喫茶店

 時刻は昼前で、ピークよりは少し空いているくらいの喫茶店の店内だった。花牟礼紋と岬玲奈は、店内隅の壁際の席で、向かい合って座っていた。玲奈はシンプルなコーヒーを飲んでおり、紋のテーブルにはコーラとサンドイッチがあった。

 2人は、注文するときに少し話しただけで、それからずっと無言である。玲奈はチラチラと紋を見ているが、紋は、スマートフォンの画面をスクロールしながら、口角を上げたり下げたりしている。

「私に伝えたかったのって、本当にあれだけだったの?」

 玲奈が沈黙を破った。紋はスマートフォンから目を離して、玲奈の顔を見つめる。暫く目が合った状態が続いたが、玲奈が折れて目を離した。

「それだけだよ。今、僕が君に伝えたいことはあれだけだ。何か聞きたいことがあるなら、答えられる範囲で答えるけど?」

 玲奈は不服といった面持ちで、口を開いたり閉じたりしていた。しかし、すぐに口を噤んで考え込んでしまった。

「……君が僕に対して、もっとシリアスで現実的なことを期待していたのは分かった。でも生憎、僕はこういう人間だ。だからといっちゃなんだが、君がこれまで抱えてきた疑問には、嘘偽りなしで答える。……答えられる範囲で」

 玲奈はサンドイッチを持つ紋の手元を見ながら、ゆっくり口を開いた。

「三宅樹について」

 紋は目を伏せて、食べかけのサンドイッチを置いた。それから、少し間を空けてから答えた。

「あれは……孤児だ。両親はもう居ない。確か……10年前だったか。遺体となって発見された。他殺と見られるが、犯人は捕まっていない。それ以上に言えることはない。さっきも言っただろう?」

 玲奈は、紋の目をじっと見つめていた。その表情は、どういう感情を表しているのか読み取れない。

「まだ言えない、って言ったよね。『まだ』ってことは、いつか言えるようになる?」

 紋は、玲奈の言葉に答えず、サンドイッチにかぶりついた。一口、二口……そして一切れ分を完食してしまった。その間、玲奈は黙って紋を見つめていた。

「……食べる?サンドイッチ」

 紋はサンドイッチを一切れ、玲奈に差し出す。玲奈は黙ってサンドイッチを眺めていた。

「要らない?」

 紋がサンドイッチを自分の口に運ぼうとした瞬間。

「いる」

 玲奈は、紋の口の前からサンドイッチを取り上げてしまった。紋は口を開けたままで、玲奈の口に運ばれるサンドイッチを見つめていた。

「……おいしいね、これ」

「だろ?」

「レモンくんはサンドイッチ好きなの?」

「レモン……くん?」

「花牟礼紋でしょ?」

「だから、花牟礼の紋だって……まあいいや。そうだよ、サンドイッチは好きだ。特に、ハムが入ってるのはね。君はなんか好きな食べ物とかあるの?」

「住所は知ってるのに、そういうのは知らないんだ」

「知っててほしかった?なら教えてもらいたいもんだね」

「うーん……。チョコレート……かな」

「チョコねぇ。僕は苦手なんだよね」

「チョコが嫌い?信じられない」

「昔、2月14日にね。ちょっと色々あったんだ」

 紋は遠い目をしていて、玲奈は何か言おうとして開いた口を閉じてしまった。紋は店の外を眺めていたが、急にスマートフォンを取り出して何か確認したかと思いきや、コーラを一気に飲み干して席から立ち上がる。

「……どしたの?」

「いやあ、ちょっとね。急に用事を思い出したんだ。お代は置いてくよ」

 紋は千円札を数枚テーブルに叩きつける。

「ちょっと、こんな要らないって……!」

 玲奈が声を掛けたが、紋は無視して足早に立ち去ってしまった。それと入れ替わるように、1人の女が入ってきた。

「さっきの男は何者?」

 やってくるなりそう尋ねたのは、樫本楓である。

「楓……?なんでここに?」

「なんでって、ここに立ち寄ったら偶然あんたが居たから。その髪、見逃せって方が難しいよ」

 玲奈は自分の頭の銀色に輝く髪を触ってみた。確かに、店内を見渡した限り、こんなに眩しい髪をしているのは玲奈しか居なかった。

「何してたの?というか、さっきのは誰?」

「あー……。あれは……なんだろうな……」

 返答に困る玲奈に、楓の表情はみるみる曇っていく。

「……仕事関係の人」

 玲奈は、小さく絞り出すように答えた。

「……そう」

 楓は特に何も言わず、そのまま立ち去る。玲奈はその背中に声を掛けようとしたが、何も思いつかない。玲奈が楓の背中に伸ばした手は空を掴んだ。

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