第5話 むむむぅ〜!

 手ぶらで走った場合より速さが出なかったけど、普通の人間が走って3時間はかかる道のりを1時間程で駆け抜け、店に到着して作業場のある裏口から入り、アリシア達は荷を下ろして乱雑に置かれていた背もたれのないイスに腰掛けて一息つく。


「ちょっと疲れたね」


「オイラはこの程度なら平気だが、まさかアリシアが100キロの荷物を持てた上に終始走れたのには驚いたぜ」


「まーね、これくらいは出来なくちゃお肉屋さんは勤まらないよ」


「肉屋って、こんなに過酷だったのか……。ところで、何で急いで帰ってこようとしたんだ?」


「帰るのが遅れれば遅れるほどお肉の鮮度が落ちるから。この時間ならまだ皮とかを買い取ってくれるお店が開いてるから、売ったお金で魔石を買って冷蔵庫と冷凍庫を使おうと思って。それと……」


「それと?」


「こっちきて」


 アリシアはリコッタを連れて作業場から店内へ行く。


「これは……」


 足を踏み入れたリコッタは店内の状態を目にして言葉を詰まらせた。


「一応片付けたんだけど……私、片付けとか苦手で……リコちゃんに手伝って貰ってなるべく早く綺麗にしたくって」


「借金取りとのやり取りは聞いていたから多少は荒れていると思っていたけど……これは片付けたと言えるのか?」


「うぅ……」


 アリシアの片付けは雑。壊れた物を壁際に寄せただけ。

 指摘されてしょんぼりするアリシアを見て、リコッタは溜め息を1つ零し店内の中央へ歩いて行き、そこで立ち止まってアリシアの方へ振り返る。


「オイラが全部片付けてやるから、アリシアは皮とかを売って魔石を買ってきてくれ」


「え? でも、これをリコちゃん1人に片付けさせるのは……」


「大丈夫だ。それに早く保存しないと折角手に入れた肉が悪くなっちまうだろ?」


「……うん、わかった。すぐに戻ってくるから、それまでリコちゃんに任せるね」


「おう」


 アリシアは皮等を売って魔石を買いに行き、リコッタは荒れた店内の片付けを始めた。



 皮等を売って手に入れた金銭で店だけでなくライフラインの魔石を購入しても釣り銭が出た。

 その釣り銭で自分達の食事用の食材を買って作業場に戻ったアリシアはすぐさま冷蔵庫と冷凍庫を復旧させて肉と買ってきた食材を保管する。


「リコちゃん、お肉は保存したから手伝う……よ!?」


 店内へ入ったアリシアは驚いた。


「お? 結構早かったな。後は床のモップ掛けをするだけだからアリシアは休んでてくれ」


「リコちゃんって片付けが上手なんだね。凄く綺麗になってる」


 荒れた店内は見事に片付けられただけでなく、窓やショーケースはピカピカ、穴が空いていたり老朽化していた部分は廃材を使って何も無かったかのように補修されていた。


「そうか?」


「そうだよ! 元通り以上だもん」


「ま、アリシアが喜んでくれたなら何でもいいけど」


 リコッタはアリシアと喋りながらモップ掛けを滞りなく終わらせる。


「よし! 終わり!」


「ありがとう! リコちゃん」


「どうってことないさ。それで、これから何をする? 精肉でもするか?」


「それは明日の朝にして、まずはリコちゃんをお部屋に案内するね。その後に晩御飯とお風呂にしよ」


「じゃあ、そうしようか」


「リコちゃん、こっちだよ!」


「おいおい、急がなくても部屋は逃げないだろ?」


 アリシアはリコッタの手を引いて早歩きで作業場と店部分の間にある階段を登って居住区である2階へ連れて行く。

 階段を登りきると真っ直ぐ伸びた通路の両側にドアが4つずつと突き当たりにもドアが1つあり、その左脇には下へ続く階段がもう1つ。


「突き当たりはトイレで横の階段を下りるとお風呂場や洗面所、洗濯する場所があるから。よくおねしょしちゃうからトイレとか洗濯場が近い左側の1番奥のドアが私のお部屋だよ。それ以外は全部空き部屋だからリコちゃんが好きな部屋を選んで」


「おねしょって、幼児かよ。……じゃあオイラはこの1番手前の右側の部屋にするよ。オイラはおねしょしないからな」


「むぅ〜! リコちゃんの意地悪!」


「意地悪を言われたくなけりゃ、おねしょをしないこった」


「むむむぅ〜!」


「ほらほら、膨れてないで飯にしようぜ。結構動いたから腹減っちまったよ」


「むぅ〜……わかった。キッチンは作業場の隣だから下に行こ」


「おう」


 アリシアとリコッタは晩御飯をとるべく1階のキッチンへ足を運んだ。

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