第10話 「普通に固執することが怖くてもう泣きそうだ」
『あ、始まった!』
『はやくーーーーー』
『イケメン、拝む。』
『今日は何をカバーするんですか?』
『こんばんわー』
「はい、どーもー! 空でぇ〜す!!」
「あーあー、聞こえてますかー? アオです。」
ついに配信が始まった。
やっぱり経験値の差か。やわらかく、表情が強ばらない顔つきなのは。
タブレットみたいに画面だけを取り外せるタイプのノートパソコンを明星がもっていて、そこから操作をしていた。
日菜は二人のことをカメラ越しに観察しながらも、スマホを片手に視聴していた。
ライブを開始する何分か前から、チャットはリスナーのつぶやきで埋もれていた。
「どわっ、結構こういうの、くるんだ……。」
「そうね……。でも、星くんなら大丈夫よ〜! ファイト!」
マイクに音が拾われないように、小声で日菜がつぶやく。
でも、さすがは音楽の道を選んだ人。日菜の小さなつぶやきも聞き逃さなかった。耳がいいんだ。
カメラの前にいる二人へも気を配りながら、日菜のひとりごとにも応える繊細さに、日菜は内心おどろいた。
日菜の後ろにあるソファの上にどっかりと腰を下ろし、さすが先輩、とでも言いたげな透は、変な方向に話が行かないことを祈る。
配信の流れはこうだ。
初めに二人が軽くあいさつをする。その後に日菜を紹介する。もちろん夜桜星の名で。軽く自己紹介をした後、恒例の質問コーナーをして、歌って終わり。
でも、上手くいくとは言いきれない。いや、絶対にいかないと言っても過言ではない。
風斗が暴走する。そう、するのだ。絶対に。
「風斗はなんか変な方向に突っ走っちゃうことがあるんだよね。だから僕、制御しないといけないからそっちはそっちで頑張って。」
素っ気ない様子を装って、水希が配信開始直前に、星に耳打ちをした。
ここ数年、ずっと隣にいる水希が言うのだ。信じるしかない。
「今日の曲はですね、『命ばっかり』って言う曲でして……。」
『あー! ネタバレ禁止ー!!』
『たまにあるよね、こういうの笑』
日菜が入ってからの解禁情報を、風斗がさらりと出してしまった。
「あー、もう、なにやってんのよ、風斗ー!」と、今すぐにでも口を開いてしまいそうな琴音は、眉間に皺を寄せることによって、何とか怒りを回避する。
いっぽうの流レ星は、「何言ってんのさ、空……。」と呆れた表情で呟いた。
『あーあ、空くん、アオくんに怒られるよー。やばい顔してるよ、アオくん。』
そんなことを気にも止めず、日高は話し続ける。
「えー、と。」
コホン、と一つ咳払いをし、水希は風斗の話を切った。
「何すんだよ、アオー! 今いいとこだったのに。」
「そんなネタバレしといて言っていいの? そのセリフ。あとでアンチコメント来ても、僕、知らないからね。」
『ナイスつっこみ!笑』
うぐ、と風斗の口が止まる。
さて、と話題を変えようとしている水希の瞳に日菜が映る。
表情が強ばった日菜を見て、星くん、リラーックス、と琴音が優しく声をかけながら、その背中をさする。
「演奏をお届けする前に、リスナーの皆様に言わなければならないことがあります。」
『え! なになになになに! チョー気になるんですけど!』
『焦らすなよ、この顔面偏差値横取り野郎どもー!W』
「えー、今日は特別に、ゲストとしてこの人に来てもらいました。」
「デェーデン!」
効果音口で言うくらいなら、目の前にセットしてあるドラム叩いた方がかっこいいと思う、風斗。
まあ、盛り上がっているぽいからいいんだけどさ。
心の中で好き放題言ったあと、ふぅ、と一息つく。
気分を沈めろ。それじゃないと、アイツらと同じになるんだぞ。
……あれ?『アイツら』って、誰だっけ。
「ねぇ。」
「おいっ。」
「星くんっ。」
「日菜。」
「あっ。」
