三話 心臓を食うことは

「ふっふっふっふっ……!」


 珈々が舌をしまい込んだ後に、森の女王は不敵な笑みを浮かべながらヨレヨレと立ち上がった。


「あらぁ? 確かに充分な量の毒を注いだのにぃ、簡単に起き上がるなんてぇ、ちょっと足りなかったかしらぁ?」


 ゾンビのように立つ森の女王に珈々は首をかしげる。身体が痺れた状態のまま、森の女王はフラフラと答えた。


「いえ……普通の人なら今の縛りで……ダウンしたと思いますわ。ただわたしには……頼りになる仲間がおりますの……」


「仲間ぁ?」


 森の女王の後ろから、その仲間が姿を現す。蝶だ。黄色い羽根を帯びた大群の蝶が森の女王の周りをひらひらと舞っていた。


「この子たちの香りには……感覚を鈍らせる効果がありますの……。わたしはこの子たちのおかげで今……立つことができてますのよ」


「うげぇ……蝶々ぅ……」


 森の女王の光景に珈々は渋い表情をする。


「あら……その反応……もしかして弱点はこの子たちかしら? 行きなさい、蝶たちよ!」


 珈々の反応を読み取り、森の女王は大群の蝶を珈々に向かわせる。


「こ、珈々さん! 迫って来てますよ! 早く何とかしないと!」


「って言われてもぉ、私ぃ虫は苦手なのよねぇ……」


「そ、そそそそんなこと言ってる場合じゃないですよ! もうそこまで来てますよ!」


「むぅ、しょうがないわねぇ……」


 乗り気でない珈々が頬を膨らませ、また舌を伸ばす。伸びた舌は蝶目掛けて突き進み、ついには蝶たちと相まみえる。大群の蝶は攻撃をしようと舌にくっつく。


「その子たちには毒の粉を出すように命令を出してますの……! これであなたも終わりですわ……!」


 しかし、蝶々たちは舌に触るや否や次々と元気をなくし、飛ぶこともできず、地に落ちてしまう。


「……! どういうことですの……!」


 蝶を全滅させた珈々は舌を戻そうとする。その途中、舌を大きく動かし、液体を払う。よだれだ。舌を仕舞った珈々は得意げに語った。


「お姉ちゃんはよだれにもぉ、効能を付与することができるのぉ。あなたのお仲間にはぁ、申し訳ないけど麻痺してもらったわぁ。はしたなくなっちゃうからぁ、あまり使いたくないんだけどねぇ……ナナちゃん、引いてないぃ?」


「だ、大丈夫です……」


「ちょっと引いてるじゃないのぉ!」


「ち、違います! すごすぎて驚いちゃってたと言うか……」


 涙目の珈々に精いっぱい弁明するナナだったが、あまり効果もなく珈々はシュンとした。


「ぐぬぬぅ……なんですのあなたたちは……! 余裕綽々としてて……こっちは気分が悪いですわ……! 体さえ自由になれば……!」


「無駄よぉ、動けるだけでも大したものだわぁ」


「うぅ……そんなことはないですわ……人間か地人の肉をまた食べて力を蓄えれば……あなたたちなんてぇ」


「地人の肉を……食べる……?」


 森の女王の発言に珈々の表情はこわばり、さっきまでの余裕がなくなった。


「あなた、地人の肉を食べるとどうなるか分かってるの! 地人の肉を食べれば狂乱状態に陥って、理性を失ってしまうのよ! ただ単に肉を求めるだけの獣と化すのよ!」


 珈々の怒鳴りにも怖気づかずに森の女王は言った。


「そんなの……初めから分かってましたわ……でもわたしは人間も地人も殺さなければならない使命がありますの。そのためならこの命なんて……安いものですわ……!」


 そう言うと森の女王は懐から真っ赤な何かを取り出した。


「……! それは地人の心臓……!?」


「そうですわ……ここぞという時のために取っておきましたの……これを食べれば……!」


「止めなさい――!」


 珈々の声も虚しく、森の女王は心臓を口に入れる。その直後、先ほどまでフラフラだった森の女王は急に姿勢を正し、目が赤に染まった。


「……こうなっちゃぁ、手は付けられないわねぇ」


 遅かったか……と珈々は血走っていた瞳をいつもの細目に戻した。


「……仲間たち……あの者たちを殺してくださいまし」


 森の女王は珈々とナナに指を差す。すると、森の奥から蛾や蝶といった爬虫類たちが次々と現れた。


「……! 蛾もいるのぉ!」


 拒否反応を露わにした珈々はすぐさま、回れ右をしてナナの元へ走る。


「ナナちゃん、一旦退くわよぉ! 体勢を立て直さないとぉ! というか、蛾は無理ぃ!」


「え、あ、はい!」


 そう返事をすると、ナナは珈々におぶられ、その場を後にする。


「逃がしはしませんわよ……! みんな、あの方々を追ってくださいまし!」


 虫たちに命令をし、森の女王は逃げる珈々たちの後を追わせる。


「わたしに歯向かうものは人間だろうと……地人だろうと……上半師家の者だろうと容赦はしませんわ! それがわたしに課せられた……! 使命ですもの!」


 血で口元を真っ赤にしながら、森の女王は一人吠えた。

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