金色のレストラーダ
星宮林檎
第1話 彷徨う二つの影
中華の辺境。遠く清朝の支配さえ及ばぬ、その最奥ともいえる地にひっそりと暮らす、謎めいた少数民族『
その長の娘であるアイシャ・リー・サーシャは、金色に斑掛かった翡翠色の瞳を大きく瞬かせた。
──オアシスの下を脈動する地下水が呼応している。雨の匂い。嵐が来る。
「阿爸(アーパ)、嵐が来る。ランフェイもそう言ってる。早く長老達を地下室に」
ランフェイ、と呼ばれたその生物は、瑠璃色の羽を小刻みに振るわせて重い羽に染み込むような湿気を払ってみせた。
「ピーィ、キュィー」
ランフェイは、アイシャが差し出した人差し指に頭を傾けて軽く擦るような仕草をした。
この宝石のように輝く青い鳥は、幼い頃からのアイシャの唯一無二の親友で相棒だった。
『ランフェイ』とは、漢語で「藍恵」と書き表すことが出来る。彼の名は、その瑠璃色の原石のように輝く深い藍色の瞳と、羽の色から彼女が名付けた。
「斑目」の一族は、漢族にも、そして今の中華を治める清国の支配者である満州族にもまつろわぬ、謎多き流浪の民だと思われている。彼らは十四になると、ある通過儀礼を執り行い、「飛翔」と呼ばれる特別な能力を持つ者だけに、「使い鳥」が与えられた。
この異能の物だけに伴侶として与えられる使い鳥にこそ、『斑目』の一族の秘密が隠されているのだが……。
*
ふと一族の長であり、アイシャの父であるダイナが、はっとして眉を釣り上げ息を呑む気配がした。
「阿爸……?」
アイシャの翡翠色の瞳の中にある、一層濃い緑の瞳孔が一瞬針のように細くなり、それから魔除の赤でほんのり縁取られた目尻を動かし、目を閉じた。
「獣じゃない、ヒトだ。漢族の子供……。霊魂が消えかかっている。危ない!助けなければ!」
アイシャの金の斑目は、通常人の目には映らぬモノを映す事ができた。
──濃紫の袈裟。高貴な身分。しかも漢族の出家僧だ。
でも何故?西安の寺院から逃れて来たのだろうか。少年の顔色は青白く身に纏う着物のように唇は紫がかって、痩身を小刻みに震わせて何かを一心に呟いていた。漢語だが聴き取れる。訓練は欠かしていないから。
(……リー・アイシャを……金の斑目の娘を殺せ)
脳裏に暗くくぐもった、歳若い少年の声が奇妙にこだました。
「私……!?」
その時、父の手が彼女の肩を強く掴み、次の行動を諌めた。
「行ってはらならない。彼はお前を迎えに来た『死の使者』だ」
「阿爸……、父上!?まだ小さな子供ですよ。私と同じくらいの。見殺しにするのですか?」
父・ダイナは首を振った。
「今度ばかりは、お前の我儘をきくことは出来ない」
「父上は、あのような子供ですら、同族でなければお見捨てになるの!?私は嫌です!もう、もう二度と、このように残酷な……」
「駄目だ、今すぐここから立ち去りなさい」
その次の瞬間アイシャは、腹部に鉛のように強烈な重い痛みを感じ、目の前の視界が暗く歪んだ。 その身体はまるで生命を喪った植物のように後ろにたわんで崩れ落ちた。
「許せ、我が娘よ」
*
「金色のレストラーダ・第2話へ続く」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます