第1話 アリシア的常識

 1番多く人が行き交う大通りから外れている所謂、裏通りに店がある。

 裏通りといってもそれなりに人通りはあり、店舗も点在。

 裏通りにある建物は大半が住居。即ち、アリシアからすれば周りが常連になってくれる客だらけ。

 この良い条件下において尚やる気を出したアリシアだったが、出鼻をくじかれていた。


「経営を立て直すと意気込んだものの……はぁ……肝心のお肉を仕入れられないんだよね〜。どうしよ……」


 借金まみれのアリシアは金融屋だけでなく、仕入れ先などのツケも貯まっていて業者からは肉を仕入れる事は出来ない。

 新規で別の業者に仕入れを頼むにしても最初からツケで卸してくれる所なんて殆どないのが現実。

 ましてや、仕入れを出来たとしてもショーケースや保存庫、店内の照明に必要な燃料である雷と氷の魔石、生活に必要な火や水の魔石すら買えない状態なのだ。

 人々の生活の基盤は魔石で成り立っている。明かりはロウソクなどの燃料で補えるが、食品の保存に必要な冷蔵・冷凍は魔石無しではどうにもならない。

 年中寒い地域なら別だが、イーズ王国は四季があり、今はこれから暑くなり始める春の終わり頃。この時期に生肉を常温で置いておけば1時間と持たずして腐ってしまう。

 魔石は質によるがアリシアの必要としている物はそこまで高くない。魔石1個買うのに1個100モルのパンを300個我慢すればいいだけの事だ。

 それだけで2ヶ月は保存庫や電気は賄える。

 しかし、我慢するも何も、アリシアの持ち金はそのパンを1個すら買えないほどなかった。

 というか、無一文。1ヶ月前から。

 無一文の状態でどうやって生きてきたのか。

 その辺、アリシアは逞しかった。

 昼間は井戸水を腹いっぱい飲んでしのぎ、夜は屋台で飲んだくれているおじさんに集って目一杯飲み食いする。そうやって1ヶ月を乗り切ってきた。

 だが、それも今月末までが限界。

 何せ、今月末には借金取りが店を借金のカタに取り上げにくるから。店を取り上げられればアリシアは文無しの家無し。笑い話にもならない。

 そして、その月末が今日なのである。


「邪魔するぜ!」


 店の出入口ドアを勢い良く開け放ったイカつい大男に続いてズカズカと店内にガラの悪い連中が入ってくる。その数、10名。


「いらっしゃいませ〜」


 ガラの悪い連中に物怖じせずニコニコしながら挨拶をするアリシア。


「『いらっしゃいませ〜』じゃねぇんだよ! 俺様達は客じゃねぇ!」


 大男が言う通り、彼らは客ではなく借金取りだ。


「知ってるよ〜。借金取りでしょ? 何回も会ってるもん」


「知ってるなら寝惚けた事を言ってんじゃねぇよ! 金返せ!」


「お金ないから無理」


「分かってんのか? 今日が返済の最終期限だって事を」


「うん」


「返せないならこの店は今日、俺様達が頂く事になるからテメェにはすぐに出て行って貰うからな」


「えー、やだー」


「この小娘……」


 まるで拗ねた子どもみたいな反応にイライラする大男は借用書を取り出してアリシアの顔の前に突きつけた。


「これはテメェが金を借りる時に交わした契約だ! 金も返さねぇ、店も引き払わねぇ、終いには居座るって言うなら俺様も出るとこ出るぞ?」


「出るとこ出る? おじさん、男なのにおっぱいボインボインのお尻プリンプリンになるの?」


「そういう意味の『出る』じゃねぇよ! 役人に言うって意味だ!」


「えー! そんな事したら衛兵に追い出されるじゃん」


「追い出す為にやるんだよ!」


「やだー。折角、やる気出てきたのに追い出されたらストリートチルドレンになっちゃう」


「チルドレンって歳でもないだろ……」


「ねぇ、おじさん。どうにか返済日を延ばせないかな?」


「もうかなり延ばしただろ」


「お願い! ちょっとだけ! 後、100年くらい!」


「100年はちょっとじゃねぇ!」


「むぅー! ケチ!」


「ケチでも何でもないんだけど……」


 呆れる大男は頬を膨らませて逆ギレしているアリシアの顔をマジマジと見てある事を思い付き口にする。


「よく見りゃ、上等な顔立ちをしてるじゃねぇか。それに、スタイルもかなりの上物だ。どうしても店を手放さないなら借金をテメェの体で払って貰う事になるな」


「え? 体でいいの?」


「1回で全額は無理だが、テメェなら1回5万モルは稼げそうだ。なーに、借金総額は4000万モルだ。たったの800回体を売ればいいだけの事さ。体を売るなら1回に付き1週間は返済を延ばしてやる。どうだ? やるか?」


 大男の思い付きは身売り。アリシアへの娼婦の斡旋だった。


「やるやる!」


 この斡旋に対してアリシアは笑顔で二つ返事。


「そうか。ちょっと待ってろ。おい、紙とペン」


 アリシアの返事に大男はウキウキしながら子分から紙とペンを受け取ってペンを走らせる。


「これでよし! この2枚の紙にサインと拇印を」


「ここに名前? その横に拇印でいいの?」


「そうだ」


 大男が書いたのは新しい契約書。内容は先程言っていた通りのもの。

 アリシアが手際良くサインと拇印を押すと、それを確認した大男は1枚をアリシアへ渡し、もう1枚を自身の懐へ入れた。


「契約は成立だ。じゃあ、行こうか」


 大男がアリシアを促すが、アリシアはキョトンとした顔で尋ねた。


「どこへ?」


「ここから1週間延ばすには今日中に1回は体を売らないとダメだ。だから、今からテメェの体を売りに行くんだよ」


「ここでいいじゃん」


 まさかの返答に大男は意味を察してニヤつく。


「ほほぅ。まずは俺様にって事か。いいだろう」


「じゃあ、手を出して」


「手? こうか?」


 大男はわけもわからず言われた通りに手を出す。


「まずは手からなんて、どういうプレイだ?」


「はい、これ」


 大男が問うている間にササッと靴下を脱いで、それを大男の手の上に乗せた。


「は? なんだ?」


「はい、1回! これで1週間延びたよね?」


「何を言ってんだ! こんな小汚い靴下で延びるわけがないだろ! 体を売れって言ったじゃねぇか!」


「靴下は体の一部だよ」


 アリシアが二つ返事をしたのは最初からこういう考えを持っていたから。

 これは策略でも何でもない。アリシア的常識なのだ。

 しかし、それが大男に通じるわけもなく。期待をしていた大男は怒り心頭して声を荒らげた。


「ふざけやがって! もういい! テメェら、この小娘を剥いちまえ! ふざけた見せしめだ!」


「「へい、アニキ!」」


 大男率いる子分10名は一斉にアリシアへ飛びかかった。

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