帰宅

「ただいま」

 玲奈が帰宅したのは、日付が変わった直後くらいだった。

「おかえり」

 奥のダイニングだけ明かりがついていて、3つ椅子が並んでいるテーブルに、楓だけが掛けていた。

「遅かったね」

 楓はスマホを触っているまま、玲奈と目も合わせず言う。玲奈は楓の前まで来て、紙袋をテーブルの上に置いた。

「駅前でタルト買ってきた」

 楓はスマホから目を離して、紙袋に目をやる。駅前のチェーン店のロゴが入っている袋だった。

「好きでしょ?タルト」

 楓は暫くそれをじっと見つめていたが、やがて口を開いた。

「高いやつでしょ。あんたのお小遣い、誰が稼いだお金だと思ってるの?」

「バカ言わないでよ、私だってその気になれば多少のお金はどうにかできるよ」

「まさか……」

「言っとくけど、パズル雑誌の懸賞金だから。盗んだお金なんかじゃないからね?」

 楓はなんだか不服そうな顔で玲奈を見つめていた。しばらくその状態が続いていたが、玲奈が手を出した。楓の頬に右手人差し指を突き立てた。楓は動じず玲奈を見つめていたが、やがて玲奈の手を振りほどいた。

「なんか……分からなくなっちゃった」

「分からなくてもいいと思うよ」

 玲奈は上着を脱いで楓の隣に座った。

「楓が何を考えてるのかは知らないけど。たぶん、世の中はあまり複雑じゃないんだと思うんだ。アニメや漫画みたいに、黒幕が複雑な謀略を巡らせてたりはしない。所詮はそれを考えているのは人間で、シンプルな利益関係のために動いてる」

 楓はぽつりと言った。

「絶対に捕まえてやるから」

 その一言を聞いて、玲奈は暫しぽかんとしていた。だが、笑いながら答えた。

「なんでそんなに拘ってるのかは知らないけど。私は絶対に捕まらないから」

 突然、楓が玲奈に抱きつく。

「捕まえた」

「ちょっと、それはずるいって」

 玲奈は楓を引き剥がそうとジタバタするが、なかなか離れない。やがて楓の手が玲奈の服の中に伸びる。

「やめて!そこくすぐったいから……ちょっと、いやぁっ……!」

 楓は無言のまま、玲奈の腋をまさぐる。ここが彼女の弱点である。

「やだ、そこダメだから……楓?聞いてんの?ほんとに……」

 あられもない声が玲奈の喉まで出かかった時だった。ガチャ、とドアが開く音がした。寝室のドアを開けて顔を覗かせたのは、パジャマ姿に眠そうな目をした三宅樹だった。

「あれ、玲奈さん帰ってたんですか、お帰りなさい」

「樹くん……起きてたの?」

「なんだか物音がするから起きちゃって……。おやすみなさい」

 樹は、すぐに寝室に帰って行った。部屋の中は、再び静寂に包まれた。静かな部屋の中で、楓と玲奈だけが目を見合わせる。楓がぽつりと呟いた。

「……寝よっか」

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