二話 救世主登場

 このままではまずい……。


 そう感じたナナであったが、抵抗は一切できなかった。少女の開けた口は、ナナの首筋から肩までを抉る大きさだった。少女のよだれがナナの肩に垂れ、絶命を感じた。


 その矢先――少女の目元に誰かが膝蹴りをくらわせた。音を上げる間もなく、少女は後ろに下がる。ナナはその呪縛から解き放たれたのだ。


「……ハァ……ハァ……誰?」


 今更、冷や汗が垂れるナナは後ろを振り返り、その人物を確認する。そこには珈々が立っていた。


「珈々さん!」


「一人でこんなところに来ちゃダメでしょぉ、ナナちゃん。全く、早く帰らせてげたってのにぃ」


 いつもと変わらない珈々の口調とその気だるそうな雰囲気にナナは安心し、珈々の元に駆け寄った。


「ふう、ちょっとの間、後ろに隠れててねぇ」


 珈々の忠告にナナはこくりと頷き、珈々の後ろで少女を見学する。


 先ほどの様子とは打って変わって少女は牙を見せながら、恐ろしい様相だった。珈々を天敵と感じたのか、少女は「せっかくの食事でしたのに……」と、残念がりながら構える。


「あなたがこの森で起きている行方不明事件の首謀者ねぇ、名前はぁ?」


「うーん、そうですわねぇ。『森の女王』とでも名乗っておきましょうかしら」


「あくまで本名は出さないわけねぇ……」


 珈々が身構えようとする。森の女王がそうはさせまいと急接近で距離を詰め、その鋭い歯で攻撃を繰り出した。珈々はその攻撃をかわし、少女の胴体に突きや蹴りといった反撃を行う。


 その攻撃は確かに少女の体へ当たっているが、少女は「う……」とか「ぐふっ……」とか言ったうめき声しか上げず、致命的なダメージが入っているような様子はなかった。


「……タフな身体ねぇ、地人と言えども今の攻撃で一般兵ならダウンしてると思うわぁ」


「わたしをそこいらの兵と一緒にされたら困りますわ。能力を出さずともこれくらいの基礎体力は持ち合わせておりますわ」


 おまけに能力者ときたかぁ……ちょっと面倒だなぁ。


 このままでは埒が明かない。と、珈々は森の女王との距離を離した。


「あら、これで終わりですのぉ? 呆気ないですわねぇ」


 残念そうに見せながら、森の女王はクイクイッと右手を仰いで挑発した。まるで体力の消耗がなかったかのような振舞いだった。


「珈々さん……」


 その一連を見ていたナナは心配そうに珈々の様子を伺った。


「別に諦めたわけではないわよぉ、ナナちゃん。相手が能力者と分かったから、こっちが先に能力を使ったほうが良いかなぁと思ってぇ、ちょっと距離を置いただけだわぁ」


「そ、そうだったんですか! 珈々さんの能力……!」


 まだ目にしたことのない珈々の能力にナナは期待に胸が膨らんだ。


「ただねぇ、ナナちゃん。これから見せるお姉ちゃんの様子を見てぇ、お店で引いたりしないでねぇ」


「え、あ、はい!」


 唐突な約束に戸惑いながらも、ナナは元気に承諾した。


 珈々はそれにニッと笑い、前屈みになり、大人びている彼女に反して口を大きく開け、はしたなく舌を出した。その舌は徐々に長くなり、珈々のおへそくらいの位置まで伸びた。


「………………!」


 予想外の能力にナナは声を荒げそうになるが、両手で力強く口元を抑え、放つのを阻止した。


「なんですの! その能力! 面白そうですわぁ! 一体、その舌で何をしますのぉ!」


 珈々の変わりように意気揚々と興味を示す森の女王は邪悪な笑顔を見せながら、口を開いて珈々に接近する。


 珈々は接近する森の女王に対して、舌を伸ばす。舌は珈々の操作によって、距離を伸ばし、森の女王が珈々に差し掛かる3歩手前くらいで衝突する。


「そんなに長ければ素早い行動がとれないのではありませんのぉ?」


 森の女王は舌の先端目掛けて齧り付こうとする。しかし、舌は瞬時に短くなり、森の女王の噛みつきは空を切る。


「――速い!」


 そしてまた長さを伸ばし、後ろから前へ、後ろから前へと森の女王の体を縛り上げた。


「くぅっ! 捕まってしまいましたわ!」


 手もがんじがらめにされ、森の女王は身動きが取れなくなった。


 その様子を確認して、珈々は右手の指を鳴らす。そうすると、珈々の舌全体が黄色くなり、硬直した。その矢先、森の女王は「ああああああ!」と悲鳴を上げる。


 一体何が……。


 後ろから窺がっているだけのナナには当然理解できなかった。


 森の女王が音を上げてから、1分後ほどにその縛りは解かれた。森の女王はぐったりとし、その場に倒れ込んだ。


 舌をスルスルと口の中にしまい込んだ珈々は「ふー」と深呼吸をし、ナナに説明した。


「お姉ちゃんの舌にはぁ、敵を痺れさせる効果があるのぉ。もしかしたら、しばらくは動けないかもねぇ」


 悪戯に微笑む珈々に、ナナは悪寒が走った。

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