四人から一気に声をかけられて、日菜の肩がびくりと動き、小さな声がもれる。
生放送中だからか、全員声の大きさに気をつけている。そこまで精密な機械を使ってない、いや、資金がなくて使えないため、小声の声は拾われていない。よかった。質の悪い機材に命拾いをした。
しかも透は星のことを日菜、と呼んだ。いつもの癖でつい本名で呼んでしまったのだが、チャットを見るに、入ってないようだからよかった。透は無意識に入った肩の力をふっ、とおとした。
こっちこっち、と水希が手招きする。風斗が水希の方へ席を詰めた。ここに座れて言わんばかりに、風斗はこちらを見ている。
『えー、なになになに、彼女さんとか?』
「……。」
日菜は無言で風斗ご指定の席に着く。
すぐにチャットとコメント欄は日菜のことでいっぱいになった。
「えーっと、今回の特別スペシャルゲスト! 夜桜星でーす!!」
重複表現になったが、気持ちが高ぶっている今は、だれもそんなことを気にしてなんかいなかった。
『イケメン……! 誰?!』
『あー、この人!SNSのなんとか君!って思ったら名前出てたわw』
『あれ、この人地方の人だよね? ってことはその辺に住んでるんだ!』
「自己紹介から初めてもらいます! どうぞ!!」
「えっ、えぇっと〜。」
急に話を振られても、そんなこと知らないよ、聞いてない、と日菜は頭を抱えたくなった。
「まぁまぁ急がずに、これから分かればいいことだし。それに、ダメダメだったらクビだから。一回しか登場してこなかったやつの情報なんか、誰が喜ぶの。」
『相変わらずの冷静さんですねぇ』
『でも少しは欲しいかなぁ』
『情報カモン!』
『あわよくば住所を割り出せるk( ごめんなさいスライディング土下座するんで許してくださいごめんなさい』
「えーっと、じゃあ毎回恒例の質問コーナーね。」
「いぇーい!」
「い、いぇー、い?」
『やばい、星くん絶賛混乱中? 笑』
『いつもこんな感じだよね〜! 仲良っ!』
「十秒くらいあとに僕がスタートっていうので、コメント欄に質問を書いてください。チャットはだめね、動きが早くて見えないから。」
「はい、いっきまーす。せーの!」
空の掛け声で、いっせいにコメント欄が質問で溢れかえった。
「はい、終わり。時間外の質問には答えないので、もう送ってこないでねー。」
「すっげぇ量……ありがとうございまーす!」
「これをこれからさばいてくわけ……?」
「そういうことだね。」
「じゃあこの俺、空が読み上げていきまーす!」
「はい。」
「お願いします。」
「えっと、『三人はどういう関係?』。友達、かなぁ。」
「友達っていうほど日が経ってないと思うけど。」
まぁまぁ、そんな現実味を帯びたことはいいんだって、と風斗が言う。
そして画面を少しスクロールした。
「次。『星くんは音楽歴何年?』だって。夜桜、お呼ばれされてる。」
お呼ばれって……。何かに招待受けたわけじゃないのに。
「ほんとに数ヶ月です。片手で数えられるくらいちょっとだけ。」
『うっそ〜!いかにもできますって顔じゃん!』
『そんなわけないって』
「いや、それがあるんですって。」
「じゃあ、どんどん次ねー」
質問コーナーは、こうしてどんどんと進んで行った。
——
「じゃあ質問コーナーも終わったということで、やぁりますかぁ。」
立ち上がってぐーっと伸びをする風斗。
「そうだねぇ。」
手を握ったり開いたりをくりかえす水希。
「よしっ。」
やるぞー、と意気込んでいる日菜。
『おぉ〜。』
『きたきた、拝むぞーー!』
ドラムスティックを琴音から受け取った風斗はちょっと慣らしついでに軽くスティックを投げた。
よいしょ、とソファーの上に置いてあったギターを手に取り、ジャラン、と一通り音を鳴らしている水希。
「頑張ってね。」
「はい!」
配信直前まで声出しを頑張っていた日菜。
