九話 変わったよ

 夕刻。太陽がそろそろ日を落としそうな頃、入り口の引き戸はガラガラと音を出しながら開いた。


「いらっしゃ――なんだ、香花か」


「なんだとは何よ、一奈。あれから調査に進展はあった?」


「いや、何にもないね。僕も珈々も、これといった情報は1つも出てこなかったよ」


「……そう」


 上半師からの依頼から、もう一週間は経っている。あれから交代制で毎日、香花、珈々、一奈は決まった時間に蝶の森を巡回しているが、これといった異変は起きなかった。まるで自分たちを何かが警戒しているような、そんな感じだった。


「本当にあそこで異変なんか起こってるのかな。上半師の情報もあてにはならないね」


 番台の上から文句を垂れる幼女。この小さな女の子こそがこの銭湯の女将、魂宿一奈だ。店を一人で切り盛りしながら、森の巡回をするのは彼女にとってストレスらしい。


「最近はお客さんも増えているからさ。勘弁してほしいよ」


 珈々のカフェとは違って、一奈の銭湯は繁盛していた。だが、地人のお客さんが増えたわけではなく、毎日多忙で癒しを求める人間たちが増えた影響のため、栄えているらしい。


「私や四八目と同等の力を持っている人間なんて、珈々とあんたくらいしかいないの。厳しいだろうけど、助けて頂戴」


 上半師の情報からもし、今回の事件に黒幕がいるとしたら、相当な手練れだと推測できる。兵数人で調査に行って一人も帰ってこないとのうわさも香花の耳には入っているし、実力のある者にしかこの調査は任せられなかった。四八目はいまだ負傷中のため、頼ることができない。


「……まあ、無関係な仕事ではないからさ、僕も合間を縫って森の調査には行くよ」


「ありがとう」


「…………君、本当に変わったよね。前まではお礼なんてごく稀にしか言わなかったのに。最近じゃあ、よく耳にするね」


「そうかしら? 一奈が気付いてなかっただけじゃなくて?」


「いや、心なしか明るくなったと思うよ」


「それは良いことじゃない。私自身もそういわれると嬉しいわ」


「そうなんだけど……君が……遠くに行ったような感じがして……僕はあまり馴染めないかな……」


 一奈は少しシュンとした表情を見せた。褒めたはずなのに、一奈の顔色は暗かった。


「……一奈」


 一奈のリアクションに香花は少し笑いながら弁明した。

 

「私は私、不死川香花よ。無理もしてないし、遠くにも行ってないわ。いつだってあんたの仲間よ」


「そ、そうだよね。ごめんね、変なこと言ったりして。せっかく来たんだ、一風呂浴びていってよ」


「……せっかくのところ申し訳ないけど、もうナナが帰ってきていると思うから、今回は遠慮するわ。ごめんね、一奈。また、ナナと一緒に浸たりに来るわ」


「そ、そっか、分かったよ、香花。それじゃあ、またね……」


「うん、またね」


 そう、挨拶を告げると香花は銭湯の引き戸をピシャッと閉めた。


「…………やっぱり変わったよ、君は」


 一奈はまだ浮かない顔をしたままだった。


 ……………………


 それからまた一週間が経過した。が、未だ蝶の森での行方不明事件についての手掛かりはゼロだった。

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