第324話:師弟の会合
セネカは王都の立派な宿でお茶を飲んでいた。キトの師匠のユリアが滞在している部屋で、キトと共に三人で会っている。
今回の宿はキトが用意したようで、部屋は大きめだけれど質素なあつらえで、ユリアの好みにぴったりだった。
ここでなら周囲を警戒する必要もなさそうだとセネカはゆるんでいる。
ユリアとキトが会う時にセネカもお邪魔することはよくあった。そういう時は大抵外で、相談をすることもあったけれど、気楽なお茶会をすることが多かった。
対して今回は、二人が機密性の高い情報について議論するための会議だ。研究や開発の進捗について話をして、必要ならばキトの部屋に移動してから調薬することもあるらしい。そんな師弟の集いにセネカが呼ばれたのには理由があった。
挨拶を終えて軽く近況を共有した後でセネカは聞いた。
「ユリアさん、作った薬がとある風土病に効果がありそうって聞いたけれど……」
「そうなのよ!」
ユリアは品よく両手を合わせて笑った。ユリアは綺麗なままだけれど、出会ってからのことを考えるとしわも増えてきた。
セネカが質問すると、ユリアは細かく情報を教えてくれた。
この国の南部の地方で稀に起きる風土病に慢性的な疲労と胃腸症状が特徴のものがあるらしいが、それの特効薬の候補が見つかったという話だった。
ユリアは国内外の地域特有の病に興味があって、バエティカにいたのも研究のためだった。そのおかげでセネカたちはユリアに出会うことができたのだ。
何故そんな話をセネカが聞いているかというと、研究の発端となった情報の提供元だからだ。
「セネカちゃんが情報をまとめてくれたおかげで助かったわ。教会があんな記録を秘匿していたとはね……」
ホラリ島にいく前、セネカはルキウスと共に教会の図書室にこもっていた。特に禁書とされるようなものをルキウスとともに調べていたのだが、そういうものの中に病気とその治療に関する情報が書かれた本もあったのだ。
キトの役に立つかもと思って簡単に整理して渡したら、ユリアに見せても良いかと言われた。教会の秘匿情報であることを公表しなければ良いよと伝えて了承したら、ユリアが活性化したのだ。
そのあとは、とても丁寧な手紙と美味しい果物が送られてきて今後の協力を要請された。セネカは何かとユリアにお世話になっているし、キトのためにもと頑張るつもりだったが、ホラリ島からの手紙が来て中断することになったのだ。
だが、さまざまな症状と薬に精通しているユリアは、限られた情報から推測し、以前自分が作った薬がその病気に効果があるのではないかと考えた。
その結果、ユリアはセネカ達がホラリ島に行っている間に簡単な調査と検討をして、簡易的ではあるが治療効果があることを見出していたのだ。まさに電光石火の動きだとキトは言っていた。
休暇が終わったら、また少し情報をまとめて送るとセネカが言うと、ユリアはすごく喜んでくれた。
「ああいう情報はたくさん見たからあのくらいでよければまた送れると思うよー」
「うんうん、よろしくね。それに昔使っていた薬の記録もあるってキトから聞いたわ」
ユリアはいつもにも増してにこやかだ。
「それも多そうだった。今では使われてない調薬の技術のことも書かれていたって」
セネカはキトを見た。おそらくユリアに共有済みだったと思うが、キトは丁寧にその技術について説明してくれた。
「本当は効果がない素材や、意味のない技術もあるかもしれないけれど、スキルによっては有用なのかもしれないし、少し詳しく調べてみようかなって思ってるんだ」
キトもとても楽しそうだった。だけど独り言のことを考えると、疲れちゃっている部分もあるのかなとセネカはちょっとだけ切なくなった。
そんな風に考えていると、キトってそんな感じだったっけと強い疑問が浮かんでくる。今更だけれど、キトにしては弱り方に違和感がある。
