第359話:自分を救う物語

 セネカの心は悲鳴をあげていた。

 ずっと誰かを助けるために力を使っていて、自分のことを後回しにしていたからだ。


 エミリーの言葉を思い出す。

 エミリーの心配を聞いて、セネカはついノルトを助けなくてはと思ったけれど、自分も含まれていたことを忘れていた。


 苦しいのに慣れてしまって、それが当たり前になっていたから気が付かなかった。

 ずっと心は救難信号を送っていたのかもしれなかった。


 セネカは顔を上げた。

 さっきとは打って変わって、オークキングが何やら焦った表情を見せている。


 少し離れたところにルキウスがいて、居合いの構えを取りながら目をつぶって、大量の魔力を集めている。

 オークキングの魔力供給を止める手立てを見つけたのだろう。


 セネカはオークキングを斬りつけてルキウスの方に向かわせないようにしながら、同じように魔力を集め始めた。答えは出ていないけれど、きっとたくさんの魔力が必要になると思ったのだ。


 瞬時にセネカの脳裏に、ルキウスが自分の物語について話していた時の情景が蘇ってきた。


 バエティカの路地でエミリーと話した後に、ルキウスは自分の人生の物語について、こんな風に言っていた。


『そうだなぁ。多分、セネカを救う物語。そして――』


 この後にルキウスが何と言っていたのかセネカはもう分からなかった。

 だけど、きっとこんな風に言いたかったのだと思う。


「自分を救う物語」


 その言葉を口にした途端、セネカは自分の魔力が輝き出したことに気が付いた。

 夜は明け始めているが、それに勝る光だった。


 魔力が身体を覆い始める。

 それは純白と言うには僅かに緑が混じっていたけれど、あの月の祝福のように煌めいていた。


 少し空に上がりたいと思うと身体は浮き上がった。

 背後に回りたいと考えるともうそこに移動していた。

 ただ念じるだけでその通りの行動を取ることができた。


 セネカは地に降りて、いつもの針刀を構えた。

 その身に宿る膨大な魔力を使って力を溜めた。


 セネカは剣士になった。

 魔法使いにもなった。


 肉体的にも精神的にも、そして技術的にもいろんな人の願いを身につけて、鍛錬を続けてきた。


 もしかしたら【縫う】という力は、そんなに複雑ではないのかもしれないとセネカは感じていた。


 人が与えてくれたものを自分自身と結びつけて行使するだけの力、そんな風に思えてきた。


「だったら念じただけで、みんなを幸せにできたら良いのにね」


 ただ思ったことを言っただけだけれど、オークキングは怯え出した。

 守護者だというのにこの場から立ち去ろうとした。


 セネカが念じるとオークキングの身体は動かなくなった。おそらく影縫いが発動している。


 尋常ではない速度で魔力が消費されていく。

 魔界の魔力が流れて来るから良いものの、そうでなければ干からびてしまいそうだった。


 突然辺りの空気が冷えるのを感じた。

 ルキウスが身体に力を込めているのが見える。

 その身体はいまのセネカと似たように煌めき、大太刀に魔力が集中している。


 セネカは手を大きく振り上げて、思い付く限りの全ての攻撃をすることにした。


 その攻撃でみんなを助けたかった。

 だけど大切なのは順番だと分かった。


 自分を救う。

 愛する人を救う。

 知り合いを救う。

 知らない人を救う。


 そうしていくうちに、もしかしたら世界が救われるのかもしれないけれど、まずは自分から始めよう。


 そんな風にスキルに願いを込めた。


 ルキウスが大太刀を抜いて、何かを斬った。

 その瞬間、オークキングの大事なものが失われて、途端に覇気がなくなったように感じた。


 それに合わせてセネカは腕を前に出し、静かに言った。


「【縫う】」


 セネカの身体の中や周囲に漂っていた魔力が消え去り、あらゆる力となってオークキングを襲う。


 それは単純な針の力だったり、纏いの力だったり、空間を断絶するような力だったりした。


 そして多分だけれど、そこにはオークキングを滅びへと向かわせる鋭い力も含まれていた。


 セネカの全力の攻撃が止まった後、そこには何も残っていなかった。


【レベル5に上昇しました。[全てを縫う]が可能になりました。干渉力が大幅に上昇しました。身体能力が大幅に上昇しました。魔力が大幅に上昇しました。実現力が大幅に上昇しました。サブスキル[天衣無縫]を獲得しました。エクストラスキル[運命の糸]を獲得しました】


