六話 上半師の能力
香花は馬車の中にいた。この堅苦しく狭い個室で、振動を感じることかれこれ二十分が経過していた。
この馬車が向かっている場所を知る香花はどうにも明るい気分にはなれなかった。出荷される家畜たちはこんな気分なのだろうかと鼻で笑った。
香花が向かってる場所は上半師の城だった。
今朝、急に兵が香花の家を訪れ、「上半師様の命令だ。来い」と半ば強制的に馬車に乗せられたのだ。ナナに気づかれれば心配をかけるので、有無も言わずに香花は馬車へ乗った。
もちろん、用件は依頼の話だろう。話だけであれば手紙を送ったり、伝言を伝えればいいのに……やたら時間を掛けさせる。おかげで急遽、香花は仕事を無断欠勤する羽目になった。
馬車には窓もついておらず、ただ何も考えずに時間だけが過ぎていった。こうしてボーっとしていると嫌でもあの時のことを香花は思い出す。
上半師との決戦の時を。あの時、確かに香花は上半師の首を落とした。ナナが発動させたであろう能力のおかげで。それなのに奴は生きている。それこそが上半師の能力なのであろう。
今でも脳裏に焼き付いていて離れない。落ちた頭が時間をかけ、上半師の胴体に戻っていくトラウマが。
……………………
時は戻り、1、2か月ほど前。
上半師をついに討ち取った香花。だが、想像を絶するほどに体力は底をついていた。
上半師を討ち取った香花は体の重さに耐え切れず、膝を着いた。
「はぁ……はぁ……このままじゃあ……まずい……! 早くナナを連れて退かないと……!」
今の状態では戦うどころか剣を持つことすらできるか怪しかった。上半師撃破を成し遂げた今、香花の目標は帰還へと変わっていた。兵士たちがざわついているこの時しか好機はなかった。
しかし……。
「死ねぇ! 女王様のかたきぃ!」
いち早く香花達に気力が残っていないと知った兵がこちらに迫り、剣を振りかざした。
ちぃ――! 気づかれたか! 上半師を倒したのに……! ここまで……か……!
そう観念した香花だった。だが次の瞬間。
「待て」
誰かの声が聞こえ、その指示に従って兵は剣をぴたりと止めた。
「そんな……馬鹿な……」
一命をとりとめた香花だったが、それ以上にその声の主に驚かされていた。聞き間違いでなければそれは確かに……上半師の声だった。逆上していた兵に命令を言い聞かせられることができるのは上半師しかいない。兵もその声を確信していたのだ。
倒れていた首のない遺体がゆっくりと体制を起こした。まるで生きているように、何事もなかったかのように、うつぶせの状態から手と膝を使い、立ち上がり服についた泥をはたき落とした。
「ひ……ひぃ……!」
その光景に敵兵の数人が悲鳴を上げる。
香花もただ息を飲み、その光景を黙って見る他なかった。目を疑いたくなるような恐怖がそこにあった。
そうして泥を払い終えた胴体の次に、今度は頭がふわりと浮き上がる。さっきの巻き戻し現象とは違って、落ちてきたコースを辿らず、ゆっくりと衝撃を抑えるよう円を描いて胴体に戻る。そして、首と胴体がつながった。
いつの間にかに瞑られていた目は、首がつながった瞬間に開眼した。
「ふぅ……やれやれ、やはり生き返るのはどうしても慣れんのう……。そうは思わぬか? 不死川とやら」
「ば、化け物が……!」
香花は現実を受け止めきれなかった。あの瞬間、上半師を討ち取るまでどれほどの時間と労力、犠牲を費やしたことか。それがぬか喜びで終わったのだ。
だがしかし……ここで立ち止まるわけには……! もう立ち上がることも困難なその足を無理矢理奮い立たせて、体のSOSを無視しながら香花は立ち上がる。
ナナがこの場にいる現状、香花の死はナナの死に直結していた。
……だからせめてナナだけでも!
「ふむ……まだ立ち上がるか。本当にしぶとい奴じゃ。だがそのなりではもう挑むどころか、剣もとれないじゃろう?」
図星だった。膝に手を当てながら立ち上がる香花はもはや置物でしかなかった。降り注ぐ雨にですら、抵抗できなくなっていた。
「やはりな。わっちを一度殺したのは見事じゃった。が……これ以上の体力は無しか……。このままお主らを殺せば、人間どもにも絶大なダメージになるが……どうじゃここはひとつ条約でも結ばぬか?」
「……条約?」
「ああ、条約じゃ」
らしくない上半師のセリフに香花は耳を疑った。上半師は香花を見つめ、意地悪に八重歯を光らせて笑っていた。
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