二話 強くあれ

 レシピとのにらめっこを繰り返してようやく、ドクミドリは完成した。その間も魔女は微動だにもせず、にんまりと調理過程を眺めてくるものだから非常にやりづらかった。


「ふっー……」


 作り慣れていないドリンクであったことと、久方ぶりの調理でナナは一品仕上げただけで大きくため息をついた。


「お疲れ様ー、君お客さんの前だっていうのにずいぶんと遠慮ないね」


「あ、す、すみません……」


「いいんだよ。ありのままの君が好きだから」


 ……もしや口説かれているのだろうか。絵本に出てくる王子様のような発言に「あははは……」と軽い愛想笑いを返し、ドクミドリを魔女の前に出した。


「お待たせいたしました」


「おお、待ってたよ。ふむふむ」


 上下左右からそのまがまがしく緑を帯びたドリンクを魔女はのぞき込む。


 調理していて再認識したが、やはり一般の味覚には受け入れがたいものだった。材料も何やら不気味なブツブツとした果物だったり、昆虫をすりつぶして編み出したような謎のエキスであったりと到底人間が飲むものとは思えないラインナップだった。


 これが好物である四八目もおかしいが、これを生み出した珈々もまた頭のねじが外れている。自分の恩人が香花であったことに調理時のナナは安心していた。


「……見た目は確かにおいしくなさそうだね」


「だから言ったじゃないですか」


「でも! 飲むまでは断定できないよ! いただきます! 南無三!」


 思いっきり南無三って言っちゃってるし……。


 勢いよくズズッとドクミドリを飲む魔女を少し引きながらナナは眺めていた。こればかりは愛想笑いもできない。


 ゴクッゴクッゴクッ……! 魔女は勢いを殺さずに飲み続けた。


「…………あれ?」


 そろそろ限界がきて吐き出す頃合いだと思っていたが、魔女は口からドクミドリをぶちまけることはなかった。それどころか、魔女はグラスを大きく自分に傾け、ペースが落ちることなくドクミドリをついには飲みほした。


 ドン! グラスを強く、カウンターに置き、魔女はふーふー……と息を切らした。


「あのう……お客様……?」


 恐る恐る魔女の顔色をナナは窺った。


「……まい……」


「えっ?」


「美味い! なんだこの飲み物は!」


 えっ! う、嘘だ!


 味わったことのない幸福感に笑顔が絶えない魔女を見て、ナナは余分に作った少量のドクミドリを指ですくい、舐めた。


 ――うげ……、舐めただけでも強烈な不快感だ……。


 口に含んでから食道に運ぶまで、全てが不味かった。変わらないいつものドクミドリだ。


 まさか四八目以外にこのドリンクを好む人がいるとは……。世界の広さにナナは驚いた。


「いやはや、ありがとう! こんなに美味いものを作り出すなんて君は料理の天才だよ!」


「い、いえ……そんなことは……」


 謙遜しながらも心の奥底では少し嬉しかった。


「ほんとありがとう!」


 魔女は立ち上がり、カウンター越しに右手を伸ばし、ナナに握手を求めた。その要望に応え、ナナは魔女の手を握る。背が高い魔女の手は想像した通り、ナナよりは大きくて、冷たいドリンクを飲んだ後なのに暖かかった。


「君、名前は?」


「……ナナって言います」


「そうか、ナナか……いい名前だ」


 香花からもらった名を褒められてナナも自然と笑みを浮かべた。


 その直後だった。魔女はするりとナナから手を放し、悲痛を表情に浮かべながら「うっ……うっ……」とその場で屈んだ。


「え! だ、大丈夫ですか!」


 急いでカウンター越しから魔女の元にナナは駆け寄る。しゃがんで魔女の様態を伺うと「大丈夫……よくある発作さ……」と額に汗を流しながら笑っていた。


 それから魔女に肩を貸し、カウンター席に座らせた。


「いやぁ、悪いね……迷惑かけちゃって」


「いえ、全然……失礼かもしれませんが、持病をお持ちなのですか?」


「……まあ、似たようなものかな。生まれつきね、そういう体質なんだよ……。ははっ、困ったものさ」


 シンクに向かってグラスを洗いながらもナナと魔女の会話は続いた。


「……ナナ君って言ったね。どうして君はこのカフェで働いているんだい?」


「……そうですねぇ。私、つい数か月前にこの島で発見されて……記憶がなくて困ってたんです。そんな私を支えてくれている人がいて、その人、すっごい面倒見がよくてですね。その優しさに甘えてちゃだめだなって……こうしてカフェで働かせてもらってます」


「そうなんだ……そんな君にアドバイスをしよう」


「アドバイス……ですか?」


 グラスを洗いながら、魔女に背中を見せた状態でナナは首を傾げた。


「ああ、君を支えてくれている人を君は助けたい……そのためにはナナ君自身も強くなる必要があるよ」


「強く……ですか」


「そう、強く……さ。きっと近いうちに機会が訪れると思う。……その時は周りに流されず、自分の意志を貫くこと。それがアドバイスさ」


 なんだかインチキ占い師のようなことを吹かれた。


「分かったかい?」


「え、は、はい!」


「いい返事だ。その反応から察するに君はその人のことをとても好いているようだね」


「え……分かります? 実はその人、仏教面で怒りっぽくて怖い人なんですけど……親しんでみると心配性で過保護ですごい優しい人なんですよね。それに……何に対しても頼りになるし……とっても強くってですね――」


「…………ナナちゃぁん」


「あ、珈々さん。おはようございます」


 声の方に視線を向けるとそこには欠伸をこぼしながら瞼を擦る舌間珈々がドアの向こう側から顔を出していた。つい今、起きて着替えもせずにカフェのドアを開けたらしい。


「あまりにもお客さんが来ないからってぇ……一人でのろけ話をするのはぁ……さすがのお姉ちゃんも心配になっちゃうわぁ」


 寝起きだからだろうか。いつも以上にその語尾は長くねっとりと伸ばされていた。


「べ! 別に独り言言ってたわけじゃないですよ! 後ろにお客様が――! って……あれ…………?」


 恥ずかしさで真っ赤になりながらグラスを置き、後ろを振り向くナナの視界に魔女はいなかった。


「え、嘘……? ついさっきまで話してたのに」


 魔女が座っていた席には代金と思われる金貨が一枚、光を反射させていた。

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