 セネカの頭に祝福を告げる声が聞こえてきた。





 セネカはスキルの発動を止め、倒れたルキウスのところに走った。


 すぐさまキトが作った上級ポーションを飲ませると、ルキウスはケロッとした様子で起き上がった。


「危なかった……」


 そう言うわりには顔色は良いのだけれど、一時的な衝撃は相当なものだったのかもしれない。


 セネカは次に仲間のところに急ぐ。

 みんな立ってこそいなかったけれど、身体を動かしてこっちを見ていた。


「セネカ、ついにやったのね」


 マイオルが笑った。

 ガイアもプラウティアもモフも笑顔だった。


「レベル5になった……」


「やっぱりね」


 特に驚かれることはなかった。


「マイオル、調子はどう?」


「オークキングが死んだ瞬間、身体が軽くなったわ。呪いのようなものだったのかもしれないわね。でもまだ少し回復に時間がかかりそうだわ」


 マイオルの言葉にみんな頷いていた。


「僕は動けそうだよ」


 さっきまで倒れていたはずのルキウスもやってきた。

 しかも、敵が本当に消滅したか確認してくれたらしい。


「私も疲れはあるけれど、大丈夫。このままバエティカに救援に行けると思うけど魔力はもうちょっと回復したいかも」


「私たちも、魔力だけでも回復したいわね」


 セネカは[魔力針]を出してみんなを乗せ、魔界の『扉』があったところまで運んだ。これまでよりは落ち着いているけれど、空間の裂け目は発生し続けている。


 目をつぶって魔界の魔力を取り込もうとする。


「ルキウス、私たちが力を合わせればこの場所を安定化させられるかな?」


「できると思うよ。というかセネカがありったけの魔力を使ったからかなり安定しているように感じるけどね。マイオルにはどう見える?」


「魔力の動きが落ち着いているわ。空間も揺らぎが少なくなっていると思う。[視界共有]するわね」


 セネカは魔力ポーションと水を念のため飲んでから頭の中に浮かんでくる像に意識を集中した。


「ルキウス、魔力は回復してきた?」


「うん、問題ないよ。ポーションも効いているし、魔界の魔力を取り込んでいる」


「分かった。それじゃあ、口を閉じるね」


 セネカは[魔力針]を多めに出して、検知できる全ての空間の裂け目を縫った。


「空間を安定化させるね」


 ルキウスが剣を振った。

 どんな原理なのかは分からないけれど、空間を縫う手応えが軽いものに変わった。


 全ての空間を閉じてしばらく待ってみたけれど、それ以上亜空間が発生する兆候は見られなかった。


「……止まったみたいだね」


 元気な魔力が拡散していくような気配がある。

 これで大丈夫だろう。


「回復までにもう少し時間がかかるから、私たちが様子を確認するわ」


「うん、お願い」


 セネカはルキウスを見て、二人で頷きあった。


「マイオル、それじゃあ僕とセネカはバエティカを救って来るよ」


 珍しく強気のルキウスにみんなが笑顔になった。


「お願いするわ。みんなの大切なものを守ってきて」


「僕たちも後から駆けつけるからねぇー」


「殲滅戦では私の魔法が役に立つかもしれない」


「セネカちゃんのレベル5の力を見たかったなぁ」


 セネカは深く頷き、「行ってくる」と言った。


 大切なものが失われていないと決まった訳ではない。

 ただ、焦りもあるけれど、何とかなる気がする。


 セネカはバエティカに向けて走り始めた。

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