実はここ一種間、琴音と発声練習をしていたのだ。
昨日なんかは、四人で集まって歌詞の意味を確認し合ったりもした。
「どう、きこえてる?」
『きこえまーす!』
『イケボが耳の保養となってきこえておりまーす笑』
「よかった。」
チャットでこんなメッセージがきて、水希はほっと胸を撫で下ろす。
慣れてない頃は上手く繋げられなくて焦ったっけ。でも今はこうして出来ているからいいけど、奈坂には絶対に言ってやんないもんね。バカにされそうだし。
「うっし、じゃあやります!『命ばっかり』。」
いつの間にかキーボードとタブレットを繋げてノートパソコンにした風斗が、エンターキーをぽちっと押した。
〇〇の件についてご説明します×夜桜星 命ばっかり【歌ってみた】
♪〜
初めに数秒の間を置いてから、曲が始まった。
風斗のドラムソロが曲の始まりと言ってもいいほど、始めからとばしてる。
体力が微塵もないといっても過言ではないほど体力がない日菜から見れば、短なる体力お化けそのものだった。
日菜は手を叩き、リズムをとりながら、自分の出番を待った。
♪日々をすり潰してく 貴方との時間は
簡単なことじゃ 許せないくらいに
日菜の声がマイクに通った。
透き通った声で、大人っぽい印象を与えるのに、どこか子供っぽい声。
始めにドラムのソロを入れたから、風斗にはしばらくは静かにしていてもらう。
本当ならピアノで弾くパートを、軽くギターで奏でる水希は、本当にすごいと日菜が尊敬するような姿だと思う。自分の後ろにいるから見れないけど。
♪どこまでも単純だ ここまでと悟った
座り込んで もう歩けなくなる
最初だけじゃないなら 際眼もないならば
どこへだって行けるはずさ
「この主人公は望みが無くなり、諦めてしまう。もう歩けなくなるくらい、やる気がなくなっちゃうの。」
琴音の声が、耳の奥からきこえる気がした。
「最初も最後もなにもない、主人公にはそう思えたのね。なら、今の関係が、もし、もしもなかったら、どこにでも行けたんだろうな、って。」
ギターが少し自由に動きだし、シンバルの派手な音が目立ってくるのを、右から左へ聞き流さずに、日菜は聞き入っていた。
Bメロに入り、リズムが少し変わる。ここは、ドラムの見せ所、と言わんばかりに、日高がピースをしたり、スティック回しを披露した。すごく、すがすがしい笑顔がキラキラと輝いているようで、まぶしい。
♪知らないを知りたかった 知り得ることはなかった
水圧で動けなくなっていく また蝶の夢を見る
好きになりたかったんだ 好きになれなかったんだ
「涙におぼれているとき、蝶の夢をみたのね。蝶の夢は、不幸の兆し。あなたを理解しようと努力していたのに、それが難しくって、主人公には出来なかった。」
ついに、曲のサビ。
焦らしに焦らされた聞き手が、嬉々として盛り上がる場面。
日菜は「好きになれなかったんだ 好きになりたかったんだ」というフレーズを歌うとき、服をぐっとにぎって、心が痛い、と表現した。
自分は望んでいたのに。努力もしたのに。なのに報われなかった。そんなのは、あんまりだよ。すっごい、わかる。その気持ち。
最後のフレーズを歌いきった日菜は、リズムをとるのに徹した。
ここのパートもギターの音がよく聞こえる。全体的にギターがメインなのかな、と考える。
ライブで全世界配信なのにも関わらず、いつもの調子を崩したくない。だから、昨日の夜は十時半にはもう、いつも通り布団に潜った。
そのときに一回聞いたくらい。あー……、四人で一回、始まる前にも一回聞いたも、と過去の記憶を呼び起こすも、すでにもう、自分の出番がすぐそこまで迫ってる。
♪当たり前にすぎてくはずだった時間は 何十年とも感じるほど長く
眠りすぎた頭痛で這い出てきた僕は どこにももう行けやしないから
