うでしょ、蟹は!」
思わず手が止まる。
「え……?」
「蟹はチャッて適当に持っていくものじゃないの! やっぱり歩夢は全然成長してない!」
雅がくすっと笑って肩をすくめた。
「歩夢、お前……やっちまったなぁ」
「今それ言うタイミングじゃないよ!」
蟹に未練しかない背中で、スモークチーズだけ握りしめて出戻り。
年が明けるちょい前、歩夢はまたリビングに降りた。
紅白が終わったテレビでは、そのまま年越しライブが始まってる。
ステージではアイドルが全力で盛り上げてる。
なのに、リビングの盛り上がりは、こたつの湯気だけ。
しばらくすると、事務所全員が集まりカウントダウンを始める。
結衣はまだ、わさび醤油をかけたカニカマをぼけっとしながら突っついている。
雅はビール片手に「誰だこいつら」って顔でテレビを見てる。
(……いつもこうだよ。ていうか、コレなんのために見てんの!?)
テレビが紙吹雪とおめでとうの文字で埋まったタイミングで、結衣がぽつり。
「あら、年明けたわね」
「……おう、あけおめ」
歩夢もつられて、乾いた声で乗っかる。
「おめでとうね、ハハハ」
(……瞬間共有するのって悪くはないね、まあ)
「歩夢。今年は受験生なんだから、とにかく勉強を頑張るようにな!」
さっそく雅が、現実を叩きつけてきた。
「はいはい」
歩夢は適当に受け流して、ソファに座り直そうとした――そのとき。
――ピンポーン。
年明け早々、リビングにチャイムの音が響いた。
「ん?」
顔を上げると、雅が眉をひそめる。
「歩夢。こんな時間に来るやつ、心当たりないのか?」
「……ない、と思うけど」
結衣はのんびりした声で「お友達?」とか言ってカニカマをつつく。
歩夢は立ち上がりながら、小さくぼやいた。
「誰だよ、年明けてすぐに……」
そのまま玄関に向かい、扉を開けると――
「おーい! あけおめー!」
テンション高めに手を振ってる天外がいた。
黒のレザージャケットに、細身のパンツ。無駄にスタイルだけ決まってる。
「あれ……天外? どうしたの?」
天外は呆れたみたいに笑って、ブーツのかかとで玄関をコツン。
「いやいや、歩夢、大丈夫か? 早く美咲ちゃんとこに行くぞ!」
そう言って、玄関の外に親指を向ける。
玄関の向こう、道のほうから人の声と足音が聞こえてくる。
(うわ……そうか、初詣とか行くんだった)
しぶしぶ部屋に戻って、アウターを羽織る。
玄関に戻ってきてスニーカーに足を通す。
「元旦くらい、静かに迎えさせて欲しかったよ……」
「何言ってんだよ、歩夢。楽しい年になりそうじゃねえか?」
天外が笑いながら肩を叩いてくる。
「……そんな年、今まで一度もないよ」
軽く笑って、歩夢は天外の隣に並んだ。
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