八話 少女はあきらめが悪い

 やはり四八目さんだった。砂煙で前がろくに見えなかったが、こっちの方はやけに敵の悲鳴が大きかった。確信はなかったが、淡い期待を胸にナナはこの戦地に赴いた。周りの血生臭い光景を無視しつつ、かつ迅速でまっすぐに進路を確保しながらこの場所までたどり着いた。


「四八目さん!」


「ナナ!」


 こちらを確認し、手で敵を押しのけながら四八目はナナとの距離を縮めようと動く。


「四八目さん! 香花さんのところまで連れて行ってください!」


「どうしておめえがここに! って馬鹿! あぶねえ!」


「えっ」


 ナナの背後から兵士が顔を出す。


「人間風情が! 死ね!」


 振り下ろされる刃。鉄が反射してナナの顔を映す。四八目に会えた安心感から周りへの警戒心を怠ってしまった。長く感じられるその一秒間に、ナナは香花の笑顔が浮かんだ。なるほど、これが走馬灯というやつか……納得がいく。自分は頭から股まで真っ2つになるんだと。肩の力が抜ける。


「あきらめんなぁ!」


 ナナを襲う兵に四八目は正拳突きを喰らわせる。


「ふっぐ」


 耐え切れず、兵士はダウン。ナナはぎりぎりで一命をとりとめる。


「――――ハァハァ」


 助かったのか……四八目が近くにいたおかげでナナは敵からの攻撃を喰らわずに済んだ。極度の緊張と熱い旋風にナナは尻を着いた。


「大丈夫だったか! ナナ!」


 前から四八目が駆けつけた。……あれ……四八目さんはたしか私の横に。そうナナの右には兵をぶっ飛ばした四八目がいて、だが四八目は前からも現れた。ナナは横を向く。そこには四八目がいた。そして前を向く。そこにも四八目がいた。


「四八目さんが……二人……?」


「説明は後だナナ」


 正面の四八目が言った。


「おめえなんでここに来た? どうしてまだ俺たちに関わろうとする? あんなに傷つけられたのによぉ」


 いつもは能天気な四八目の顔がこわばった。カフェの前と同じ緊迫感だ。それと戦場の空気が入り混じってナナは口ごもった。その反応に四八目は「チッ」と短く舌打ちをしナナに背を向け屈んだ。


「ここじゃあ落ち着いて話もできねぇな。乗れ」


「え、あ……はい」


 言われるがままにナナは四八目の背に乗った。


「そういうことだ『分身』。俺たちは一度戦場から離脱する。この事を珈々に伝えといてくれ。お前はそのあと参戦しろ」


「ちぇっ、面倒ごとは全部俺に振んのかよ。無理しすぎてこっちまで気が回らなかったら承知しねえからな。俺の体とおめえの体はリンクしてること、忘れんじゃねえぞ」


「分かってらぁ、ったく自分に説教されるのだけはいつまでも慣れねえなぁ」


 四八目と四八目が会話していた。その奇妙な風景にナナは頭を抱えだした。……私夢でも見ているのかな。


「じゃあな、怪我すんじゃねえぞ」


「うるせえ、余計なお世話だ」


 しっしっ、と手で払う四八目の分身(?)に目を向けることもなく、四八目は猛スピードで草陰へと突っ走った。


 は、速い! 重力で首が持っていかれそうになる!


「ちょっときついかもしれねえが、我慢しろ」


 返事もできないナナだったが、草陰まではそう時間はかからなかった。道中、敵に何度も剣を振られたがその度に背中をよじったりし回避。おかげでナナには傷1つなく、無事草陰へとたどり着いた。


 敵から追手が来ていないことを確認し、四八目はナナを木に放り投げた。ドサッと音を出し、尻もちを着くナナは「痛っ……」とつぶやき、腰を抑えた。四八目はナナの前にあるでかい岩の上に座り、太ももに肘をついた。


「んで、おめえはどうしてここに来た?」


「香花さんと会うためです」


「会うため? おめえが? バカも休み休み言え、今朝言っただろうが。今は戦争中なんだよ。おめえがいると香花の負担になっちまうんだ」


「……自分の身は自分で守ります」


 ――! 四八目は立ち上がり、ナナとの距離を縮めた。そして、胸ぐらを思いっきり掴み自分へと寄せた。


「自分で守りますだと! 兵の一人すら相手にできなかったおめえがか! おめえが香花と会ったところで迷惑なんだよ! 失せろ!」


「……確かにそうです」


「何?」


 四八目に持ち上げられ、俯きながらナナは答える。


「確かに私が香花さんのところに行ったって何の役にも立ちません。足を引っ張るだけだと思います……それでも私の知らないところであの人が苦しんでいる姿なんて、私想像したくないんです! 帰っている時、ガラスに映る自分の顔が惨めで情けなくて……でもそんな私を支えてくれたのが香花さんだったって気づいたんです! だから今度は……私が近くにいないと……! 力添えはできません、でも声をかけるくらいならできます! そこがどんなに危なかろうと私はあの人のそばにいたいんです!」


 四八目はハッとした。ナナの目が赤く染まりだしていた。ナナから出ている悔し涙が血のように流れ落ちていた。


「お前……その眼……まさか」


 もう適正化したのか? 四八目は前例のない出来事に唖然としていた。そんなことお構いなしにナナは四八目に訴えかける。


「お願いします、四八目さん! 私を香花さんの元に!」


 ――ごめんね、四八目。


 ふと、昔のことを思い出す。無気力だった自分があの人と離れた時の。苦くやるせないあの時を。


「……チッ」


 四八目はまた舌打ちをした。


「大切な奴がいなくなる苦しみは俺にだってわかる」


「えっ?」


「香花のとこに行って無事に帰ってこれる保証はねえぞ。それに……着くときには手遅れかもしれねえし、行ったって香花が悲しむだけかもしれねえ」


「分かってます。でも」


「それでも行くってことなら――」


 香花、わりい。


「俺に任せろ」


 約束、破っちまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る