七話 戦闘欲求

「条約と言っても簡単じゃ。わっちたち、地人はお主ら人間を食わないと約束する。ただ代わりに、お主らにはわっちが抱える問題ごとを押し付ける。それをお主らが片付ける。どうじゃ? お互い損はないじゃろ」


「な、何をおっしゃいますか! 女王様! 人間と我々が手を組むなど――!」


 反論を申し付けてきた兵の首を上半師は容赦なく切り落とした。無気力に遺体が地面に倒れ、兵士がまた悲鳴を上げる。


「……わっちは今、珍しく機嫌がいい。それを遮ろうとするな。不届き者は味方じゃろうと容赦なく、切る。主らもそれを覚えておけ」


「は、はぁっ!」


 上半師の威圧に支配され、兵は同意する。


「それでどうじゃ? 条約は?」


「……口約束でしかないわ。私たちはそれを信じろと……?」


「この状況じゃ、致し方ないじゃろ。それにお主らがどうこう言える立場ではない事、お主が一番分かってるじゃろう?」


「……断ったら?」


 そう香花が訊くと、上半師は太刀の先端をナナに定めて言った。


「殺す。わっちから言い始めた時点でお主らに拒否権はない。先程も口にしたが、わっちは今とても機嫌がいい。だからそのような冗談、一度は聞き流してやるが、二度目はないんじゃぞ」


 笑みを浮かべて条約を口にした時とは、変わって上半師の声はやたら低く、無表情だった。雨でぬれた長い金髪の中で浮かべられたその冷酷な表情を香花は目にした。


 無論、倒れ込んでいるナナが上半師の剣を避けることなんてできない。


 香花はその条件を呑むしかなかった。


「……分かったわ。言われたとおりにするから……私たちを見逃して頂戴……」

 

「おお、その言葉を待っていた。なに、わっちとて鬼じゃない。人間どもと違って嘘はつかぬ」


 そう言うと上半師は、太刀をナナの標準から外し、風呂敷に納めた。


「……1つ聞かせて」


「うむ、なんじゃ?」


「……なんで急に条約を持ち掛けたの? あんたはもう……私を殺せるのよ……。それなのに……どうして……兵からも反感を買うような条約を……あんたから提案したの?」


 香花の疑問を聞いて、上半師は始めて納得したらしい。


「確かにそうじゃな。あれだけ嫌っておった人間へ急に条約を結びつけるなんて些か急展開じゃったな。……まあ、お主らが惜しいと思ったまでじゃよ」


「惜しい?」


「ああ、わっちは強敵が欲しいんじゃ。心の奥底を満たしてくれるものは結局戦いでしかないんじゃ。お主はそれに成りうる。だから今はまだ殺さずに生かしておくってわけじゃ。地人が人間を食べないという条約はお主らが死に急いでわっちに歯向かってくることのないようにする抑止力じゃな」


「……その結果……遠い先……私に殺されても文句は言わないでしょうね?」


「ふふ、そんなことまずあり得ぬが、戦いの中で死ねるなら本望。案外、お主以外の奴がわっちを討ち取るかものう」


 上半師はナナに指を差した。


「彼奴の能力は逸材じゃ。このわっちでもあれほどにスケールのでかい能力は目の当たりにしたことがない。上手く伸ばすのじゃな」


「……余計なお世話よ」


「ははっ、じゃあのう。また頼みごとがあるときは早馬を遣わせる。側近の兵よ、皆に撤退の命令じゃ」


「はっ! 皆、撤退ぃ!」


 その兵の声にあちこちで笛が鳴らされ、上半師の軍は霧雨の中、徐々にどこかへと消えていった。


「……みんなに……知らせなくちゃ。……それにナナも……」


 懸命に立っていた香花は安堵からか、その場に倒れた。雨が降る泥の中、香花はそこに感じる自然が何故か心地よかった。そうして深い眠りについた。


 珈々たちが香花とナナを見つけ出したのはしばらく先のことだった。


 ……………………


 ふとした瞬間にでもあの時のことを思い返してしまう。


 上半師と香花との間には、見当もつかないほどの距離があった。あの絶対的な能力、殺しても蘇るという安易さ。あの能力を発動している最中も上半師は一度も汗を掻いてはいなかった。


 能力の威力と体力の消費量は比例する。だが、強力なその能力を使っても上半師は苦悩を顔にしなかったのだ。


 奴は不死身なのか? あの能力を幾度も使うことが可能なのか? だとしたら、何故初めから殺されようとしなかった? こっちに絶望を押し付けるためにも初めから死んで生き返る様を見せたほうがより効果的であろうに……。本人が言っていたように生き返ることは慣れない事だったから……それが嫌だったのか? 戦意を喪失する前の全力で挑む敵と戦いたかったからか? それとも……能力が発動されることに条件があるとか……そうだとすればそこに付け入れば奴を倒すこともできるのでは……ただその条件とは……。


 思考が迷宮入りとなった香花は目を閉じ、じっとそのことを考えていた。


 馬車は刻一刻と城に近づいていた。

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