第360話:聖者降臨
セネカは走る。
手には針刀を持って、進行方向に魔物がいれば一刀で斬り伏せて行く。
身体は軽い。
疲れはあるけれど、レベルが上がって能力が上昇したのだ。
ルキウスも走っている。
いつのまにか髪の毛の色は金になっていて、目の色も変わっている。鎧にも青い色が入っている。
この姿のことをセネカは聖者型と呼んでいる。
「セネカも変える?」
特に考えもせずにセネカは頷いた。
「髪は銀でいっか。少し白めにね。鎧も白銀にしよう」
ずっと付けていた髪留めを取ると、銀色の髪が靡くのが見えた。
「ルキウスは
「教会に行かなきゃならないことが多かったからね。【神聖魔法】は万能だから……」
致し方なかったという気持ちが強いのか、ルキウスはあまり嬉しそうではなかった。
ハイオークが見えたので、また首を刈っておく。
「セネカ、バエティカに着いたら僕は回復に専念することにするよ。少しでも早く街の人に魔法を使えれば、助かる命があるかもしれない」
「分かった。私は全力で殲滅するよ」
「うん、任せたよ」
セネカはこれからバエティカの街の上で、新しく手に入れた力を使うつもりだ。
きっと目立つだろうし、聖者ルキウスの近くにいることになるだろうから、『月下の誓い』のセネカではない人物として振る舞った方が楽かもしれないと思い始めていた。セネカが仲良くしすぎると、『月下の誓い』のルキウスの正体がバレてしまう。
そういう意味では髪の毛の色を変えてもらって良かったのかもしれない。
「ルキウスは後付けだから『剣』の聖者も冒険者としても同じ名前になっちゃったけれど、私は違う名前になっても良いんだよなぁ」
「お、セネカもなりすましをするの?」
ルキウスはちょっとだけ愉快そうに笑った。
「どっちがなりすましか分からないけれど、すごく目立ちそうだからさぁ……」
「まぁこれからやることを考えたらそうだろうね。申し訳ないけれど、そっちの方が僕も声をかけやすいや」
「そうだよねぇ」
そんな話をしながらダークコボルトやオーク、それに普段ここら辺では見ない尖り羊を二人で斬っていった。
「セネカ、そろそろバエティカが見えてくるね」
「うん」
「みんな、生きていて欲しいね」
「うん」
「僕たちで助けよう!」
「うん!」
ルキウスは手を振って宙に浮いた。
セネカも手を振りかえし、走る速度を上げた。
まずは戦いが一番激しい場所を見にいく。
そこでは幼なじみたちが戦っているはずだからだ。
◆
ノルトは朦朧とした意識を何とか保ち、剣を振るう。
さっきから向かってくるのはコボルトばっかりだ。
飽きるほど倒してきたので身体が動きを覚えている。
だが一斉に襲い掛かられると今はまずい。
ノルトはハイオークの特異個体を倒し、レベル4になった。
おかげで少し体力は回復したのだが、それもすぐに尽きてしまった。
幸い強い魔物は来ていないが、とにかく数が多い。
この場で戦っている者たちの数は徐々に減っていて、討ち漏らしも出てきてしまいそうだ。
ノルトはもう寝ているような心地で、夢遊病みたいな意識で敵を屠るだけだった。
危なくなったらさっき得た[限界突破]を使おうと考えている。
だが、きっと効力は一瞬で、後には大きな反動がやってきそうだとノルトは感じていた。
もっと元気な時なら別だが、いま使ったらその時が最後になるかもしれない。
「ノルト!!!」
緩慢に意識が流れていく世界の中で、突然ミッツの声が聞こえてきた。
何事かと思って声の方を見ると、ミッツが誰かの身体を起こしていた。
懐からポーションを出して飲ませようとしている。
ノルトは周囲を見回した。
まずはピケと合流して救護した方が良いだろう。
そんな風に動いてからノルトはおかしなことに気がついた。
ピケが近くにいないのだ。
「おい、ピケは……」
ノルトは段々意識がはっきりしてくるのが分かった。
ミッツが泣きながらポーションを飲ませている。
鼻水と涙を垂らし、顔はぐちゃぐちゃだ。
血溜まりがどんどん広がっている。
