銃声
怪盗レイナが金庫室に侵入すると、中には樫本楓と、
「楓!」
レイナは慌てて楓の元に駆け寄る。銃弾は、楓の左肩を掠めていた。出血こそしているが、致命的なものではない。
「私はいいから、アイツを……!」
楓の傷口を確認してから、レイナは振り返った。だが……その時には、男の姿は消えていた。
「どういうこと?何が起きたの?」
レイナが尋ねても、楓は傷口を押さえながら黙っているままだった。レイナは隠しポケットの一つから包帯を取り出し、応急処置だけしてやる。それが終わってから、先ほど貰ったカードを思い出す。あの男が言うには、伝えたい内容は全てこれに書かれているらしい。
『金塊は私が頂いたが、君が盗み出したとして振る舞ってほしい。説明は後日』
読むなり、レイナはカードを握りつぶした。
「お願い」
楓が口を開いた。
「アイツの言うことを聞いて」
「は?何言って……」
「頼むから、今はアイツに従ってほしいの」
「……後で説明してもらうからね?」
レイナはすぐに金庫から飛び出した。その瞬間、頭上に木刀が振り下ろされた。すんでのところで躱し、振り下ろされた木刀が床を叩く大きな音が響いた。
「う……動くな!すぐに警察が来る!」
木刀の持ち主は、𠮷原修司だった。
「そりゃあいい。相手は多ければ多いほどいいからね」
レイナは不敵に笑って見せる。修司は木刀を大きく横に薙ぎ払うが、レイナはそれを軽々と飛び越える。続けざまに木刀を振り回すが、レイナは全て躱して見せる。
修司は酷く怒っているようだった。動きは全て大ぶりなだけで、隙だらけである。
「いい筋してるんじゃない?剣道とか習ったことあったりする?」
「この野郎……!」
大振りに木刀を振り下ろすので、マントを翻して躱し、振り下ろす動きを利用して逆に修司を投げ飛ばして見せた。
「あら、受け身も上手いんだ。柔道とかもやってる?」
そう言って、レイナはその場を後にした。
地下から階段を駆け上がると、外からパトカーのサイレンの音が聞こえる。日本の警察の迅速さには頭が下がる。そうでないと張り合いがないというものだ。
邸宅の中を走りながら、レイナは頭を動かしていた。なぜ楓は金庫の中に居た?一緒に居た男は?なぜ金塊がなくなっていた?楓にとって、男の言うことを聞いてもらうメリットとは?
今ある情報では、いくら考えても意味がない。レイナは2階のベランダに出た。そこからは邸宅の前の道路を見渡すことができ、パトカーが2台ほど停まっていた。制服を着た警察が何人か集まっており、レイナを見つけて口々に何か言い合っている。
レイナは、大きく息を吸ってから、叫んだ。
「怪盗レイナ登場!金庫に眠る金塊は私が頂いた!」
警察はザワザワしていて、その横には𠮷原洋子が立っていた。道路の向こう側では、野次馬と思われる若者がスマホを向けていた。もう少しギャラリーが居た方が名売りできて良かったが、3回目くらいじゃこんなもんだろう。
レイナは衣装の隠し装置を起動した。マントが変形し、長さ3メートルほどの羽が現れた。それと同時にレイナはベランダから飛び降りた。
この宇宙には、重力というものが存在する。質量を持つ物体に対して作用し、物体の間に引力を生み出す。つまり、地球という巨大質量がある状態では、怪盗レイナは眼下の巨大質量に向けて墜落してしまうのだ。だが、人類は重力に対抗する術を磨いてきた。航空力学である。レイナは、ひたすら学んだ。その結晶が、レイナを重量から解放して見せたのだ。
レイナは空を飛んだ。警察たちは目を釘付けにして、あっけらかんとレイナを見続けて居た。スマホを構えていた若者は、飛んで行くレイナを追いかけて、途中で側溝に足を突っ込んで転倒していた。
そんなギャラリーを見下ろしながら、レイナは悠々と飛び去って行った。
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