金庫の鍵
𠮷原修司は極度の心配性であった。資産管理の一環で金を購入しており、それを保管するために特注の金庫室を用意している。その開錠には、合鍵と13桁の暗証番号が必要である。そんな金庫の施工には、顔見知りの建設会社を利用した。今の修司の邸宅自体も、その建設会社によるものである。
そんな金庫が「怪盗レイナ」なる泥棒に狙われているらしい。そう知った吉原修司は、知り合いで警察官の
岬耕造は、怪盗レイナと聞いて、すぐに思い当たるものがあった。樫本楓という刑事である。彼女は、先日の美術館で起きた一連の事件に携わっていた。その事件の発端となった予告状の送り主が、「怪盗レイナ」とかだったはずだ。その樫本楓は、ちょうど美術館の事件の対応が終わって暇をしていた。だから、彼女を修司のところに送りつけたのだった。
樫本楓は、早速金庫のセキュリティを調べた。合鍵と暗証番号が必要なこと、それから、内部システムに利用されている暗号化キーでも開けられること。ここで、楓はこう提案した。合鍵を預けてくれないかと。そうしたら、万が一のことがあっても、鍵が盗られることはない。
もちろん、修司はそんなことを許さなかった。金庫を開けられる鍵はこの世界に2本しか存在せず、その片方を修司が、もう片方はセキュリティ会社に預けている。セキュリティ会社に預けている鍵も、渋々預けることにした、という話である。修司は、警察とはいえ、今日初めて会ったばかりの女に鍵を渡すような男ではない。そこで、楓は修司の妻の吉原洋子に掛け合った。修司は用心深い男である。妻にすら自宅のセキュリティの全貌を明かしていない。だが、洋子は修司の癖を知っていた。修司が物を隠すときに使いがちな場所を把握している。つまり……端的に言うと、鍵の隠し場所を知っていた洋子のおかげで、楓は修司の知らぬ間に鍵を入手することに成功したのである。
その夜、鍵を手に入れた楓は、吉原邸の地下の金庫室前に立っていた。ここで待っていれば怪盗レイナは現れるはずだし、修司が鍵を取られることもない。
しかし、21時50分頃だった。楓は、金庫の中から物音がするのに気が付いた。レイナが現れたのだろうか。しかし、金庫の扉は開いていない。なんらかの手段をもって中に現れたのだろうか。
楓は鍵しか持っていない。金庫を開けるには、鍵だけではなく、暗証番号も必要である。楓は咄嗟に持っていた鍵を鍵穴に突っ込んで、暗証番号を入れてみた。修司の誕生日だとか、何かの語呂合わせだとか、色々組み合わせて入力してみる。一つ目……ハズレ。二つ目……ハズレ。三つ目……。これが、どうやら合っていたらしい。楓は、13桁の暗証番号を突破するのに成功したのである。
楓は、金庫の扉を強引に押し開けた。
「怪盗レイナ!」
そう叫んで意気揚々飛び込んだが……。金庫の中には、金塊がなくなっていた上に、見知らぬ男だけが立っていた。全身を黒い服で包んでいて、目元しか見えない仮面を付けている。
「……誰?」
楓が尋ねるが、男は無視してポケットから取り出したスマホを見ている。その画面と楓の顔を見比べてから、ようやく男が第一声を発した。
「お前が、樫本楓か?」
「……そう、だけど」
「参ったな、お前が1人でやってくるのは想定外だ。……こうしよう。
「そんな脅しが通用するとでも?」
「三宅樹にここの見取り図を送ったのは俺だ」
「…………」
「俺は、三宅樹と岬玲奈の居場所を追いかける手段がある。彼らの人生を一変させる力もある。これは、ただの脅しじゃない」
そこまで言ったところで、金庫に侵入してきた人間が居た。……怪盗レイナであった。
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