どこまでも純情だ それでしかなかった 飾らないで 分かち合いたいから
貴方の影が眩む 見失ってしまった また眠れない夜になってく
変則的なリズムにかわり、Bメロに入る。
「何十年も時間が経ったように思えた主人公は、ひどい保身状態。ぼーっとしてて、眠ったままの心が痛くて這い出してきたのに、何も出来ない状態だったのね、きっと。」
放心状態、か。私もあったっけな、そんな時期が。
もうすぐクライマックス、か。
♪貴方の横顔を見て引き目を感じてしまった
救われたいとだけ嘆く僕は きっともう我楽多だ
「引け目は、周りより劣っている。我楽多は、ゴミになったってことですか?」
「そう!星くん、大正解!」
昨日の事のように、日菜は鮮明に覚えている。琴音との会話を。
「星くんの言った通りよ。主人公は周りより、自分の方が劣っている、自分はいらないモノだ、って自信を失うの。救われたいって言っている主人公は、自分のことしか考えられない。だから……、だから主人公は、貴方に捨てられてしまった、と。』
歌の世界でも信じられないわ、こんなこと、本当にはあっちゃいけないわよね。琴音はそう続けた。
生きている、生身の自分をモノだと思ってしまった主人公のことが、三人とも現実味を帯びていなくて、本当に物語の世界であることを願った。
そして一番、心を、感情を吹き込んで歌い、演奏する場面。
♪普通に固執することが 怖くてもう泣きそうだ
目の前にいる透に日菜は目をやった。
透は愛しい妹がこっちを見ているにも関わらず、「夜桜星」という名の、アバターかなんかじゃないこの世に存在しない人間ではない、生身の人間を見つめていた。
「普通ってなんだろう。どうしよう。怖い、目の前にある全部のものが。」
日菜の顔が、こう、訴えかけている気がした。
なんで、日菜は、そんな悲しそうな顔をするんだ。
わかってる。ちゃんと、わかってるよ。それが、演技だっていうことも、「奈坂日菜」っていう、一人の少女の、心からの叫びということも。
俺の代わりに言ってくれたことも。
透は、心がすっと軽くなった感覚を覚えた。
♪ぼくだ
僕だけだったんだ
最後にギターのソロがある。待ってましたと水希は口の中で呟き、今日一番の音の大きさになった。
日高も興奮したのか、今にも崩れそうなリズムをギリギリのところで保ってる。
あの日菜だって、堅物そうな表情から口の端が上がってきている。
調子にのってマイクを風斗のスティック回しみたいに高く投げたり、足を少し動かしてみたり。
すごく、三人とも自由で、楽しそうで。
目の前で、生でそれを見ている透と琴音も楽しそうで。
画面越しにいる、日菜にとっては今日できたばっかりのファンのみんなが、輝いて見えた。
自分が奏でる音は、この世界で一番自由なんだ。
枯れ果てたと思った涙が、ぽろりと一粒だけ零れ落ちていく。
それは頬、首と伝って、襟元にしみを作った。
初めてこんな大勢の前で泣いたかも。
こんなにもたくさんのひとに囲まれること、一生に一度、経験するかどうかレベルだね。
ふふっ、上がらないようにしようとしても勝手に上がっていく口角。
もうすぐ曲、終わっちゃうんだ。
寂しいな。
でも、そんな考えはもう、次の瞬間にはどこか遠くへ弾き飛ばされていた。
また、ここにくればいっか。
断られても、実力を上げて、自分の力でここに立ってやる。
風斗と水希と肩を並べてもいいようになってやる。
「「「ありがとうございましたー!」」」
三人の声がそろう。そしてぺこりと頭を下げた。
その三人に暖かな目を向ける男女が二人。
そばにいる男のものであろうパソコンからは、すごい勢いで文字が流れてくる。
最年少の男らしい人物は満更でもない顔をして、最後に一言だけ告げた。
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