第196話 武田家、滅亡す

 永禄十年(一五六七年)七月 堺


 俺は約束通り、堺は石山の本願寺を訪ねていた。本願寺の顕如上人に会うのはいつぶりだろうか。今回は足利義秋の手紙と贈り物を携えての来訪となる。無下にはされないだろう。


 なんだか最近、仲介しかしていないような気がするが顔を広める良い機会だ。それはそれで良いことだと割り切って動き回ることにする。どうせ畿内から外にはあまり出ないのだ。


「相も変わらず堺は賑わっておりますなぁ。流石は三国の境かと」

「何を暢気に申しておるのか」

「いやぁ、ははは」


 そう述べたのは供として連れている山内一豊である。のほほんと感嘆しているが、この男、爆弾のような情報をもって俺のもとにやってきた。武田高信が尼子勝久を攻めていると。


 ◇ ◇ ◇


 後瀬山城に戻った瞬間、一豊は額を地面に擦り付け、俺に謝罪をしていた。俺も事態に付いて行けず、気が動転していたが一豊の説明で合点がいった。


 現代のような便利な連絡手段がない以上、情報のすれ違いは致し方ないことである。さて、ここで困ったのは事をどうやって収めるかである。


 理想を述べるのならば武田高信を潰して自領にしてしまいたい。しかし、そのための大義名分が必要になる。そして、我らは既に尼子と袂を分かっているのだ。


 流石は尼子勝久、いや山中鹿之助だろうか。武田高信の攻撃をよく凌いでいるようだ。ただ、尼子義久からの後詰めがない以上、ジリ貧なのは間違いない。時間がないのだ。


 なので、俺は決断した。武田高信を潰すと。そう決断したからには、ここからは情報戦である。俺は武田高信が三村家親・・・・と密談し、我らに対し反旗を翻そうとしていたと噂を流すのだ。


 そして背後から武田高信を攻める。今ならばそう多くの兵は要らない。鳥取城と建部山城の周辺から兵を集めれば三千は集まる。奇襲ならそれだけ居れば十分だ。


 黒田官兵衛に策を練らせる。武田高信の準備が整う前に攻め込みたいのも本音だが、それよりも情報戦が大事なのだ。この際だ、毛利も巻き込んでしまおうと官兵衛が言う。


 毛利が三村と武田高信を唆し、尼子を攻撃させたと。俺は尼子勝久からの要請を受けて武田高信を攻めることにしたと。そう言う筋書きだ。あとはその情報を黒川衆を使って方々にばら撒くだけである。


 武田高信も我らが攻め込んでくるとは思ってもいなかったようだ。それもそうだ。武田信景にきちんと許可を取っているのだ。後顧の憂いはないと思うはず。


 そこに三千の兵が突っ込んできたのだ。困惑しただろう。そして、俺はこう命ずる。その悉くを撫で斬りにせよと。これは苦渋の決断であった。特に武田高信の一族は全て鏖殺するしかないのだ。


 ああ、これが歴史を捻じ曲げるということか。武田高信の一族が生き残り、糾弾されては口論になる。国衆たちも困惑するだろう。では、口論させないようにするにはどうすれば良いのか。鏖殺すれば良いのである。


「責任は俺がとる。俺が命じているのだ。やれぃ!」


 心を鬼にして命じる。そんな俺に対し、一豊とその家臣たちが頭を下げ、謝罪の言葉を投げかけてきた。何故だか俺の心はいたく冷静であった。


「大変申し訳ございませぬ! 我らが管理を怠ったばかりに」

「言うな、もう過ぎたことだ。謝るくらいならば前を向き功を立てよ。この戦で挽回せよ!」


 一豊の背中を思い切り叩く。こうして俺は因幡国の西半分を手中に治めることに成功した。そして毛利に一豊を使者として派遣し、彼らを糾弾する。


 全て悪いのは我らなのだが、その責の全てを毛利に押し付ける。そしてこれを牽制とし、三村の治める領地をまるっと奪うどころか、毛利から賠償をせびろうと考えているのだ。


 もちろん、そんなことが上手くいくとは思っていない。あくまでも責任を毛利と三村に押し付けることが肝要なのである。賠償を貰おうなど微塵も思っていない。


 これで鞭は打った。あとは国衆を離れさせないための飴を与えねば。武田高信が治めていた因幡の西側を褒美として与えてくのが常道か。


 たしか、草刈家がもともと因幡国を欲していたはず。まずは智頭郡を任せてみるところから始めようか。その辺りの差配も草刈景継に任せてみることにする。俺よりも上手くやるはずだ。


 この戦の俺の出番はここまでだ。武田高信を滅ぼして終わり。後は官兵衛や十兵衛の二兵衛を中心にことを治めてもらうことにしよう。これで三村との戦も好転してくれれば良いのだが。


 俺も予定が詰まっている。この後、堺に赴き本願寺に美濃攻略の協力を仰がねばならない。本願寺との関係はまだ維持しておきたいのだ。ただ、信長が台頭してきたら信長に付く。それはもう俺の心の中の決定事項だ。


 後事を託し、俺は背中に影を負いながら京を通り堺へと向かうのであった。


 ◇ ◇ ◇


「御屋形様、そろそろ石山が見えて参りますぞ」

「そのようだ。先触れを出してくれ」

「ははっ」


 同行していた祖父江勘左衛門が馬を飛ばして駆けていく。過ぎたことをウジウジと悩んでいても仕方がない。ここからは頭を切り替えて顕如上人との話し合いだ。

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若武成伝 -武田に転生したと思ったら想像してたのと違う甲斐武田から枝分かれした安芸武田のさらに枝分かれの若狭武田だったので、滅亡しないように武をもって成り上がります- 尾羽内 鴉 @ohauchi_carasu

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