まさかと思ってノルトはミッツが起こしている男の顔を見た。
それはピケだった。
「何があった!?」
ノルトは叫んだ。
すぐに近づき、ピケの胸に耳を当てる。
微かだがまだ音は聞こえる。
「僕も分からない。いま気付いたら倒れていたんだ。魔物は近くにいないから倒れていたのかもしれない」
「ポーションは!?」
「上級ポーションを飲ませたけど回復しないんだ」
「何だって?」
ノルトの視界は突然白く染まった。
何やら分からないけれど倒れてしまいそうだった。
緊張の糸が切れる。
そんな予感がした。
身体がふわりと揺れる。
だが、まだ戦わなくてはならない。
限界を超えたその先をさらに超えなければならない。
いまから走って回復士を探し、魔法を使えば助かるかもしれない。
いや、それでピケは助かるんだ。
そう思ったけれど、身体の揺れは大きくなるばかりだった。
まずい。
ここで[限界突破]を使うしかない。
そう思って力を込めたけれど、スキルは答えてくれなかった。
足がなくなったみたいに感覚が麻痺して、背骨が抜けようとした時、ノルトの腕に鋭い痛みが走った。
「ノルト」
腕を見ると一本の細い針が刺さっていた。
顔を上げると、よく知ってる顔の見慣れない髪色の少女が立っていた。
「もう大丈夫」
ノルトは少女の名前を呼ぼうとした。
叫ぼうとした。
けれど、こんな状態でも残っていた理性がその行動を止めた。
セネカが変装していると分かったのだ。
「ピ、ピケが……」
ミッツがそう言った。
「よかった。間に合った」
セネカは落ち着いた声を発してから、空を指差した。街の上空だ。
ノルトは反射的に首を回す。
セネカの指と顔が繋がっているのではないかと思うほどに自動的に動いた。
空は明るくなってきていた。
陽が昇っている。
そんな中に白緑の輝きを放つ何かがあった。
よく見ると中心には人がいて、大きな直剣を掲げている。
髪は金色だったけれど、動きからそれがルキウスだと分かった。
あいつは何をしているんだ。
というか戻ってきたのか。
ってかセネカとルキウスが何でこんなところにいるんだ。
ノルトの頭が働き始める。
だけどすぐにまた停止した。
ルキウスが放つ光が広がり、街中を覆い始めた。
あったかいような冷たいような光に包まれて、ノルトは地面に崩れ落ちた。
「『剣』の聖者が来た」
セネカの声だった。
「子供のセネカがいるみたいだ」
ノルトはなぜかそんな言葉を吐いていた。
セネカの笑い声が聞こえる。
「ルキウスを信じよう」
「信じているさ。とっくにな」
ノルトは地に頬を付けた。
心地よかった。
縦が横になるだけで安息が訪れた。
『【神聖魔法】』
遠くからそんな声が聞こえてきた気がした。
あったかくて、気障ったらしくって、心地よくて。
それがルキウスによるものだと思うと不快で、でも頼もしくて……。
力が溢れてくる。
痛みが引いてゆく。
ノルトはすぐに立ち上がった。
「ピケ!!!」
セネカがピケに手を当てているのが見えた。
スキルを使っているようだ。
「ピケの傷は塞いだよ。心臓も動いている。後で聖者様に見てもらおうね。きっと大丈夫だから」
優しい声だった。
「ノルト、休んでいて。もう大丈夫、私たちが終わらせるから」
セネカは穏やかに笑っていた。
だけど、ノルトは知っていた。
こうやって笑うときが一番怖いのだ。
「……繋いだからな」
ノルトが手を出すと、セネカが叩いてくれた。
「ノルト、私の大切なものを守ってくれてありがとう」
「……知らねえよ」
ノルトは仰向けに寝っ転がった。
セネカが天に昇っていくのが見えた。
次の更新予定
隔日 18:00 予定は変更される可能性があります
縫剣のセネカ 藤花スイ @fuji_bana
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。縫剣のセネカの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます