三話 赤

 トボトボと砂道を歩いた。身体中が砂まみれで目には青あざができ、頬は赤く腫れ垂れていた鼻血が鼻下で固まっていた。おまけに喉は枯れ、視界もぼんやりとしていた。無理もない、あの猛攻で意識があるだけまだマシか。


 なのに何も得ていない。香花と話すことすら出来なかった。涙も出ない状況でナナはただ俯きながら歩いた。


 結局傷ついた。『初めから香花を追いかけなければこんな目に合わず、済んだ』なんて言い訳が過り、ナナは自分で自分を殴ろうとしたが、腕に力が入らなかったためやめた。上げることすら痛い。


 ナナは行き先すら思いつかないまま、砂道を戻った。帰り道にある銭湯からはなるべく遠ざかった。それなのに、薄っすら香花と初めて銭湯に来た時が蘇った。


「悪いわね、家に風呂がなくて」


「……いえ、私なんかを家に置いていただけるだけでありがたいです」


「そんなにかしこまらないの。……全く、すぐ自分を卑下するんだから。もっと楽しそうにしなさい」


「すみません、記憶がないもので……私って明るい人間だったのか、分からなくて……」


「ナナはナナよ。今も昔もないわ。あんたが笑いたいと思ったら笑えばいいし、泣きたいと思ったら泣けばいい。正直に生きたほうが後々楽よ」


「で、でも香花さん……そんなに表に出さないじゃ……」


「私は顔に出ないだけよ。ちゃんと感情は豊かよ」


 そう言って香花は不器用に笑った。あまりにもおかしくてナナは笑った。


 そんなことを思い出したナナは心なしか少し笑って、離れていた銭湯へと少しづつ向かった。日光でガラスから反射した自分の顔が不細工で汚らしく見えた。惨めさからか、やっと涙が出始めた。そして、手で拭った。あふれ出てくるから止めようがなく、必死に拭った。その時、ある違和感に気づく。手が赤く染まっていた。


 血……? 違う、どうも感触がそれじゃない。じゃあ何? 水? 絵具を溶かした筆洗の水みたいなこれは……一体どこから?


 ある予感が過り、手を瞼にあてた。予感は的中した。得体のしれない何かはナナの瞳から出ていた。涙の代わりに。


 何これ……。同様のあまりガラスを鏡の代わりにして自分の顔を見た。映っていたのは真紅の瞳を持つナナが、真っ赤な涙を流す様子だった。

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