十二話 その太刀、大地を割く

「さすがは上半師様!」


「反逆者はもう虫の息です! 上半師様、その者に正義の鉄槌を!」


「やはり上半師様こそが我ら兵を従える唯一の王!」


 幾百の兵が見物する一騎打ち。兵士たちの声援が増すにつれ、香花の体力は倒れそうなほどに枯渇していく。


「人間風情が! 我が王に歯向かったことを後悔しろ!」


 兵は野次とともに石を飛ばし、香花の顔に当たる。だが、香花は身体も心も痛くはなかった。それどころじゃない。周りの声に一切耳を傾けずに香花はどうしたらこの戦況を好転できるか、必死に思考を研ぎ澄ましていた。


「ふふ、怖い顔をしておる」


 香花の気迫に怯えることもなく上半師は優雅に扇子を仰ぐ。


「どうじゃ我が国民たちの怒り、受け取ったかのう? この国唯一の汚点である人間に向けられた嫌悪、怒りが一斉におぬしに向けられておるのじゃ。この勢力差からおぬしがわっちの首を討ち取るのは到底不可能じゃあないかのう……」


「ハァ……ハァ……」


 香花は肩で息をしつつも上半師に刃を向ける。


「不可能かどうかは……ハァ……まだ分からないでしょ。私は必ず……あんたの首をとる……たとえ命が尽きよう……ともね……」


「おかしな奴じゃ。そんなボロボロの身体で何ができよう。そもそもおぬしはなぜわっちの首を狙う? おぬしほどの力量であればわっちから身を隠して生活することもできたじゃろうに。何故じゃ、何故こうまでしてわっちの首を狙う?」


 兵たちの声援、香花への罵詈雑言の中、上半師は香花に問いかけた。上半師は地人こそが食物連鎖の頂点であると考えていた。だから人間以上に清楚で優れていなければならない。逆に人間はずるく汚くなければいけないのだ。だがこの目の前にいる香花はどうだ。仲間のために自分を犠牲にして打ちのめされても立ち向かってくる。それが許せなかった。人間は絶対的に愚かでなければ上半師は気が済まなかったのだ。


「……あんたからしたら変なことかもね。……でもね、私には守らなくちゃいけない先代の思いや……人がいるの。守るべき存在ってやつよ」


「守るべき存在?」


「そうよ。そいつは不器用で弱くて頼りなくて心配性で内気で自虐性などうしようもない奴……だけど、誰も傷つけたくないと祈れる人間なの」


「……くだらぬ、そんな人間一匹のために貴様は命を落とせるのか」


「いいえ、落とさないわ。彼女を一人にはできないの。だからあんたを倒して迎えに行くわ」


 ふらつきながらも香花は構える。もはや奇襲の時、同等の威圧感はない。だが、死人のような執着心と粘り強さがある。上半師は厄介さを感じていた。


 その香花が癇に障ったのか、上半師は扇子を仕舞、空いた右手を側近の兵に見せつけるようにお手の形で合図を送った。それを見た兵はすぐさま背中に背負っていた長く細い風呂敷を上半師の手に置いた。


 上半師が風呂敷の先を持った瞬間、それはひらひらと自然に解かれ地に落ちた。中からは上半師の背丈同等の長さを誇る太刀が光り輝いて姿を現した。


「貴様の戯言に耳を傾けておると虫酸が走る。気が狂わん内にその鬱陶しい口を黙らせねばならん――のう!」


 上半師は言い切る前に香花との距離を雷鳴の速さで詰める。常に警戒態勢だった香花は反応に遅れることなく、予測個所に剣を運ぶ。左わき腹の狙い、これなら防ぐことは可能!


「甘いわ!」


 その反応を見た上半師は剣の振りをやめ、逆の右わき腹に蹴りを入れる。


「――ぐっ!」


 咄嗟に足腰で踏ん張りを入れる香花だが、その蹴りの威力を受け止めきれず、地面と平行にぶっ飛ばされる。


 ――なんて力!


 仲間内での力比べには絶対的な自信があった香花だが、上半師の脚力はその上をいっていた。


 両足で地面に踏ん張り、威力を落とす。威力を弱めながら痛みのあまりわき腹を抑えようとするが、その手ですぐに剣を持った。上半師の太刀はもうすぐそこまで振り下ろされていたのだ。


 ――! ――あぶなっ!


 間一髪、剣で刃を受ける。衝撃で刀は火花を散らす。どっしりとした上半師の重い太刀が剣で受けながらも、徐々に香花の頭へと迫る。筋力の差に位置関係も相まって、上半師の太刀は鉛のように重い。この状況、長くはもたない。そう見込んだ香花は刃を滑らせ、受けながらも後ろにステップした。鍔迫り合いが終わり、上半師の刃は地を削る。


「ほう、ゴキブリ並みのしぶとさじゃのう」


 呼吸を荒げながらも香花は驚愕した。太刀が落とされた地面は三メートル先までぱっくりと割れていた。


 ……まずい、ここまで力量差があるなんて。


「絵空事を抜かしておった時ほどの威勢がないのう。だんだんと余裕もなくなっておるわ。まあ安心せえ、おぬしだけではない。おぬしが守ろうとした奴全部纏めて、わっちがあの世に送ってやるわ」


 上半師は再び太刀を構える。香花は汗を垂らし、緊張と不安を胸に閉じ込めながら臨戦態勢に入る。


 ――くそっ! どうすれば!

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