闇の人影

 夜22時。都心はまだまだ起きているが、この住宅街は既に眠りに入っている。路地裏は、静寂と漆黒に包まれていた。そんな中に蠢く人影があった。

 彼女は、全身を漆黒の衣装で包んでいた。シルクハット、ヴェネチアンマスク、マントにタキシードにブーツ。首元に覗く純白のシャツと風に揺れる銀色の髪が映える。怪盗レイナである。

 身軽に駆けて、軽やかに塀に飛び乗った。その向こうは、法務大臣吉原修司の邸宅である。小さな花壇を飛び越えて、その付近の窓を覗き込んだ。窓の向こうはトイレである。人は入っていない。そのことを確認してから、小さな窓に体を押し込んだ。

 トイレで一息ついてから、そっと外の廊下を覗いた。足音は聞こえないし、人影も見えない。音も立てず廊下に出て、まっすぐに廊下の突き当たりの階段に向かった。

 階段から下を覗き込むと、人はいない。マントを翻して、一切の音を立てないまま、素早く降りていった。その先に大きな金庫室があった。

 黒光りする重そうな金属製の扉が、目の前に仁王立ちしていた。これを開けるには、吉原修司とセキュリティ会社しか持っていない合鍵、それと暗証番号が必要である。だが、一つ抜け道があった。金庫の内部システムに使用されている暗号化キーを用意できていれば、合鍵と暗証番号を使わずとも金庫を開けられるのだ。これは、鍵を紛失するとかした際の最終手段として用意されているものと思われる。あくまでも最終手段であるが故に、この方法で金庫を開けるにはかなり面倒かつ複雑なやり方が必要なのだが……。

 どうやら、そんな苦労は必要なかったようだ。重そうな扉は、よく見ると、少し開いていた。そっと引くと、扉は見た目の重々しさとは裏腹に、素直に動いてくれた。

 結論から言うと、金庫の中には金塊はなかった。ただ、2人の人間がそこに居ただけである。1人は見知った顔で、刑事の樫本楓だった。ただ、もう1人の男は知らない。顔も分からない。というか、ハロウィンの仮装で使うような仮面を被っていて、目元以外は見えない。

「お前が怪盗レイナか?」

 仮面の男が言った。

「先に名乗るのが礼儀ってもんじゃない?」

 レイナがそう言うと、男は少し考え込んでから、こう答えた。

花牟礼はなむれもん

「はなむ……れもん?」

「違う。花牟礼と、紋」

 そう言いながら、男は小さなカードを投げてきた。レイナは慌てて受け取る。

「今伝えたいことは、それに書いてることが全部だ。よろしく」

 直後、男は懐から何かを取り出した。黒くて”く”の字をしたそれは、曲がっている内側に引き金のようなものが付いていて……というか、引き金だった。男の懐から出てきたのは拳銃で、その銃口は……樫本楓に向かった。レイナが止めるより先に、金庫の中に銃声が響いた。

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