四話 アノアオハデサエコトワラレタココセンパイノカフェデハタライテイルイマイマシイオンナ

「ハァッ……ハァッ……ふう……ここまで逃げ切ればなんとかなるでしょぉ……」


 頭から汗を垂れ流しながら、ナナをおぶっていた珈々は走らせていた足を少し休ませた。


 あたりが真っ暗の中、月明かりだけを頼りにこの砂道まで逃げ切った。暗闇の中、珈々たちは砂の感触だけを頼りにカフェへと戻っていた。


 虫たちの追跡は中々にしぶといもので、追い付かれそうになっては撃退の繰り返し。そのため、珈々のスタミナはもはや底をつきそうだった。


「珈々さん、ありがとうございます。もう……自分で歩きますから」


「そう、助かるわぁ。ナナちゃん、見た目の割、想像以上に重かったからぁ……」


「お、重くないですよ! 失礼な!」


 顔を赤くさせ、ナナは否定する。


「ふぅ……もう少し走れると思ってたのだけどねぇ、年々体が重くなっていってるような気がしてぇ、最近だと少し全力疾走するだけでぇ、このざまだわぁ……全く、あんまり食べていないのにどうしてこうも体が重いのかしらぁ……単なる運動不足なのかしらねぇ」


 ナナからしてみれば、珈々の速度は四八目にも匹敵する神速だったが、もし原因があるとするならそれはその胸についている肉だとナナは思った。


 ナナを担いで走っている最中にも、その肉は激しく上下に揺れていた。それがナナの足に当たった時のあの弾力、同性のナナからしてもそれは魅力的に感じるほどだった。


 だが、嫉妬と、無駄口という懸念点からそれを口にはしなかった。


「……そうですねぇ、ちょっとは運動しないと」


 とりあえず便乗するナナ。


「最近は稽古も疎かにしてるからねぇ……体が鈍るのも無理はないかしらぁ」


 先ほどまで緊迫した接戦を繰り広げていたにもかかわらず、珈々と一緒に歩くこの時は、異様なほどに落ち着いていた。


 思い出したかのように、ナナは森の女王のことを振り返る。


「さっきの森の女王って言う人……何者なんですか?」


「……もうバレちゃったから言うけどぉ、私たちはあの地人を探してたのぉ。上半師からの命令でねぇ」


「え、じゃあ香花さんの最近帰りが遅いのも……一奈さんの銭湯がよく閉まってるのも……」


「そおぉ、みんなあの地人を森の中で探してたのぉ。四八目には怪我してるから伝えてないけどねぇ」


「そ、そんな、私にも一言言ってくれたっていいのに……」


「……ナナちゃんに教えたところで何かできることはあるぅ? 下手な心配を掛けさせないために教えるなって香花から言われてたのよぉ。……それほどぉ、ナナちゃんの事ぉ、大切に思ってくれてるのよぉ」


「うぅ……」


 そうだとしても嫌だった。確かに、ナナがそれを知ったとしてもできるサポートなんてなかった。せいぜい、生活の一部を自分で行うくらいが関の山だろう。


 だとしても、自分なりに模索し、考えることくらいはできるはずだ。それで香花の役に立ちたい。それだけだった。


 もっと強くなれれば……。


『ナナ君自身も強くなる必要があるよ』


 その時、ふと魔女の言っていた言葉を思い出した。


「珈々さん」


「ん? どうしたのぉ、ナナちゃん?」


「私も……香花さんたちのように……強くなれますかね? どんなことも耐えるし、泣きべそだって掻きません。だから……強くなれますかね?」


「…………強くなれるかどうかはナナちゃん次第かなぁ。お姉ちゃんは強いナナちゃんを想像できないけどぉ、ナナちゃんがそうなりたいって思うのであればぁ、がむしゃらに頑張ればいいんじゃなあいぃ?」


「はい! でもまずはどうすれば……」


「とりあえずぅ、一旦カフェで休憩させてぇ……お姉ちゃんもう疲れちゃったぁ……ほらカフェの明かりが見えて……ってぇ、あれはぁ……」


「? 珈々さんどうかしましたかぁ?」


 ぽつんと砂道の途中に建っているカフェ。電気をつけたまま出たためか、その周りは待ちに待った明かりで照らされていた。


 だから分かった。カフェの前で一人の人間が壁によしかかり、珈々たちを待っていたことに。


 逆光でその人物の顔までは把握できなかったが、森の女王ではないのはたしかだった。背丈が明らかに違う。遠くから見てもナナよりも一回り小さい小柄な女の子であることは分かった。


「はぁ、あの子ぉ、また来てるのかしらぁ……夜は危ないから店に来るなって言ってるのにぃ」


「えっ? 珈々さん、あの人と知り合いなんですか?」


「えぇ、平たく言ってしまえばぁ、後輩ねぇ」


「後輩……」


 ナナからしてみれば、身に覚えのない人物だった。少なくとも、お客さんとしてきた人物ではない。集会の時にいたとしても、沢山の人間がいたため、覚えてはいない。


 近づいてその姿が明るみになると、珈々の予想は確信に変わった。


「はぁ、やっぱりぃ……青葉ちゃーん」


「あっ! 珈々先輩!」


 珈々の声で気が付いた『青葉(あおは)』という少女は珈々の元にダッシュで駆け付けた。


 うん……やっぱり小さい……私よりも10センチくらい……。


 リボンを付けたその女の子は意気揚々と珈々にぐいぐいと接近する。


「今晩も人寂しくなっちゃって来ちゃったッス! 青葉が来た時、カフェに明かりがついていたからいるなぁって思ったらいなかったんで、滅茶苦茶ショックだったッスけど、待った甲斐があったッス! さあ、これから青葉と一夜だけの熱い夜を♡――ってあれ? そこの人は誰ッスか?」


 マシンガンの如く、珈々にアタックする青葉はやっとナナに気が付いた。


「あらぁ、青葉ちゃんには言っていなかったっけぇ? この子が前に話してたナナちゃんよぉ」


「うげぇっ! この人があの珈々先輩のカフェで働いてる……ナナさん……ッスか……?」


「そうよぉ。ナナちゃん、紹介するわねぇ、この子は『針道寺青葉(しんどうじあおは)』ちゃん。私たちと同じぃ人間でぇ、しかも能力が使えるのぉ」


「えっ! それはすごいです! 能力を使える人が珈々さんたち以外にもいるなんて!」


「…………」


 ナナは好奇心に満ちた反応を見せたが、青葉はつまらなさそうに頭を掻いていた。


「あれ……? 私気に障るようなこと言っちゃったかな……? ごめんなさい……」


「いえ……よろしくッス……」


 不貞腐れながら挨拶をする青葉だったが、右手を前に出し、握手を求めた。


 なんだ……普通に良い人じゃん……。


 そう安心し、握手に応じたナナ。……だが、その考えは甘かった。つかんだ瞬間、もげるのではないかという握力で青葉はナナの手を力強く握った。


「い――痛い! 痛い! あ、青葉さん! 握るのが強いですっ!」


「アノアオハデサエコトワラレタココセンパイノカフェデハタライテイルイマイマシイオンナ……アノアオハデサエコトワラレタココセンパイノカフェデハタライテイルイマイマシイオンナ……アノアオハデサエコトワラレタココセンパイノカフェデハタライテイルイマイマシイオンナ……(あの青葉でさえ断られた珈々先輩のカフェで働いている忌々しい女)」


 何か呪いのようなことをブツブツと呟きながら握り続ける青葉の瞳にもはや光はなかった。


 この出来事をきっかけに、ナナは青葉を危険視するようになった。

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