第30話 押し問答

 月が明かりに照らされる林でアリシアは周囲を見回す。


「リコちゃんの地図とメモだとこの辺にいるはずなんだけど……ん? アレかな?」


 林の奥に見えた火花のような光を目指してアリシアは歩みを進める。


「何これ?」


 光は林の奥にある開けた場所にあり、そこには2メートルくらいの謎の白い毛玉とそれを一心不乱に啄くコケトリスが確認される。

 光の正体は啄いた際に出る火花だった。


「よくわかんないけど……ま、いっか」


 堂々とコケトリスに近付き体をよじ登っていくアリシア。当のコケトリスは毛玉を啄くのに夢中で全くアリシアに気付いていない。

 コケトリスの背中まで来たところでアリシアは座り込んで考える。


「うーん……とりあえず登ってみたけど、ここからどうしよう。この大きさだと殺っても私1人じゃ血抜きするのは難しいだろうし……」


 コケトリスの息の根を止めたとして、速やかに処理しないと腐敗や臭いで肉の質が落ちる。しかし、現状ではニワトリを絞める手法の首を落として逆さ吊りにするやり方はサイズ的に吊るせるだけの大きな木や頑丈なロープも無い。

 腐敗が進む前に手早く内蔵を取り出そうにもアリシア1人では時間が掛かり過ぎてしまう。

 考えた末、アリシアは1つの結論を出す。


「気絶させて、持って帰ろ。そうとなれば……」


 結論を実行する為にアリシアはコケトリスの頭まで進んだ。


「結構揺れるなぁ。えーっと、この辺でいいかな」


 ひたすら毛玉を啄いて上下に揺れる頭のてっぺんに辿り着いたアリシアは足を開いて腰を落として重心を安定させ、


「せーのっ!」


 3割くらいの力で拳をコケトリスの脳天に振り落とした。


『コケッ!』


 拳の衝撃は凄まじく、コケトリスは短い悲鳴を上げて一撃で気絶して倒れた。


「これでよし!」


 コケトリスから降りて気絶を確認して満足気にしていると、


「何してんだ、テメェ!」


 甲高い声が聞こえてくる。

 声のする方へ視線を向けると毛玉が割れていて、その中に怒っている少女がいた。

 怒りながらアリシアへ近付いてくる少女は月明かりハッキリと姿が映し出される。

 まるで雪のような白くて真っ直ぐな長髪に猫を思わせる耳と尻尾。膝丈の薄い水色ワンピースに前開きの黄色いパーカー。顔立ちは可愛いが眉毛は短く、背丈はアリシアより少しばかり小さい。

 その少女はアリシアのところまでやって来ると、アリシアの胸元に人差し指を当てて顔を近付けてメンチを切った。


「誰?」


「ハクちゃんはハクア・ブランシュ! その鳥はハクちゃんの獲物だったわけ! 獲物を横取りすんなってこと!」


「私はアリシア。よろしくね」


 アリシアがニコニコして手を差し出すと怒っていたにも関わらず、つい笑顔を返して握手をしてしまうハクア。


「あっ、どうも、えへへ……そうじゃない! ハクちゃんは怒ってんだよ!」


「何で?」


「この鳥はハクちゃんの獲物……って、さっき言ったわ!」


「獲物? これ、私のだよ?」


「だーかーらー、ハクちゃんが先に手を付けたからハクちゃんのってわけ!」


「でも倒したのは私だから、私のだもん」


「横取りすんな!」


「横取り? 私が横取りならハクアちゃんも倒した私から横取りしてる事になるから、横取りどうしでお揃いだね」


「何言ってんだ、テメェ!」


 一向に話が進まないままアリシアとハクアの押し問答が続く。

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