十四話 退けよ
「痛ぁ……」
地面に落ちた直後、痛覚を覚えたナナだったが、衝撃ほどのダメージを負ってはいなかった。強く弾き飛ばされた割には、目立つ外傷も体部を抑えるような激痛もない。
「ぶ……無事か……」
Bを視界に入れたとき、ナナは自分の無力さを知る。Bは頭から血を流しながら仰向けで横たわっており、首元まで血で真っ赤になっていた。
「B! ち、血が!」
一目散にBの元へナナは駆ける。流血を何とか防ごうと自分の裾をちぎろうとするが腕力がなく千切れない。
「ガッハッハッ! 一石二鳥ってなぁ!」
ナナたちが吹っ飛ばされた位置からけたたましい声が響く。声の主は身長が二メートル近くある大女であり、腕が太く身長同等くらいのハンマーを所持していた。それを片手でぶん回した後、ナナたちに見せつけこう言った。
「我が名は
勇ましい啖呵を切り、武鉄は仁王立ちをした。くそ、あと少しなのに! あの円を描いたサークルにたどり着くにはどうしても武鉄を超える必要があった。
「ちっ、もう少し……なのによぉ」
「B、ごめんなさい。私なんかのために……わがまま言ったばかりに……私のせいで怪我までさせちゃって……」
無力な両手を握りしめながら涙を浮かべるナナ。涙は瞳からこぼれ、Bの頬に垂れる。
「泣いてる場合じゃあ……ねえだろ……」
ふらふらと立ち上がるB。肩でやっと息をしながら風に吹かれれば倒れそうなほど弱弱しい姿だったが、その目つきはナナを追い払ったあの時の鋭さだった。
「B……大丈夫なの?」
「大丈夫かそうじゃないかと訊かれちゃあ……もちろん大丈夫じゃねえ……俺の体は本体とリンクしてるから……俺の痛みは本体にも影響を及ぼす……今頃苦痛で藻掻いてるだろうよ……」
「へへっ」と嬉しそうに笑った後、ため息をついて言った。
「だから……俺が死んだら……本体もお陀仏って……わけさ。それだけは……さけなくちゃなぁ……」
「そ、そんなぁ! 危ないよB! 一刻も早く、珈々さんたちのところに戻って治療しないと!」
「そんな暇ねえだろ……香花までは後ちょいだ……あのデカ物を退けるから……おめえは先に行け……」
「無茶だよ! その身体じゃあ! 全部……私のせいなんだ……! だからBにはこれ以上傷ついて――!」
「自分の意思で言ったことを簡単に曲げるな!」
力強く大声でBは叫んだ。Bは武鉄の方へと足を運ぶ。
「香花の力になりてえ……そう言ったよな……? ナナ。だから俺は分身として遣わされた……俺はおめえを香花のとこまで届けなきゃあ……本体に顔向けができねえ……!」
「B……」
今にも倒れそうで生まれたての小鹿のように足は震えており、ナナを担いでいた時のような元気もない怪我人だったが……Bは気迫に包まれていた。それに背中を押されたナナは応える覚悟をした。出発の時はあんなに歪んでいたBが四八目の分身であることを誇らしく語り、真っ赤な顔でニッと笑った。何1つ突破できる根拠がないのにナナはBに不思議と期待していた。普段の言動、行いに目がいきがちだが……頼れる存在だった。
「B、お願いがあります」
「お願い……? 死んでも退けろとかか……?」
「いや、約束」
「約束?」
「香花さんは私が助けます。だから、その後に四人でご飯食べましょう。香花さんと私と四八目さんと……Bで」
「へっ……それ俺がいる意味あるか? 本体がいるんだしよぉ……分身作んのだって大変なんだぜ……」
「それでもですよ」
「……ナナにしては強情なこった」
「ダメでしたか……?」
「いや……お前にしちゃあ珍しく意味のないことで……俺は好きだぜ」
会話で英気が戻ったわけではない。それなのに、Bの立ち振る舞いはそこはかとなくピンとしていた。Bは再び武鉄へと足を運びだす。
「ナナ……ついてこい。あのデカ物は俺が退ける」
「はい」
そう返事をし、ナナはBの後ろについていく。
「おそらく一瞬だ。そのあとは振り返らずに香花の元へと走れ。何があっても……絶対に……振り返るな」
「……わかりました」
何があっても……か。Bが何をしようとしているのか、ナナは知らなかった。ただ身を犠牲にするような大胆な作戦であることは薄々感づいていた。でもBに託した。ナナがどう言ったって自分の意見を覆すことはしないとわかっていたからだ。
退屈そうな顔をした武鉄が前についたハンマーへ体を預けながら欠伸をこぼした。わかりやすく慢心している。対して、Bとナナはこわばった表情で距離を詰める。そうしてBと武鉄の距離は互いが手出しできる可能域へと達した。
「おいデカ物。そこ退けよ」
「ふん、お前たちが女王様と人間の戦いに加勢しようとしていることは分かっておる。そんな目障りな虫をわざわざ女王様に近づけるわけがなかろう! 通りたくば、我を退けよ!」
武鉄がハンマーを両手に振りかざし、Bへと接近した。
「死ね! 人間風情が!」
Bは構えた。
「ナナ……すこし離れろ。そして、さっき言った通り道が開いたらすぐに行け!」
「び、B! 武鉄がもうそこまで――!」
「分かったか!」
「は、はい!」
ハンマーで殴られた怪我人とは思えない声量だった。だが、次に発した言葉はとてもやさしい声だった。
「香花を……頼むぜ」
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