第6話

玄関に立ってたのは、

クリスマスカラーのマフラーをふわっと巻いて、ノルディック柄のニット帽をかぶった美咲。

雪色のニットワンピに、黒タイツとショートブーツでしっかり冬仕様。


柔らかく、明るくて

――まるで冬の街に溶け込むイルミネーションみたいだった。


「アーリークリスマス、あゆちゃん!」


(……はいはい、また始まったよ)


「……ありがと」


「んー、違う! もう一回!」


美咲はじっと歩夢を見つめて、まるで呪文みたいに唱え始める。


「ア・ア・リ・イ・ク・リ・ス・マ・ス!」


今度は一文字ずつ区切って、真剣な目でこっちを見てくる。


――なんだか、こっちが恥ずかしい。


「……リスマス、ゴホゴホ。

いや、こういうの、ふつうに照れるやつなんだけど」


「え? なにそれ。ふつうありえなくない!?」


美咲は目を丸くして、すかさずツッコんでくる。


(ふつうって何基準だよ……)


「もー、うるさいうるさい。榎本来てるから、さっさとブーツ脱いでよ」


話を切り上げるように言うと、美咲は不満げに口をとがらせる。


「ねぇ、ちょっとー。マフラーの色とかさ、あゆちゃん何にも言わないよね?」


「……アーアーアー、聞こえませーん」


両耳をふさいで、全力でスルーする。


「もー、そういうとこだよ、あゆちゃん!

……ねぇー、聞いてるー?」




階段を上がって部屋の前に立つ。


「じゃあ、気を取り直して、次いくよ!」


美咲が歩夢の顔を覗き込んで、勢いよく息を吸い込んだ。


「せーの、アー……!」


満面の笑みでドアを開けて、天外にもさっきの挨拶をする。




だけど、振り向いた天外を見て、美咲はピタッと止まった。


――その顔を見た瞬間、何も言えなくなってた。


天外はノートを見つめながら、

少し口を開いて、言葉を探すみたいに視線を揺らす。


「如月、このノートは……その……」


天外が言葉を詰まらせる。

――この空気は、もう冗談じゃない。




美咲は、アーリーの「ア」の口のまま固まってる。

歩夢はその背中をぽんっと叩いて、テーブルを指さした。


「とりあえず座ったら?」


美咲はまだ戸惑い気味のまま、ぺたんと入口側に座る。

天外にもテーブルの奥を示すと、無言で頷いて腰を下ろした。




「……イッ!!」


天外がいきなり両頬をバチンと叩いた。

その瞬間、空気がピリッと変わる。


――無言でガン見される。


「このノート、如月が書いたネタだよな?」


「……ノート? あ、うん、まあ」


真顔すぎて、ちょっと引き気味に返す。


天外はトンっとノートの背表紙に頭をつけた。

それから、信じられないって顔でまたこっちを見る。


「……マジで、お前が?」


「え!? だから、そうだってば」


(いやいや、これDVDの書き起こしなんだけど? 何回確認する気?)


天外はうつむいて、深めのため息。

しばらく何かを考えてるようだった。


(そんなことに、嘘ついても仕方ないし。……わけわかんないな)


天外はゆっくり顔を上げた。

――さっきまでの曇りは、もう消えてる。


「……俺な、卒業したら芸人になるつもりなんだ」


その声は、いつになく真剣だった。


「ネタも書いてはいるんだけど、最近ずっと煮詰まっててさ」


苦笑いしながら、ノートをめくる。


「アイデア出しても、結局どっかで見たネタばっかで。

……いや、こういうキッカケが、マジで欲しかったんだって!」


ページをめくる手が止まる。


「これ読んで、ふつうにやられたわ」


美咲が勢いよく体を乗り出して、目を輝かせる。


「天外くん、それってつまり……あゆちゃんのノート、めっちゃすごいってこと?」


天外は少し間を置いて、コクっと頷いた。

その顔は、どう見ても本気。


「すげえよ。正直、軽い気持ちで見たけど……如月はレベル違う」


その一言に、変な汗がにじむ。


(……いやいや、まさか僕のネタだと思ってる?)


未来の榎本天外、渾身のコント。

それを書き起こしただけなのに――天外は、まさかのオリジナル認定。


「……なあ、如月。俺たち、コンビ組まないか?」


一瞬、頭が真っ白になる。


(は? 今、なんて? 僕が……榎本天外と!?)




未来の記憶がよみがえる。

スクリーン越しに見た、榎本天外のステージ。

笑いに包まれる観客席。


歩夢は、その隣に立つ自分を想像す――


「ちょ、待って待って待ってーーー!!」

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