第7話
――歩夢はそのまま続ける。
「ちょ、榎本! いきなりすぎるって!」
「え? なにが?」
天外は、きょとんとしたあと、少し困った顔になる。
「ねぇ、あゆちゃん。これ、助けるしかないよね?」
さっきまで固まってた美咲が、いつの間にか動き出してる。
(……そんで、勝手に無責任発言かよ)
「ラジオのパーソナリティも、
俺のことめちゃくちゃセンスあるって――投稿とか見てな」
「センスあるよ、天外くん。だって、私も、面白いと思うもん!」
美咲はテーブルのポテチをパリパリしながら、素でそんなことを言う。
(ちょ、このタイミングで……それを?)
そりゃ榎本天外にセンスないなんて言うやつ。
――いるわけがないだろ。
「榎本が、本気でそんなこと言ってるなら、
そりゃすごく嬉しいけど……」
「なんだよ、そんなの本気に決まってんだろ。
……は? てことは如月、問題ねえのか?」
「いやいやいや、そうじゃないから!
そういうことじゃないでしょ、そこは!」
天外と美咲が顔を見合わせる。
歩夢の中途半端な言い方に、二人とも混乱してる。
「ちょ、あゆちゃん、何言ってんの?
ぜんっぜん、理解できないんだけど!」
「……美咲、違うんだって。
言葉にするのが、難しいだけだから」
(……榎本の未来? キングス? 書き起こし? タイムリープ?
――信じてもらえるかそんなの!)
頭は熱いのに、全然うまく回らない。
「……だ、だいたい、僕なんかに……」
歩夢は言葉を探しながら、唇をきゅっとかんだ。
天外は困惑したまま、ぼんやりノートをめくってた。
けど――ふと、手が止まった。
そして、顔が一瞬で変わる。
「すげえよ、如月。このノート、どのネタも完成度やばいって!」
天外はノートを持った両手を突き上げる。
「俺が知ってるどんなネタより、
これの方が、面白いかもしれねえ!」
(そりゃそうだよ。
それはマジで全部、未来の芸人たちが命を削って作った、最高のネタなんだから……)
天外はまたページをめくって、ふっと笑った。
「これなんかさ、すげえ才能だよな。普通、こんなの思いつかねえって」
天外がノートを開いて見せたけど、歩夢は何も言えなかった。
そのページには――
あの大会でぶつけた、伝説のコントが書かれていた。
(それは……コントキングス、決勝のネタ)
天外はノートをパタンと閉じると、ぼそっとつぶやいた。
「如月は、どっちかって言うと、漫才派だもんな」
漫才とコント、両方書いてあった中で――
漫才にだけ、未来で読んだキングスの考察本そのままのネタ解説が付いてたからだ。
「俺な、勝負するならコントって、ずっと思ってたんだ。
……でも、如月と組むなら、漫才も大アリだよな」
その言葉が耳に入った瞬間、
頭の奥でカチリと何かが音を立てた。
「……え!? いや、それはダメだよ!」
思わず声が大きくなる。
「榎本には、コントを選んで欲しいよ!」
(僕は、榎本コントに何度も救われた)
「誰と組むとか、そういうのも超えて!」
(どうしようもなく辛いときも、それで笑って、心を取り戻してきた)
「榎本天外がコントをやる。それが……一番大事なんだから!」
(それなのに、僕が関わったら、未来がズレる気しかしない……!)
――胸の奥が、ギュッと締めつけられる。
思ってたよりも、ずっと必死な声になっていた。
「それに、僕じゃ役不足だよ。
榎本には……組むべき相手がいるよ、うん……」
歩夢の声は、だんだん小さくなっていく。
(榎本天外の相方か……)
リープ前の未来。
天外の相方は、SNSでの発言が原因で突然自粛。
そのまま海外に移住した。
ネタをする仕事ができなくなったこと――
それが、天外にとって一番「辛いこと」だった。
しかも、その気持ちを伝えたインタビュー記事に、
また相方が不用意な発言をかぶせてきて――
もう、どうにもなんなくなった。
(それが、未来で起きたこと。
……きっと、僕なんかが組んだら、もっと悪い結果になるに決まってる)
榎本天外のお笑いは、僕にとって救いだった。
そんな人は山ほどいた。
(榎本天外の未来を変えるってことは――
お笑いの未来を変えちゃうってことじゃないの?)