「セネちゃんには負担をかけちゃうけれど、三つ気になるものがあるんだよね。それをどうするかなんだけど……。また相談しますね」
キトが言うとユリアはにっこり笑って頷いた。
そんな感じでキトがこれから注力しようと思っているものに驚いたり、ちょっとした失敗の話に笑ったりしながらセネカはこの時間を過ごした。
そして話が落ち着いた後、キトはユリアを真っ直ぐに見てからこう言った。
「師匠、事前に相談していましたがこれから場所を移せるでしょうか」
「ええ、もちろんよ」
何の話か分からずセネカは首を傾げた。
「セネちゃん。これから三人で少し大事な話をしたいの。だから、これから行く場所について来てくれないかな?」
突然空気が変わったのでセネカは目をぱちぱちさせた。そして、もちろん構わないと大きく頷いた。
◆
ユリアが滞在する宿を出た後、セネカは二人の後について歩き出した。会話はないけれど、空気が張り詰めている訳ではない。
キトもユリアも穏やかな様子だし、道に迷う様子もなかった。
セネカはちょっとだけ緊張したけれど、すごく重要な話ではないかもしれないと思って、何となくキトの肩にぶつかったりした。
キトもお返しとばかりにやってきて、笑顔も見えたのでセネカの気持ちは軽くなった。
そうして歩いて行くと、見えてきたのはこの国の薬師協会の本部だった。
「ここじゃないとできない話があるんだ」
キトが囁いた。
セネカはキトに連れられて数回建物に入ったことがあるけれど、ほとんど馴染みのない場所だ。
しかし、ユリアは慣れた様子で入ってゆき、受付で何かの札を見せて奥に進み、出てきた年配の男に「特別談話室」と言った。
その男は「お待ちしておりました」と言ってユリアに深く頭を下げた後で、セネカにも挨拶してくれた。ユリアは国に十人といない薬師協会の特別会員なので、やはり尊敬されているのだろう。
ユリアは先ほど受付で見せていた札に魔力を込め、幾何学的な模様を浮かび上がらせた。
男はその模様をじっとみた後で「確認しました」と言い、ゆっくりと歩き出した。
ここまでちゃんとした認証があるのだとしたら、かなり特別な場所のようだ。そんな部屋でしか話すことができないことがあるとしたら、内容はかなり絞られるだろうとセネカは考える。
「セネちゃん、驚かせてごめんね」
そう言うキトはちょっと楽しそうに見えた。
セネカは考えを巡らせる。
ギルドや拠点ではなくここに来たのはユリアがいるからだろう。
あの宿の部屋も教会が秘めていた風土病の話ができるくらいには安全だったはずなのに、ここに来るのは念のためなのだろうか。キトがここまで周到に場を整えるのだとしたら相応の理由があるに違いない。
そこまで考えたとき、セネカは部屋に到着した。
「お話が終わりましたら、先ほどの場所で鍵をお返しください」
男は扉が閉められるまで頭を下げていた。
ユリアが椅子に座った。キトも座るのを見て、セネカも隣に腰を下ろすことにした。
「さて、それで薬師協会で一番情報漏洩対策がされた部屋でしたい話とは何かしら?」
ユリアがにこやかに言った。
どうやらユリアも話の内容は知らなかったらしい。
「申し訳ありません。話の内容すらも言えないことだったのです」
キトは頭を下げた後、懐から瓶を取り出してフタを開けた。
「それは、新しい薬?」
「いえ、ただの水です」
キトは小さな机の上に水を広げた。
「私からは話すことができないので、直接伝えてもらおうと思います。少しお待ちください」
キトは机の上の水をじっと見つめだした。
何が起こるのか全く分からなかったけれど、セネカも同じように水を凝視する。
なんの変哲もない水だ。
『そう。水はどこにでもあるんだよ』
突然そんな声が聞こえてきて、セネカは息をのんだ。
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