――存在価値、知ってるから。
だからこそ、それに軽く触れるなんて、絶対にできなかった。
歩夢がうつむいたまま、何も言えなくて――
なんとも言えない空気が流れた。
天外はじっと歩夢を見つめてたけど、やがて小さく息を吐く。
「俺が教室でやってることに、コントの可能性をみるのか。如月が言うなら……そうなのかもな」
視線を落として、続ける。
「……でも、組むべき相手なんて、お前しか知らないのにな」
その声は、少しだけ沈んでいた。
けどすぐに、何事もなかったみたいに、少しだけ笑ってみせる。
「そうか……残念だけど、急な話でもあったしな。とにかく考えてみといてくれ」
天外は、歩夢の答えをしぶしぶ受け止めると、
玩具屋の紙袋からクラッカーを取り出した。
「終業式の日から、誘うことほぼ決めてたし。
コンビ結成したら、やろうと思って……コレな」
クラッカーを見つめながら、ぽつりと続ける。
「……まぁ、期待してたぶんだけ、ちょっと寂しいだけだ」
天外の目は、ファンとして見てきたどんなときよりも悲しそうだった。
――涙が出そうで、必死に耐えた。
「天外くん、気が利くじゃん!
もうクリスマスなんだし、鳴らそ!」
美咲はノリノリで、天外の手からクラッカーをサッと奪う。
そのまま歩夢にも押しつけて、にこにこしながら音頭をとった。
「せーのっ!」
「は?」
「ちょ、まっ――」
――パンパンパン!!!
クラッカーの音が響いた直後、
廊下の奥から、バタバタッと足音が迫ってくる。
――ダダダダダン!
次の瞬間、バンッとドアが開いた。
「ちょっと! なに騒いでんの!?」
エプロン姿の結衣が立っていた。
驚いた顔で、三人を順番に見渡す。
歩夢たちは無言で視線を合わせ、
そろって気まずそうに後頭部をポリポリ。
「ごめんなさい……」
歩夢が苦笑いを浮かべると、
結衣はため息をついて、部屋を見回した。
紙吹雪がふわふわ舞ってるのを見て、
軽く肩をすくめる。
「クリスマスだし、まあいいけど……ほどほどにね」
そう言い残して、結衣は階下へ戻っていった。
部屋に散らばった紙吹雪の上で、三人は顔を見合わせる。
美咲がふっと笑い出すと、天外と歩夢もつられて笑った。
「そろそろ帰るわ。
うちもクリスマスの飾り付け、弟たちとやんなきゃなんだ」
天外が立ち上がって、紙袋を手に取る。
「じゃ、私も帰るね。
なんか、午後から杏奈たちが来るっぽいから」
美咲も立ち上がりながら、クラッカーのゴミをサッと集める。
歩夢はなんとなくそれを眺めてた。
玄関へ向かう途中で、天外がふと立ち止まった。
そして、振り返る。
「如月……いや、歩夢。これからも、頼るし。よろしくな」
少しだけ、照れくさそうに笑う。
「それからな。俺のことも、名前で呼んでくれよ」
――いつもと同じ表情。
天外は親指を立てた。
夜になって、上機嫌な顔した雅がリビングに飛び込んできた。
「有馬記念、行ってきたんだけどさ!
ポケットに入ってた『コーヒー』のメモで、ピンときたんだよ!」
「……は?」
(メモ……? なんか、聞き覚えある……朝、僕がポケットに突っ込んだやつか?)
「『マンハッタンカフェ』と『アメリカンボス』で、四十八万円の万馬券だぞ!
これ、もう運命ってやつだな!」
テンション爆上がりの雅は、
封筒から一万円札をドンと出して、目の前に置いた。
両手で親指を立ててくる雅を見ながら、
歩夢はふと違和感を覚える。
(いや、そもそもアレ、なんのためのメモ?
ええと……あっ! 待て待て待てーい!)
「コーヒーの粉はどこいったんだよ!!」
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